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プロローグ:透明な僕のラブレター
涼架side
「あ、藤澤くん!…の、弟くんの方だよね?」
下駄箱の前、聞き慣れたフレーズに僕は足を止める。
振り返ると、クラスの違う女子生徒が二人、顔を赤くして立っていた。
手には、パステルピンクの封筒。
「これ、お兄さんに渡してくれるかな?…ごめんね、いつも。ありがとう!」
彼女たちは僕の返事も待たずに、逃げるように走り去っていった。
手元に残されたのは、ほんのり甘い香りがする手紙。
「…うん。いつものことだもん、大丈夫だよ」
誰に言うでもない独り言が、冷たい昇降口に溶けて消えた。
僕、藤澤涼架には、三つ年上の兄がいる。
兄はなんでもできた。勉強もスポーツも人付き合いも。
僕が逆上がりが出来なくて泣いている横で、兄は軽々と後方支持回転を決めて拍手を浴びる。
僕がテストの点数で落ち込んでいる時、リビングには兄の満点答案柄誇らしげに飾られる。
『お兄ちゃんはあんなに凄いのに、涼架はのんびり屋さんね』
親戚の集まりで何度聞いたか分からないその言葉は、呪文のように僕の中に積み重なっていった。
兄は優しい。でも、その優しさがどこか残酷だ。
「涼架は無理しなくていいよ、俺がやってあげるから」
その言葉に従うたび、僕の居場所は少しずつ兄の大きな影に飲み込まれていった。
「……またそれかよ」
背後から、低くて少し不機嫌そうな声がした。
振り返ると、眠そうに目を細めた滉斗が立っている。
「あ、滉斗。おはよう。今日もいい天気だね」
「天気の話なんてしてねーよ。その手紙、またお前のじゃないんだろ」
滉斗は僕の手の中にあるピンクの封筒を、まるで汚い物を見るような目で見つめた。
「まあね。お兄ちゃん、やっぱり人気者だから。…あ、そうだ、昨日滉斗が好きだって言ってた猫の動画送ったんだけど見てくれた?」
「……見た。それより、お前それ、いつまで『郵便局員』やるつもり?」
滉斗は僕の隣に並んで歩き出し、グイッと僕の鞄を覗き込んできた。
「郵便局員って…。でも、せっかく僕に頼んでくれたんだし、無下には出来ないよ」
「お前が優しいのかバカなのか、本気で分かんねーわ」
滉斗は「はぁ」大きなため息をついて、僕の頭にポンと手を置いた。
猫が獲物を押さえ込むような、少し乱暴だけど温かい手。
「……滉斗?」
「…お前、自分の名前で呼ばれるより、『藤澤さんの弟さん』って呼ばれる回数の方が多いんじゃないの?」
「それは…まあ、そうかもしれないけど」
図星を突かれて言葉に詰まると、滉斗はフイッと顔を背けた。
「…俺は、お前の名前しか呼ぶ気ねーから。… …行くぞ、元貴達がうるさい」
教室のドアを開けた瞬間、突風のような勢いで誰かが飛びついてきた。
「りょうちゃーーん!おっはよー!!」
「わわっ、元貴!おはよう、元気だねぇ」
抱きついてきたのは、大森元貴。ちょっとだけ身長が低い。彼は気にしてるみたいだけど、僕は可愛いと思う。
彼は犬が飼い主にじゃれつくようないきおいで、僕の肩に顎を乗せて笑う。
「ねえねえ聞いてよ!さっき高氏がさ、気合い入れて階段登ろうとして足踏み外してんの。超ウケるよ!」
「ちょっと待て元貴!あれは靴が滑りやすかっただけで……!」
奥の席から、顔を真っ赤にした高野清宗ーー高氏が立ち上がる。
僕たちのグループのリーダー(自称)で、いつも元貴にいじられてる。
「あ、高氏、大丈夫?怪我してない?」
「涼架ぁ…お前だけだよ、そうやって心配してくれるのは…。よし、決めた!今日の昼休みは屋上で会議だ!俺たちの今後の方針について語り合うぞ!」
「えー、僕お腹空いたから学食がいいな」
「却下だ元貴!リーダーの俺に従え!」
高氏は胸を張って宣言する。わがままだけど、どこか否めないその強引さに、僕はいつも救われていた。
「ふふ、みんなといると楽しいな」
僕が小さく笑うと、元貴がジロッと僕の手元を見た。
「…あ、またラブレター?涼ちゃん、それ預かるの禁止ね。今度から僕が『涼ちゃんは僕の遊び相手で忙しいんで!』って断ってあげる!」
「えっ、そんなの悪いよ、元貴」
「悪くないの!涼ちゃんは、涼ちゃんなんだから」
元貴が悪戯っぽく笑って、僕の頬を軽くつねった。
兄の影は、今も僕の足元に色濃く落ちている。
自分には何もない。誇れるものも、才能も。
兄と比較されるたびに、自分が透明な存在になっていくような気がして怖くなる。
でもーー。
「おい、いつまで突っ立ってんだ。座れよ」
滉斗が、僕の隣の席の椅子をガタッと引いて、顎で座るように促した。
その目は、兄を介した「弟」としての僕ではなく、ただの『藤澤涼架』をじっと見つめている。
「…うん、座るね」
窓から差し込む朝日は、今日も僕と兄を平等に照らしている。 …ように、見えた。
でも、家の玄関に一歩でも踏み入れれば、またあの圧倒的な「兄」の存在が僕を支配する。
「お帰り、涼架。今日も手紙、預かってくれた?」
そう微笑む兄の顔を思い出すだけで、心臓の奥がギュッと冷たくなるのを、僕はまだ誰にも言えずにいた。
次回予告
[沈黙の支配]
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モチベが下がってるからモチベを上げてくれ〜👐
コメント
2件
設定が素敵すぎます!! 最後の涼ちゃんのお兄さんの手紙預かってくれた?が少し嫌な感じがしてそこも好きです。続きを待っています!!
また最高な設定! どうやったら来んな設定思いつくの?!(もちろん!いい意味です!) 続きがたのしみ!!