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仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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退院してから初めての日曜日、拓馬は彩からデートに行こうと誘われドライブしている。
行き先は聞かされていない。出発前に訊ねたけれど、彩は「内緒」と笑って教えてくれなかったからだ。でもその可愛い笑顔を見ると拓馬は不満を感じるどころか幸せな気持ちになった。
ドライブしながら、彩は今までの二人で行ったデートの事など、拓馬に話して聞かせた。
「ドライブにはよく行っていたんですか?」
「うん、二人とも好きだったから、よく行っていたよ。海にも山にも、温泉とかにも行ってね」
彩は少しでも記憶の戻るきっかけになればと願いながら、拓馬に話す。だが、拓馬はそんな話を聞いても他人事のようで実感は無かった。
「そうなんだ、彩さんとドライブは楽しいだろうな……」
「こうして、いつもRCの曲を掛けて、一緒に歌いながら……本当に楽しいよ」
カーステレオから、彩が持ち込んだRCの曲が流れている。
「RC? そう言えばこの曲、昨日歌っていましたよね」
「ふふっ、気分が良いと歌いたくなるの。この曲はRCサクセションの『トランジスタラジオ』と言う曲なの」
「RCサクセション……そう言えば何年か前に、ボーカルの人が死んだってニュースを聞いた事がありますよ」
「そうね、清志郎は私達が高二の時にはもう亡くなってたんだよね。私が聴き出した時にはもう……」
そう言った彩の表情が急に暗くなった。RCサクセションの曲を聴くきっかけを思い出したのだ。
和也が死んで彩はずっとふさぎ込んでいた。夏休みが終わり、学校が始まっても笑顔を忘れたように、明菜とさえ殆ど話さない。部活も行かなくなり、家に閉じこもって和也の写真ばかり眺めていた。そんな時、彩の元へ和也の母親から連絡が入る。和也の遺品を貰って欲しいとの事だった。
「彩さん、あなたにはまだまだ未来があるから、押し付けてはいけないとは分かっているんだけどね。でも、あの子の気持ちを考えると、何か形見の物を持っていて欲しいと思って……。迷惑じゃなければ、お願い出来ないかな」
和也の家に着くと、母親が申し訳なさそうに彩に頼んだ。
「とんでもない、和也君は一生忘れられない大切な人です。何か思い出の品を頂けるのなら大切にします」
彩の言葉を聞いた母親は寂しそうな笑顔を浮かべた。彩は母親に連れられ、何度も来た事のある和也の部屋に通された。
足を踏み入れた途端、彩の頭の中に和也の思い出が溢れ出してくる。部屋は和也が生きていた頃と何も変わりはなく、主が亡くなった現実感など何一つ感じられなかった。
「和也君……」
彩はそう呟くと悲しみのあまり呆然と立ち尽くした。和也との思い出が頭の中を駆け巡る。
彩は堪らなくなり、顔を両手で覆い、うわああっと声を上げて泣き崩れた。彩は今にも元気な和也が顔を出しそうな部屋の雰囲気と、亡くなってしまってもう二度と会えない現実とのギャップに耐えられなくなったのだ。
「彩ちゃん、大丈夫?」
母親は彩の背中を優しく撫でた。うずくまった彩はまだしゃくりあげている。
「ごめんね……まだ早かったかな……」
母親に背中をさすられながら、彩はハンカチで目を押さえてゆっくりと立ち上がった。
「すみません……もう、大丈夫です……」
ハンカチで目をぬぐいながら、彩は無理して笑った。
「家族の方はもう形見を分けられたんですか?」
和也には両親の他に大学生の姉がいる。
「私達は良いの。あなたが形見を貰ってくれたら、後はこの部屋をこのまま動かさないつもりだから」
「えっ、このままって、和也君が住んでいたこのままですか?」
母親は黙って頷く。
「じゃあ、またここに来ても良いですか?」
――ここに来ればいつでも和也君の空気に触れられる。寂しくなってもここに来れば……。
ずっとふさぎ込んでいた彩は小さな希望を見つけた気がした。
「それは駄目よ」
「えっ? どうしてですか?」
和也が生きている間に、彩はこの部屋に何度も来た事がある。母親とも仲良く話せたし、歓迎されていた筈だ。なぜ断られるのかわからなかった。
「形見を貰ってくれと言っておいて矛盾しているけど……。彩ちゃん、あなたは和也の事は忘れて、前を向いて歩くべきよ」
彩は和也の事を忘れろと言われて驚いた。一生忘れないつもりでいたから。
「私は忘れません。和也君の事が本当に好きだったから……」
彩の瞳から、また涙がこぼれる。
「あなたは本当に良い娘だわ。あなたが和也のお嫁さんになってくれたらっていつも思ってた……。和也を一生忘れないって言葉は本当に嬉しい……本当に嬉しいのよ……」
母親は彩を抱きしめた。
「でも、だからこそ、あなたには幸せになって欲しいの……だから、前を向いて歩き出して……和也もきっと応援してるわ」
「お母さん……」
母親と彩は抱き合った。
その後、母親は何を見ても良いと言い残して、部屋を出て行った。一人になった彩は和也のベッドに寝転んだ。何を見ても良いと言われても、何もかも見るつもりは無かった。ただ、和也の存在の残り香を感じていたかった。