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ハラハラと・・・
涙が沙羅の頬を伝う・・・
ただ黙ってその場に凍り付き、沙羅はドア越しに力と音々のやり取りを一部始終聞いていた、嗚咽を漏らさないように必死で呼吸を止める
ブルブル体が震え・・・この場から一歩も動けない、口元を抑え、鼻を啜らないようにしているので呼吸が出来ない
たまらず沙羅は抜き足、差し足で階段を降りた、一度落ち着く必要があった、一旦落ち着いて冷静にならなければ・・・音々には泣き顔を見せたくない、あの子はずっと私の傍で花のようにいつも寄り添ってくれた、それがどんなに心の支えになり、生きがいになったか
ちょうど玄関に降り立つと、健一が壁にもたれて立っていた、きっと沙羅と同じようにあの二人の話を聞いていたのだろう
沙羅は後ろに佇む健一を無視して、玄関に座り、ポシェットから携帯ティッシュを出して鼻をかんだ、少しして沙羅が落ち着いたのを確認してから健一が言った
「お母さんが迎えにきたと・・・音々ちゃんを呼んでくるよ」
泣き顔を見られたくなくて俯いたまま沙羅はコクンと頷いた
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「ママァ~~~~!」
「ハイ!かわいい子、楽しかった様ね」
「うん!」
「忘れ物ないかい?音々ちゃん」
「うん」
健一が玄関で音々のあたまをそっと撫でた
「またおいで・・・その・・・ママがいいって言ったらね」
音々がじーっと健一を見つめる・・・そして間を置いて言った
ニッコリ「ありがとうおじいちゃん!」
一瞬三人の大人の空気がぴたりと止まった
バタバタバタッ・・・「ううううっ!・・・ッッ」
たまらず健一が口元を抑え、嗚咽するのを堪えながら二階に駆け上がって行った
「(照)車まで送るよ・・・」
力がポリポリこめかみを掻きながら沙羅に言った、こりゃ父さん今夜は眠れないな・・・父のあんな態度は初めて見たが、さぞ嬉しいのだろう、力は心の中でそっと音々を連れて来てよかったと思った
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「ありがとう・・・あの子に晩御飯まで食べさせてくれて・・・お礼を言うわ」
ハハッ「僕は何もしてないよ、父さんの作った飯を一緒に食っただけ」
二人は暫く向かい合った、沙羅の車の中では後部座席に音々がチャイルド・シートに乗ってご機嫌でSwitchを手に持ってお気に入りの動画を観ている
「あっ!あのさっ!」
力が唐突に話し出した
「音々ちゃんに明日もスイミング迎えに来て欲しいって頼まれたんだ・・・それと・・・子供用のミニギターを買ってあげるって約束もしたんだけど!無理やり僕があの子に音楽を押しつけるってのじゃなくて・・・その・・・でも・・・すっごくいいと思うんだ!音感も身に尽くし、ひょっとしたら音々ちゃんは物凄い才能があるかもしれない、子供の頃にリズム感を養えると大人になってもそれは一生続いて―」
一生懸命音々の事を話す彼をつい夢見心地で見てしまう沙羅・・・
八年前もあれだけ一緒に居て私達は本気で喧嘩したことがなかった、喧嘩をしても一日たりとも持たなかった、だって力とおしゃべりができないなんてそんなことは寂しすぎてどんな理由にせよずっとは怒っていられなかった
もしかしたら彼自信はあの頃と何も変わってないのかもしれない・・・ただ・・・彼の世界を揺るがす才能があるのを周りが気付いただけなのかもしれない
あれだけ傍にいて私は気付けなかった・・・彼の珠玉の才能を・・・
「それと・・・先に謝っておくけど・・・パパと呼んでいいかと聞かれたから・・・いいと答えたよ・・・」
「それは大きな責任ね」
「逃げないよ、今度こそは」
フンッ「信じるには勇気がいるわ」
少しムッとして力が口を尖らせた、ムキになるとすぐその顔をするんだから・・・
胸がしめつけられる・・・だってこの顔が見たくてわざとあの頃はこの人をからかっていたっけ・・・
「君の愛も取り戻してみせる」
沙羅は力をじっと見つめた・・・
永遠に一緒だと思ってた・・・
私たちの愛は特別だと・・・
もしこの八年間で彼が他の誰かを愛してたら・・・受け入れられたかもしれない
でも、さっきの力が音々に言った言葉が本心なら・・・
彼はそうじゃなかった、ただ私の元を去っただけ・・・
八年間・・・私を想いながら・・歌っていただけ?
でもそっちの方がタチが悪くない?
