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2件

今回もすごく面白かったです☺️ 続きを楽しみに待ってます!
竈門兄妹
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鬼にされた妹を連れた隊士の裁判が行われることになったそうで、無一郎くんは緊急の柱合会議に出掛けた。そこに私も同行する。
つい先日、那谷蜘蛛山での任務で下弦の伍の鬼と戦い、まだ傷も癒えていない男の子。
竈門炭治郎と名乗るその子が、例の鬼の妹を連れているという隊士だった。
赤みがかった髪と瞳。それを見て私の頭の中には無一郎くんと有一郎くんのお父さんが想起された。
ぱっと見た感じ、私は彼に嫌な印象は持たなかった。彼が背負う箱から漂っている鬼の気配に対しても、不思議と嫌悪感を抱かなかった。
箱を乱暴に扱い、刀で中にいる鬼を串刺しにする風柱様。
そんな彼に、途轍もない音を立てて頭突きをかます炭治郎くん。
それを見て吹き出す蜜璃さん。
水柱様の声に、その場が治まり柱9人が整列した。私も離れた場所で頭を下げる。
お館様がお嬢様2人の付き添いで皆の前に立った。
今回の件について説明を求める柱の皆さんに、元水柱様からの手紙を読んで聞かせるお嬢様。
納得のいかない風柱様が、日影に移動して自らの稀血を利用し、炭治郎くんの妹に自分を襲わせようとした。けれど、彼女は稀血の滴る腕からぷいっと顔を背けた。
その光景を目にした全員が息を呑んだ。
これで禰󠄀豆子ちゃんが人を襲わないことの証明ができたとして、竈門兄妹はこれからも鬼殺隊にいることが認められた。
すごい。人を襲わない鬼がいるなんて。きっと彼らは、鬼殺隊にとってとても重要な人物になる。何となくそう思った。
2人はそこで席を外していいと言われたけれど、風柱様にまだ頭突きし足りない炭治郎くんが喚く。
そんな彼に、あろうことか小石をぶつけて牽制したのは、なんとうちの霞柱様だった。
「お館様のお話を遮ったらだめだよ」
ああ!無一郎くん何てことを!
お館様に関することになると人が変わっちゃうんだから。
「か、霞柱様!申し訳ありません!」
「さっさと連れてって」
「はいぃ…!」
炭治郎くんたちを連れてきた隠の人たちが大慌てで兄弟をその場から退かせた。
あの後、炭治郎くんは治療の為、蝶屋敷に連れて行かれたそう。禰󠄀豆子ちゃんも一緒に。
裁判から1週間程経った頃、私は無一郎くんが軽症で帰ってこられた時に手当てに使う薬品や物品を分けてもらう為、蝶屋敷に来ていた。無一郎くんは今朝早くから任務に行って、明日の朝帰って来る予定。彼が不在の時は蝶屋敷で療養中の隊士を相手に機能回復訓練に付き合ったりもする。
アオイさんに頼まれて、炭治郎くんのところに食事を持って行く。ついでにこの前うちの主人が石をぶつけたことを詫びなくちゃ。
甘いの好きかな?
私は霞柱邸で作ってきたお菓子をそっと抱え直して目的の人物のところへと向かった。
うーん……。まだ身体のあちこちが痛いな。
肋骨も何本か折れているし、顎も割れているってしのぶさんから言われた。
下弦の伍の鬼を倒せたのはよかったけれど、冨岡さんが来てくれたおかげもあるし。
戦いの度にこんなボロボロになっていたら身が持たないんじゃないか。
本当に……禰󠄀豆子を人間に戻せるのか。
鬼舞辻󠄀無惨を倒せるのか。
この調子じゃ志半ばで死んでしまうかもしれない。
…だめだ。長男なのに悪いことばかり考えてしまう。
コンコンコン
誰かが扉をノックした。
「あ、はい!どうぞ」
『失礼します』
柔らかな声と共に入ってきたのは、見慣れない女の子の隠。
『炭治郎くん、身体の具合はどうですか?』
「えっ…俺の名前……」
『有名人だもの。それに、アオイさんに頼まれてあなたの食事を持ってきたから』
にっこり笑う彼女。とても優しい匂いがした。
『私は霞柱専属の隠の、宝生茉鈴と言います』
霞柱…って……。
『先日の裁判の時にうちの主人が石なんてぶつけてごめんなさい』
「あ!」
あの時の男の子の。その人の専属の隠なのか。
宝生さんがベッド脇の机にお盆を置いて、ゆっくりと椅子に腰掛ける。
『普段はあんなことするような方じゃないんだけど、お館様が関係することには人が変わっちゃうことがあって』
「い、いえ!俺も場も弁えず喚き散らしてたから……」
改めて彼女を見る。覆面から覗いた琥珀色の瞳が印象的だった。
『食欲はありますか?食べられるだけでいいからお腹に入れてね』
