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セロが部屋を出て行ってから数分。
僕は結局同じ体勢のまま、ずっと翔くんを抱っこし続けていた。
同じ体勢を続けているせいか、ちょっとお尻が痛くなってきたころ、パタパタと足音が近づいてきて、
「お昼ご飯、準備できましたよぉ」
開けっ放しにしていたドアの向こうから、真帆が顔を覗かせた。
「あぁ、うん」
「――あら、寝ちゃいましたか」
言って真帆は部屋の中に入ってくると、僕のすぐ横にしゃがみ込み、寝ている翔くんのぷっくりしたほっぺたをつんつん突いた。
翔くんはわずかに眉を寄せると、くるりと反対側に顔を向ける。
「私、子供の寝顔って、それだけで魔法だと思うんですよね」
「どういうこと?」
訊ねると、真帆はくすりと笑みながら、
「だってほら、すごく可愛いじゃないですか。見てるだけで幸せになりません? それって、子供だけが使える小さな魔法だと思いませんか?」
言われて僕は、改めて翔くんの寝顔を覗き見た。
そこには安心したように半分口を開いた状態で寝息を立てる天使がいて。
「――そうかもね」
思わず僕も笑みをこぼした。
それから真帆に顔を戻すと――
「……なに? どうしたの?」
目を瞑り、わずかに唇を突き出した真帆の姿がそこにはあった。
いや、本当は訊くまでもなかったのだ。
僕はそんな真帆の気持ちを、多分もうわかっているから。
真帆はぱちりと再び瞼を開けると頬を膨らませながら、
「もう! わたしだって我慢してたんですから! ほら、今ならチャンスですよ!」
言ってもう一度瞼を瞑り、くいっと唇を突き出した。
僕はその唇に、チュッと軽くキスをする。
真帆はそれに満足したのか、嬉しそうににへらとしまらない笑みを浮かべた。
久しぶりに見るそんな真帆の姿に、僕はたまらず抱きしめたくなったけれど、今はそういうわけにはいかない。
僕の胸に抱かれているのは、真帆とはまた別の可愛らしさを周囲に振りまく、小さな魔法そのものなのだから。
翔くんのその可愛らしい寝顔は、やはり真帆の親戚だからだろう、真帆のそれと実によく似ていた。
僕はそんな寝顔を見ながら、
「……真帆だって」
と口にする。
「はい?」
「真帆の笑顔だって、見ているだけで、僕は幸せだよ」
言って真帆に顔を向けると、真帆は恥ずかしそうに視線を泳がせながら、
「も、もう、やめてくださいよ!」
とバンバン僕の肩を叩いた。
普段、あれだけ余裕を見せながら他人をからかう真帆の、こういう時の慌てようはいつ見ても面白い。
からかわれ慣れていないだけに、急に恥ずかしいことを言われると反応できないのだ。
その時、
「ふあぁああぁ――」
と突然、翔くんが大きくあくびをしながら伸びをして目を覚ました。
「あ、ご、ごめんね、起こしちゃいましたね」
真帆は言って、翔くんの頭をよしよし撫でる。
翔くんは別段ご機嫌を損ねた様子もなく、何度か目をこするときょとんとした顔で真帆を見つめ、
「ねーね!」
と僕の体から飛び跳ねるように、真帆の首に抱き着いた。
「おっとと」
と真帆はわずかにふらつき、けれどすぐに翔くんの体を受け止めると、
「はいはい、ねーねですよー」
と翔くんのほっぺにキスをした。
それからゆっくりと立ち上がり、
「さて、翔くんも目を覚ましたことですし、ご飯食べましょうか」
「ごはん! ごはん!」
翔くんも笑いながら繰り返す。
僕もそれに続いて立ち上がり、
「――真帆」
と声を掛けた。
「はい?」
翔くんを抱っこしたまま振り向き、微笑む真帆。
確かにその笑顔も僕を幸せにしてくれる小さな魔法かもしれない。
けれど、僕にだって使える魔法はあるのだ。
それは誰にでも使えて、けれどとても強力な魔力を秘めていて。
僕はその魔法――とても単純な、短い言葉を口にする。
「……愛してるよ」
真帆は頬を染めながら、けれど、とびっきりの笑顔で。
「――私も」
……魔法使いの少女・了