思わず沙羅は笑って言った
「せいぜい頑張ってね」
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【韓国・ソウル】
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灰色の空がソウルの街を覆い、芸能界の頂点に君臨する『ファイブ・エンターテインメント』の本社高層ビル、それはまるで夢と欲望を閉じ込めた要塞の様に冷たくビルガラスが光に反射していた
ここの45階の最新設備の整ったスタジオには、ブラックロックのメンバー達が集まり、いつもなら笑い声やギターの音が響いているのに、今は異様な緊張感に包まれている
「いったい何を考えてるんだ! アイツは!!」
ベーシストの拓哉が、スマホを握り潰さんばかりに叫んだ、肩までのロングヘアをなびかせ、鋭い目線は画面に釘付けだ、そこへメンバーの海斗と誠がソファーから身を乗り出して拓哉に言った
「どうした?」
「何かあったのか?」
二人が拓哉の元に駆け寄ると拓哉は二人にスマホを突きつけた、画面には薄暗い場所でスポットライトを浴びて、熱唱する力の動画が映し出されていた、どこかの小さなライブハウスのようだ、観客の歓声が響き、力の汗と情熱が画面越しにも伝わってくる
「力だ!」
「ええ?」
「これって・・・ライブしてるのかよ!?」
その時ドアが勢い良く開き、マネージャーのジフンが息を切らして飛び込んできた、丸坊主の頭に汗が光り、銀縁の眼鏡が鼻の先までずり落ちている
「た、たいへんです! みなさん! 力さんが日本で単独ライブをされたそうで、その動画がSNSに大量に流出されています!」
「ああ、俺も今気づいたよ・・・」
拓哉が渋い顔で呟く
「当然、会社は知らないんだよな?」
「当たり前だよ! 俺達だって今この動画見て知ったんだ!」
海斗が肩をすくめる
「これ・・・力が会社に無断でやってるんだろ?」
拓哉が低い声で確認する、ジフンは額の汗をハンカチで拭きながら頷く
「ハイ・・・きっとプライベートでされてるんだと思いますが・・・ちょっと・・・ファイブの上層部で問題扱いになってまして・・・」
「何勝手なことしてんだ! アイツは! ツアー前だぞ!」
金髪、ショートカットにトゲトゲのピアスの海斗が拳を握りしめる
「これ・・・場所特定されたら・・・困るよね・・・」
茶髪パーマヘアーのプードルの様な可愛さの誠も不安そうに呟く
可愛いチームのマスコット的存在の誠のファンアカウントはプードルだ、誠のファンは鞄にプードルのぬいぐるみを全員付けている
拓哉がスマホをソファに放り投げる
「もう遅えよ・・・ダウンロードされて高画質の海賊版DVDが発売されてるぜ」
「こっちは・・・スクショの高画質バージョンのブロマイド・・・」
誠が自分のスマホを見せると、力のライブ中のキメ顔がバッチリ収められた画像が映し出される、海斗が呆れたようにソファにドサッと寝転んで言った
「まったく、仕事が早いよなぁ~! 金になると思ったらすぐこれだ! 二日としないうちに印刷されたコップやらTシャツやら、海賊版グッズが路上に並びだすぞ!」
次にボソッ・・・と誠が呟く
「僕も日本に帰りたいな~」
それに便乗して海斗も伸びをしながら言う
「力が羨ましいな、ツアー入ったら一年は日本行けないぜ、俺、親戚に子供が生まれたらしいけど、これじゃいつ顔見れるかわかんねーよ」
海斗が天井を見ながらぼやく
「お前、実家九州だっけ?俺も暫く帰ってねえなぁ~」
拓哉がため息をつき、誠が目を輝かせる
「ねぇ、ジフン! 僕達も力のとこ行っちゃダメ?」
「そうだよ! 勝手にこんなことしてお説教してやらなきゃ!」
海斗もそれを聞いて勢いよく起き上がる
「よっしゃ!力の所行こうぜ! どうせツアーまで何もすることねえしさ!」
ノッてきた三人に慌ててジフンが手を振る
「ちょ、ちょっと待ってください! 皆さんが一斉に出国したら一大ニュースになりますよ!」
三人はガックリと肩を落とす
「それもそうだな~・・・」
「ボディガードが着いてくるオフなんか嫌だよ」
「力の娘ちゃん、見たいなぁ~きっとかわいいんだろうな?」
誠がポツリと言う
「メンバーの中で初めての子供だもんな」
拓哉が少し微笑む
「あ~!なんか一気に何もヤル気なくなった」
金髪ショートカットの海斗がソファに沈み込む
「僕も・・・午後から美容院だったけど行く気無くしちゃったぁ~」
「編曲頭に浮かんでたのに消えた」
ジメジメした空気の中、一気に三人がダラダラとソファーでふて寝を始める
「あ~~~つまんね~~~」
「どうせ俺らは籠の鳥よ」
「力が羨ましい~~~日本行きたい~~~」
ジフンはオロオロしながら三人を見やる
「え、えっと・・・皆さん、元気を出してください! そ、そっそうだ! ランチに何か好きなものをウーバーしますか? それとも明洞に新しいお店ができたそうですよ? 個室予約しますか?」
だが、三人はジフンの言葉を無視、ダラダラと不満を垂れ流す、そしてジフンはついに観念した
「わっ、わかりました! 一度上層部にかけあってみます! そのかわり、皆さん搭乗は夜の便になりますよ! くれぐれも目立たないように! 慎重に行動してくださいね!」
三人がソファから一気に飛び起きる
ヒャッホ~~♪
「マジ!?」
「やった!」
「日本行くぞ!」
拓哉がニヤリと笑う
「お説教ついでに力の奴、どんな顔して娘ちゃんといるのか見ものだな」
誠が目をキラキラさせる
「力の娘ちゃん、絶対かわいいよ! 早く会いたい!」
「一蘭行こうぜ!一蘭!!トンカツ!タコ焼き!」
スタジオに再び活気が戻り、メンバーの笑い声が響く、大騒ぎするメンバーのスタジオを出て、廊下の端っこでスマホを両手に持って、ペコペコするジフン
ジフンは額の汗を拭いながら、スマホで上層部と話し込んでいる
「ハイ、ハイ、そうですね・・・早急に力さんに連絡を取ります、えっとそれが・・・皆さん日本に行きたいとおっしゃってて・・・ハイ・・・力さんがいないからメンバーの皆さんもナーバスになっててこれ以上楽曲作業をしても・・・ツアー前のここで一度オフ期間に入るのも手かと・・・ハイ!そうですね!航空券の手配を・・・」
その時廊下の隅で掃除をしている謎の清掃員がジフンの電話にそっと聞き耳を立てていた