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* * * *
七香が片付けをしていると、昴が気持ちよさそうに浴室から出てくる。その色気たっぷりの湯上がりの彼を見て、七香の心臓は速度を上げて跳ね始めた。
今思い出しても複雑な記憶ーー早紀に情事後の部屋に招かれ、行為の残骸を目にした時のことが蘇ってきたのだ。
あの時も彼は湯上がりで、七香の目に止まらない場所へ急いでゴミ箱を片付けていた。体を駆け巡った嫌悪感ーーあれ以上の現場には、今のところ出くわしてはいない。
「お風呂ありがとう」
「えっ、あっ、うん、大丈夫」
昴は七香の部屋の中を歩き始めると、じっくり舐め回すように視線を動かしていく。ちょっと散らかってるけど、別に普通の部屋。強いて言えば、昴にレモンのネックレスをもらってから、叔父に『七香らしい』との後押しもされ、レモンや黄色の雑貨に凝り始めてしまった。
そこに気付かれたらどうしよう、まだ好きだと勘違いをされてしまうだろうか。もちろん好きだったことに変わりはないし、彼を越える人と出会えていないというのも事実なのだ。
「このカメラ、あの時の?」
昴に突然話しかけられ、七香は慌てて顔を上げた。昴は棚のガラス戸の中に飾られているカメラを指差し、こちらを見ている。
「うん、あれから新しいカメラを買ったけど、それはお気に入りだから」
「懐かしいな。よく盗撮されたもんな」
「ちゃんと昴くんの許可はもらっていたんだから、盗撮なんかじゃありませんよーだ」
「写真は?」
「えっ?」
「俺の写真、まだ残ってる?」
残ってると言ったら、まだ未練があるように思われないか不安になる。洗った食器を拭いていた手を止め、俯いて口籠った。でも友だちの写真を持っていたって、別におかしなことではない。
「あるよー。昴くんの間抜け面を消しちゃうなんて、もったいなくて出来ないもん」
すると昴は無言で七香には近付いてきたかと思うと、両手で拳を作り、あえて中指を尖らせて七香のこめかみにグリグリと押し付けてきた。
「痛い痛いー!」
「余計なことを言うからだろ。それとも俺のイケメン写真を消せない言い訳?」
「なっ、ちっ、違っ……!」
否定しようとしたが、昴の手が七香の腰に手を回してきたので、思わず体がビクッと震える。
「七香、彼氏は?」
「いないよ。っていうか、二人のおかげで恋愛に対するトラウマが植え付けられちゃったの。そのせいで、恋なんて出来やしない。ただ平凡で穏やかな恋がしたいだけだったのになぁ」
「なんで七香の恋愛事情に、俺たちが関係するわけ?」
「それは……たぶん自分が信じていた愛情を否定されたからかな。だから恋をするのが怖くなったんだと思う」
あの夜、早紀に否定されたことが大きく影響しているのは確かだった。
「じゃあ俺としてから、まだ誰ともしてないのか」
「まぁそうだけど……って、何してるの⁈」
昴の手が七香の胸を包み、ゆっくりと揉み始めたのだ。
「いや、七香って、服の上からだとわかりにくいけど、意外と胸大きいよな」
その言葉を聞いた瞬間、七香には昴が隣に引っ越してきた理由が分かったような気がし、大きなため息をついた。
「なるほど。そういうことなのねぇ」
私は所詮その程度なんだーー七香は昴の手を掴み、クルッと後ろを振り返る。そして目を細めて、呆れたように冷たい視線を送った。
「昴くんがどう思っているかはわからないけど、私は昴くんのことを友だちだと思っているから。つまり、昴くんとはキスもセックスもしないってこと」
昴は驚いたように目を見開いて七香を見た。その反応で、彼が七香を性欲の捌け口にしようとしていることを実感する。
「えっ、なんで……」
「なんでじゃないよ。私はね、昴くんとも早紀さんとも違う、普通の人間なの。ごく普通の人生を送りたいだけ」
「俺だって普通じゃん」
「普通じゃないから。私は普通に出会って、普通に恋をして、プロポーズされて、結婚して、子供が産まれて、老後を過ごす。これが理想の私の将来計画なの。なのに二人のせいでトラウマ持ちになって、この将来計画すら危ういのに……順番ってすごく大事なんだよ。セフレになるなんて、普通の人生にはいらないから」
つい止まらなくなってまくし立ててしまったが、昴は無表情のままその話を聞いている。
「なんだよ、それ。中学生の将来計画」
「いいの。普通が一番幸せだって知ってる。それに昴くん、来るものは拒まずなんでしょ? 私なんかに頼らなくても平気じゃない?」
彼と体を重ねた日のことを思えば、もう一度あんな風に抱かれてみたいと思った。七香にとって唯一の経験だったから。でもこのまま彼を受け入れてしまえば、きっと自分も同じ穴のムジナになることは確実ーーそうならないように、昴とは友だちとしての距離感を取るべきだと思った。
しかし七香の言葉を聞いた昴が、一瞬傷付いたように顔を歪めた。自分がそうさせたのに、七香の胸がギュッと締め付けられる。
昴くんを傷付けたくなくて友だちでいることを選んだのに、私が傷付けてどうするのよーー。
「……か、体はセフレはダメだけど、それ以外は……ほら、性欲は他で満たしてもらうとして、私は食欲を満たしてあげる! せっかく隣に住むんだし、昴くんの食生活って信用出来ないから」
「……朝と夜の二食」
「うん? 二食も? まぁ食費を回収していいのなら、私も頑張りましょう! でも残業多いから時間も遅くなるよ。それでもいいの?」
「それでいい」
ようやく話が終わり、ホッとした七香は昴の肩をポンっと叩いた。
「じゃあもう時間も遅いし、そろそろ帰って……んっ」
昴をそう促した瞬間、突然頭を引き寄せられたかと思うと、唇を塞がれた。貪るように激しく唇を吸われ、必死に抵抗したものの、あっという間に腰が砕けてしまう。
息を切らしてグッタリとした七香を抱き上げると、ソファに下ろして不敵な笑みを浮かべる。
「つまり……セックスはダメだけど、それ以外はいいってことだよな」
「はぁっ⁈ そ、そんなわけないでしょ!」
「七香が言ったんだ。自分から約束破るなよ。まぁそういうわけだから、これからよろしく」
昴は立ち上がりながら七香の頭をガシガシと撫で、そのまま部屋から出て行った。
部屋の中が突然静かになり、心臓の音が激しく鳴り続ける。
あぁ、息が苦しい……どうしてキスなんかするのよーー七香の中には拒否されたキスも、熱く求められたキスの感触も残っていた。だから、あの日の甘いキスを思い出し、抵抗する力は一瞬でなくなってしまった。
久しぶりのキスは荒々しくて、甘くて、熱かった。彼を吹っ切ろうとすると急に現れて、体に小さな種を植え付ける。それがいずれ熱と疼きに変わることを、七香は知っていた。
#片思い