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庭の花が枯れてしまった。
ティアナは呆然と立ち尽くし、変わり果てた庭を眺めていた。
「どうして……」
これまでこの庭の花が枯れた事など一度もなかった。今までと変わらず毎日水をやり庭の手入れをしてきた筈だ。原因が分からないとティアナは放心状態になる。ロミルダの形見と言っても良いくらい大切な庭が枯れてしまった。
それにこれでは花薬を作れない。ロミルダは必ずフレミー家の庭で育てている花を使用していたのだ。
「私には、出来ない……」
そもそも未だに花薬は完成していない。何時まで掛かるか、いやそもそも自分には完成させる事は出来ないかも知れない。原料の花もない。ロミルダはもういない。レンブラントにも婚約破棄されてしまった。もう、何もない。
頑張ろうとしたけど、やっぱり自分なんかには荷が重かったのだ。
「ティアナ」
暫くの間立ち尽くしていると、不意に背後から声がした。振り返るとそこには彼がいた。
「ユリウス様……」
彼は近付いてくると外套を脱ぎティアナの肩に掛ける。その様子をぼうっとしながらただ眺めた。
「一体何時からここにいるんだ。身体が冷え切っている。ほら中へ入るぞ」
その言葉に初めて辺りが薄暗い事に気が付いた。どうやら随分と長い間立ち尽くしていたらしい。
ユリウスに手を引かれティアナは屋敷に入る。長椅子に座らされ、心配そうな表情のモニカがお茶を持って来てくれた。
「ティアナ」
「?」
ゆっくりと温かいお茶を飲んでいると、ユリウスからの真っ直ぐな視線が刺さる。
「アレは作っているのか」
アレがなんなのかなど聞かずとも分かりきっている。だが何故彼がそんな事を聞くのか分からない。
「私には無理でした……」
「そうか、それなら良い」
「それはどういう意味ですか……」
「もう頑張る必要はないと言う事だ」
花薬を作れない自分の事を嘲笑された気がして思わずムッとした。
「確かに私はお祖母様みたいに上手く出来なくて、失敗ばかりで……庭の花も枯らしてしまって、でも」
「ティアナ、花薬の事は忘れろ。君には必要ない。今君がすべき事は静かに嵐が過ぎるのを待つ事だ」
ヒシヒシと彼から伝わってくる気迫にティアナは息を呑む。
「アルナルディ侯爵にはもう話してある。君のこれからの事は私が責任を持つから心配しなくて良い。君はこれまで通り過ごしていれば良いんだ」
「ユリウス様……私は……」
「話は終いだ」
どこか何時も違う雰囲気の彼は、それだけ話すと帰って行った。
◆◆◆
何か言いたげなティアナを残したままユリウスは席を立ちフレミー家を後にした。馬車に乗り込むと意味もなくカーテンの隙間から窓の外を眺めた。
ーー舞踏会前日。
『私に何の用だ、レンブラント・ロートレック』
あの男が態々屋敷を訪ねて来た。
『君に話がある』
客間に通そうとしたが、レンブラントは直ぐに済むと言い拒否をした。ロビーで距離を取り向かい合い、何時もと違う様子に見える彼に話を促す。そして彼は意外な事を口にした。
『君にティアナを返してあげるよ』
突然そんな事を言い出すレンブラントに、ユリウスは目を見張る。
『どういうつもりだ』
『なんかさ彼女思ってた感じと全然違ったんだよ。つまらないって言うか、正直飽きちゃったんだよね。それで婚約破棄する事にしたからさ、君に返してあげようと思ったんだ』
嘲笑するレンブラントにユリウスは黙り込む。
『じゃあ、それだけだから』
彼は用は済んだとばかりに早々に踵を返し去って行く。その背中にユリウスは一言だけ言葉を掛けた。
『礼は、言わないからな』
一瞬振り返った彼は笑っていた。
彼の言動をそのまま捉えるならただ単に嫌味を言いに来ただけだ。だが彼が態々そんな下らない事をする人間でない事くらいユリウスは知っている。
今の彼の置かれている状況を考えれば想像するに容易い。恐らくクラウディウスと心中するつもりなのだろう。それに彼女を巻き込まない為に手放すつもりだ。ただティアナの行先が心配で居ても立っても居られず仕方なく自分に彼女を託しにきた、そんな所だろうか。
「愚かな主君を持った臣下は哀れだな」