「はい。いただきます」
宝生さんが持ってきてくれたお粥を口に運ぶ。
「美味しいです」
『よかったね。アオイさんお料理すごく上手だもんね』
完食したお粥の食器を宝生さんに手渡す。
柱の専属の隠か……。
「あの…」
『どうしたの?』
柱の人たちでさえ、鬼の禰豆子が鬼殺隊にいるこをよく思っていなかったみたいだし、そういう隊員はきっとたくさんいるんだろうな。
「宝生さんは…俺が鬼の妹を連れていること、その状態で鬼殺隊にいること……どう思いますか?正直な気持ちを教えてほしくて」
もし彼女が嘘を言ったって、俺は鼻が利くから。でもできれば、そんな、わざわざ本心を探るようなことはしたくない。
『んー……』
少しの間があって、宝生さんがこちらを見た。
琥珀色の綺麗な瞳に自分の顔が映る。
『私個人的には、炭治郎くんが連れてる妹さんが鬼であっても、特に気にしないかな。この前の裁判での様子も見たけど、稀血の不死川様の腕を差し出されても我慢してたし。何回も刀で刺されてたのに』
すごいよ、と宝生さんが笑った。
『私は2人を認めてるよ。根拠もないし何となくだけど、炭治郎くんと禰豆子ちゃんはこの先、鬼殺隊にとってものすごく重要な存在になると思ってる 』
探ろうと思わなくても分かる。嘘偽りのない言葉だ。
鼻の奥がツンと痛くなった。
宝生さんが更に続ける。
『家族を鬼にされたり殺されてしまったり、鬼になった大事な人を自らの手で葬った隊員は鬼殺隊にもたくさんいるから…。2人のことをよく思わない人は実際のところ結構いると思う。でも負けないで。私みたいに、2人を鬼殺隊の仲間として受け入れてくれてる人だってきっとたくさんいると思うから』
「…っ、はい……」
思わず涙が零れた。
慌てて袖を引っ張って目元を拭う。
宝生さんがハンカチをそっと差し出してくれた。それを受け取ると、懐かしい香りがした。
「……!」
泣くな。俺は長男だぞ。みっともなく泣くんじゃない。
そう自分に言い聞かせるのも虚しく、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
宝生さんが貸してくれたハンカチからは、昔、母さんが洗濯に使っていた石鹸と同じ香りがしたんた。
もう嗅ぐことのないと思っていた懐かしい香り。母さんの優しい笑顔が脳裏に蘇る。
「……うっ…、…ふ…、ううっ…」
嗚咽が漏れる。
『…私何か嫌なこと言っちゃったかな?』
心配そうにたずねてくる宝生さん。俺は首を横に振る。
「…うっ……、…違うんです……。すみません…」
『そっか、それならよかった』
柔らかな優しい声だ。
「…宝生さんが言ったように、他の人たちから俺と禰豆子のことをあまりよく思われてないって分かってたから……、分かってはいたけど、あからさまに顔をしかめられたりするのが…結構しんどくて……。…認めてもらえるように頑張らないとと思うけど…っ…なかなか上手くいかないし……」
『うん、うん。そうだよね』
俺の話を傾聴しながら、宝生さんが背中をさする。手のひらの熱が伝わってくる。
『炭治郎くん、大丈夫よ。ひょっとしたらこの先嫌な思いをすることがあるかもしれないけど、負けないで。これからもひたすらに頑張って鬼を倒すの。禰豆子ちゃんも一緒に。そしたらきっと、みんながあななたたちを認めて受け入れてくれる筈だから。私は応援してるからね、2人のこと』
「…はい…っ…」
家族を殺されて、妹は鬼になって。鬼舞辻󠄀無惨を倒すために、禰豆子を人間に戻す為に俺は鬼殺隊に入った。
でも現実は途轍もなく大変で。
俺も意地があったから。こんなふうに誰かに本音を話したことなんてなかった。
宝生さんと会話をしたのはこれが初めてなのに、こんなにもすんなりと胸の内を打ち明けられるなんて。
きっと彼女には、そういう力があるんだろう。俺が鼻が利くみたいに、相手の心を開かせる不思議な力が。
「…すみません、1人でも味方になってくれる人がいたのが嬉しくて……」
『気にしないで。私でよければいつでも話聞くからね』
ようやく涙が止まった俺の言葉に、宝生さんが目を細めて笑った。
睫毛、長いなあ……。
「なんか色々と考えちゃってて。本当に鬼舞辻を倒せるのか、とか、禰豆子を人間に戻せるのか、とか。どっちも叶わないまま自分も死んじゃうんじゃないか、とか……」
『今は横になって過ごす時間が多いからね、悲観的になるのも仕方ないよ』
「?」
