何でここに?
「エトワール……ッ」
「ここから、逃げた方が、いいよね」
アルベドも、あの皇宮の金ぴかの馬車を見たのか、顔つきが一気に変わった。確かにまずい、というような顔に、私も焦りを感じてしまう。なんでいるのか。なんで。そんな疑問ばかりが膨らんでいって仕方がない。でも、まず逃げることが大切だと思ったのだ。
「でも、何処に行くの?」
「考えられる節は、一つだな」
と、アルベドは、心当たりがあるというように、目を細めた。アルベドが見つめた先には屋敷のようなものがあり、それがフィーバス卿の屋敷だと目で訴えかけてくる。
リース達は、何故、何の用があって、フィーバス卿の元に行こうとしているのだろうか。
(やっぱり、全部読まれてる?)
そんなことあり得るのか、というかあって欲しくないと強く思った。でも、そうとしか考えられなくて、どうするべきかと思ったのだ。鉢合わせるのが一番面倒な事になりそうだけど。
でも、フィーバス卿を仲間に引き入れられなかったら、それもそれで私達の野郎としていることが実現できなくなるわけで。
「先回りとか出来ないの?」
「いっただろ、フィーバス卿の屋敷の周りは、とくに魔法がガッチガチに固められてんだ。それも、闇魔法に対してはあたりが強いからな。俺が魔法を使ったところで、近くには行けねえよ」
「じゃあ徒歩ってこと?」
「そうなるな」
きっと、今の話から察するに、光魔法に対しても、フィーバス卿の魔法でなければ弾かれるということだろう。だから、転移魔法も、風魔法で移動することも出来ないと。となると馬車と徒歩じゃ、絶対に勝ち目がない。リース達が、先についてしまうのは時間の問題だろう。
打つ手がない。
(って、妨害しようとしてるじゃん。仮にも恋人なのに!)
心の中では、と自傷気味にいって、私は、頭を掻きむしった。
リースが、まだ私を好きでいてくれているか、そんなこと今気にしている場合じゃないのに、彼の顔を見たら、気になって仕方がなくなってしまった。久しぶりに、リースに会えたこと、嬉しいけど、あっちは認知していないわけで。
「んで、どうする。エトワール。追いかけるのか」
「追いかけていいの?もしバレたら……てか、リース以外も乗ってる可能性もあるし、リースだって、今どんな立場かも分からないじゃん」
「そう……か、そうだよな。お前のいうことが正しい」
アルベドも焦っていたんだろう。リースのことを考えたとき、私とリースが会って良いものなのかどうか。フィーバス卿にあうあわないという問題じゃなくて、もっとそこ、一番の問題に目を向けるべきだと。
(間に合わないなら、どうせ……)
フィーバス卿とリースを接触させるのを防ぐか、私とリースを接触するのを防ぐかの二択。どっちをとれば良いか何て分からない。いや、どっちをとったしても、もうエトワール・ヴィアラッテアの手のひらの上だと私は思う。そう感じる。
「リースに会いに行く」
「いいのか?」
「この選択があっているかあっていないかは分からないけど、でも、それが良いと思う。フィーバス卿のこと、まだ知らないし、なら、リースに事情を聞く方がいいかも。どうせ間に合わないでしょ。今からじゃ」
「ああ、そうだな」
アルベドは、申し訳ないと言ったような顔を私に向けてきた。
きっと、アルベドも、全てエトワール・ヴィアラッテアが仕組んだ事だって気づいたんだろう。それで、どうしようもなくなって詰んだと。
だってそうじゃなきゃ、こんな都合悪く、リースがここを訪れるわけがないから。
(リースが、フィーバス卿を知っているかどうかは分からないけど、でも、自分の意思でここに来たわけじゃないと思うし)
まあ、あの馬車に乗っていたのがリースだったのかっていうのはあるけど。さすがに、皇族に化けるっていうのは罪にとわられる気がするし、そんな影武者みたいなことする必要があるのかっていわれたらそれもまあ、分からなくて。あれは、本人だったと仮定して話を進めよう。
「馬車に追いつくくらいなら、魔法使っても大丈夫そう?」
「ああ、今なら追いつくだろうよ。フィーバス卿の屋敷、敷地内に入らなきゃな」
アルベドが、そこまで慌てていないってことは、魔法を使えば余裕で追いつくということだろう。
私は、アルベドと二手に分れ、馬車を追って走った。魔法を使っているため、体力が持たないということもなく、走っているという感じもなく、馬車を追いかけることが出来る。風魔法の応用って本当に凄いなあ、とアルベドが好んで使う理由が分かったきがする。そうして、あっという間に、リースの馬車の背後を捉えた。
(い、いや、でもこれどうやって止めるのよ!)
