「どうしてでしょうね…」
彼が、両手を顔から外し、
「どうしてあなたには、人前では見せたことのない涙を、見せてしまうのか……」
眉間に僅かなしわを刻み、困惑したような表情を浮かべると、
「あなたの前では、自分が、自分でいられなくなってしまう……」
息を吐き、私にじっと瞳を合わせてきた。
「……他者を寄せ付けずにいることで保ってきた、完璧に取り繕ってきたはずの自分が、あなたの前ではいつも無意味になる……」
そうして私の手を、ふっと包むようにも握ると、
「……どうしてなのでしょうね…」
もう一度、彼は自問するかのように、同じような言葉をくり返した。
握られた手を振りほどくようなこともできず、ましてどんな言葉をかけたらいいのかもわからないでいる私に、
「……少し、コーヒーでも飲みますか?」
沈黙を破り、彼がそう口を開いた。
「ああ…はい、私が淹れましょうか?」
なぜコーヒーをと一瞬思うけれど、リラックスをするにはちょうどいいのかもしれないと思い直して、ソファーを立ち上がろうとすると、
「大丈夫です。私が淹れてきますので、そちらに座っていてください」
彼がそう言い置いて、先に立って行った。
一人になり、包まれていた手を、ふと自分でさすってみると、握られていた体温がじんと伝わってくるようにも感じた。
「どうぞ…」
ソーサーに乗せられたコーヒーカップが差し出されて、「ありがとうございます」と、一口を飲むと、温かく香ばしい味わいが、喉元を通り過ぎた。
コメント
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心を許せる人がいるっていいことだと思う。 1人で苦しまないで。 1人で泣かないでね。