『あのね、人間は低い場所でじっとしてると物事を悪いほうに悪いほうに考えちゃうんだって。だから夜の闇に包まれてお布団の中で悩むのとか最悪なのね』
「あ…そうなんですね。知らなかった」
『身体を動かせるようになったら、少しは気が紛れると思うよ。今はまだ安静にしてないといけないかもしれないけど、たくさんお日様の光を浴びてね』
「はい」
宝生さん、優しいなあ。
歳も俺と変わらないくらいに見えるけど、すごく落ち着いている。
ガタタ…
ゴソゴソ…
「あっ、禰豆子」
鱗滝さんの作ってくれた箱から禰豆子が出てきた。そして、俺が握っていた宝生さんのハンカチを手に取る。
「むーー」
気に入ったのか、レースで縁取られたハンカチをぎゅっと握って頬擦りする禰豆子。
『ふふ。禰豆子ちゃん可愛いね』
宝生さんが目を細めながら、禰豆子の頭を優しく撫でた。
『ちょっと髪の毛いじっていいかな?』
「あっ、はい。俺じゃしてやれないので喜ぶと思います」
宝生さんが禰豆子の髪を結う。どんな髪型になるのかと思って見ていると、毛束を捻ってそこに細い棒を刺し、余った髪を巻き付けて、あっという間に髪をまとめてしまった。
「うわあ…!すごい、きっちりまとまってる…」
「むー!」
禰豆子も手鏡を覗き込んで興奮気味に目を見開いていた。
きちんとまとまっているのに、余った髪がふんわりと下りていて可愛い。
『簡単よ。私がいつもしてる髪型なの』
そう言って、宝生さんは頭の被り物を取った。
ほんとだ。柔らかそうな黒髪が綺麗な蜻蛉玉の簪で禰豆子と同じ髪型にまとめられている。
禰豆子は鏡を見て嬉しそうに笑っている。
『禰豆子ちゃん、気に入ってくれた?』
「むー!」
『よかった。じゃあ、その簪あげる』
「ええっ!?そんな、悪いですよ」
『いいの。予備の簪だから。飽きたら返してくれればいいわ』
「ああ…、ありがとうございます」
「むー!」
禰豆子が宝生さんに抱きついた。そして、じーっと彼女を見つめたと思ったら、顔に残った覆面を剥ぎ取ってしまった。
『あ』
露わになる白い肌。すっと通った鼻筋。薄紅色の頬と唇。
びっくりするくらい、綺麗な女の子だった。
「わわわわ…すみません!」
『大丈夫。隠は顔を見られちゃいけないってわけじゃないから』
慌てる俺とは対象的に、おっとりと笑う宝生さん。そして禰豆子は素顔が見えた彼女に再びぎゅっと抱きついた。
『…ところで。ね、炭治郎くん。甘いものは好き?』
「あ、はい。好きです」
『よかった。これ、時透様があなたに石をぶつけたお詫びに持ってきたの』
宝生さんが懐から小さな袋を取り出した。
開けてみると、中から出てきたのは明るい茶色の四角い飴のようなものだった。
「これは?」
『“キャラメル”っていうの。』
「きゃらめる……。ありがとうございます。いただきます」
包み紙を剥がし、中身を口に入れる。
柔らかな噛み心地。優しい甘さが口いっぱいに拡がった。
「んっ!美味しい!」
『よかった!』
覆面無しの宝生さんがにっこり笑う。
『疲れた時に甘いもの食べると元気が出るから。気分が落ち込んじゃってる時にもいいと思う』
「ありがとうございます!大事に食べます」
『気に入ってもらえてよかった。また作るね。でもお砂糖いっぱい入ってるから、虫歯には気をつけて』
「はい!」
宝生さんが時計を見て立ち上がる。
『じゃあ、私はそろそろ帰るね』
「はい。あの、宝生さん!ありがとうございました」
『いいえ。また会いましょうね、炭治郎くん、禰豆子ちゃん 』
「はい!」
「むー!」
禰豆子の手に握られたままのハンカチを見つけて、俺は慌てて宝生さんを引き止めた。
「あっ、宝生さん!」
『?』
「すみません、ハンカチ、禰豆子が握ったままで。…ほら禰豆子、離すんだ 」
「むーーー!」
ハンカチを渡すまいとする禰豆子を見て、宝生さんがまた優しく微笑んだ。
『気に入ったのならそれもあげる。返してくれるなら飽きた時でいいわ』
「す…すみません。昔、母さんが使ってた石鹸と同じ香りがしたので……。懐かしかったんだと思います」
『あっ、そうなのね。偶然。同じお店から買ってたのかな。それなら尚の事、無理矢理取り上げたらかわいそうよ。気が済むまで持ってて』
「すみません…。ありがとうございます 」
扉の前で被り物と覆面を身に着け直し、にっこり笑った宝生さんは、 俺たちに手を振って部屋を出て行った。
ああ、胸の中にあった重くて苦しいものが随分と軽く薄くなったなあ。すごくありがたいや。
俺は宝生さんに結ってもらった禰豆子の髪をそっと撫でながら、2個目のキャラメルを口に放り込んだ。
続く