前にいきなり現われて止めるとかそれも危ないし、かといって魔法で止めたら皇族に危害を加えたっていわれそうだし……
見切り発車過ぎ、と少しずつ距離が出来ていく馬車を追いかけるしかなかった。アルベドと打ち合わせをしていないせいで、どうやって動けば良いかも分からないし、また一人で勝手に行動したら、アルベドの足を引っ張ることになるのかもと……
私がそう思っていると、馬車は、開けた広場で停車した。そこに何かがあるわけでもなく、ただそこに今にも凍りそうな噴水があるだけで、人がいる様子もない。こんな所で休憩というわけでもないだろうし、どうしたんだろうと、物陰に隠れて様子を伺っていると、馬車からリースが降りてきた。
「……リース」
聞えないようにぼそりと呟いて、あの眩い黄金を目に映す。
何も変わっていない。宝石のようなルビーの瞳も、眩い金髪も。でも、少しだけ痩せたような気がした。つかれているような、痩せたというよりかはやつれ。私が帝都を出てから何があったのか今すぐ聞きたいところだったが、ここから出る勇気も何もなかった。ただ、動向を見守ることしか出来ない。
今ならストーカーの気持ちが分かるなあ、何て思っていると、足音が聞えてきた。ピクリと耳が反応し、まさか、と顔を上げる。
「殿下、何処に」
(ルーメンさんの声!)
これまた懐かしい声に、私の耳は反応する。馬車には、リースだけじゃなくて、ルーメンさんも乗っていたのかと。なら、ただの視察とか、交渉とかだろうか。
殿下、という呼び方から、まで皇位は継承されていないとも伺える。
逃げた方がいいかも、と馬車を降りて、うろちょろしているリースとルーメンさんの事を考えると、見つかるのも時間の問題かも、と透明魔法をかけて移動しようとしたとき、目の端にあの黄金がちらついた。
「エトワール!」
「……っ」
あらわれた彼に、私は言葉を失った。一歩二歩と後ろに下がると、大股で、私に詰め寄ってくるリース。話したいけど、逃げなきゃって、いう思いが勝って逃げようとしたが、トンと壁に背中がぶつかってしまった。行き止まりだったのだ。
その瞬間を逃さないと、リースが私の手首を掴んだ。
「エトワールだよな」
「人違いだと思う。だって、うん、人違い」
「変装魔法を自分にかけているんだろう。黒髪でも、俺はお前だって分かる」
「……っ」
ひりつくような、リースの声に、私は彼の顔を見ることが出来なかった。声色からして寂しげで、辛そうで。痛みと同時に、彼の感情がうちに入ってくる気もして、私は耐えられなかった。
本当は、逃げたくないし、話したいけど、巻き込みたくないし、彼の立場を考えたとき、それは、いい選択じゃないって分かっていたから。
「ごめん、離して」
「何故だ」
「……アンタには今婚約者がいるから」
「……エトワール」
まるで懺悔するように私の名前を呼ぶリース。
この数週間か、もう時間の感覚なんて忘れてしまったけど、リースと離れている間、彼が何を思って、どう過ごした何か知らないけど。でも、トワイライトが彼の婚約者になって、もうすぐ結婚式が執り行われるとしたら、私はもう過去の女なんじゃないかって。
認めたくないし、好き同士でありたいって思うけど。
「……何で、逃げようとしたんだ。エトワール」
そう言うと、リースは泣きそうな顔を私に向けてきた。はっきりと、彼の顔を認識し、私の胸はこれまでに感じたことないくらいキュッと締め付けられた。
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