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「宮本ムサシと佐々木コジロウって、あの巌流島の対決で有名な!」
その事実に、思わず声を上げるミオ。
それもそうだろう。宮本ムサシと佐々木コジロウと云えば、特異点の四死刀が世に台頭する以前は、歴史上最強の剣豪の二人と謳われていたのだから。
「素より剣聖クラスのレベルの中でも、臨界値(レベル99)に在った二人だ」
※剣聖ーーそれは剣術を志す者に於ける境地。狂座の指標ではレベル『90%』以上の者を指す。
驚愕に狼狽える三人に追い打ちを掛けるかの様に、ルヅキは淡々とその事実を述べていく。
「死人として蘇る事で、生前の思考能力こそ失われているものの二人のレベルは臨界突破を果たし、その力はこの世に生きる者など遥かに超越している」
“臨界突破者”
それはレベル上限を超えた者の総称。この二人は即ち、特異点や直属と同じ領域に在ると云う事。
“狂座第一軍団長ウキョウ=宮本ムサシ”ーー推定臨界突破第一マックスオーバーレベル『122%』
“狂座第二軍団長サキョウ=佐々木コジロウ”ーー推定臨界突破第一マックスオーバーレベル『119%』
※臨界突破を果たした剣術は、剣鬼または剣神とも称される。
「特異点は確かに強い。だがーー」
ルヅキは再び、ウキョウとサキョウの二人に目で促す。
それと同時に二人は再度、ユキへ向けて攻撃を開始する。
「一対一なら及ばぬだろうが、臨界突破者二人を同時に相手をして勝てる訳が無い!」
彼女の言葉通り、ユキは二人同時の攻撃に防戦一方であった。
「加勢に行かないと!」
「はい姉様!」
防戦一方のユキを見兼ねたアミとミオが、加勢に飛び出そうとする。
「待て!」
それを止めるジュウベエの一声に、二人の動きが止まった。
「悔しいが、我々が出て行った処でユキヤの邪魔にしかならん」
ジュウベエの言う事は至極当然の事。レベル50~60台が加勢に入った処で、状勢は何も変わらない処か悪化しかねない。
「でもこのままじゃユキが!」
それは悲痛な叫び声。アミはこれ以上ユキの傷付く処を見たくは無かった。
シグレ戦での傷も、まだ癒えてはいない。
例え足手纏いであったとしても、このまま黙って見ていたくは無かった。
「……心配はいらん。お主達は、奴の事をどれだけ知っている?」
「えっ?」
“――この人、いきなり何を言っているの?”
アミはジュウベエの言葉の意味に、戸惑い立ち竦む。
「それって、どういう……」
彼女はこれまで、幾多ものユキの闘いを見届けてきた。
その超人的な力の事も、深い程に理解している。
アザミ戦、シグレ戦。その超人的な者達との闘いの事も。
だが彼も人と同じ。如何に人知を超えた力を持っていても、傷付けば血も出るし痛みも有る。
それは常人と何一つ変わらない。
だからこそ、ジュウベエの『心配はいらん』と云うその言葉の意味に、アミは憤慨に近いものを感じていた。
「特異点は、特異能を持っているから強いのでは無い」
ジュウベエは闘いの最中にある三人へ指を差し、今の現状を見ろと云わんばかりに促す。
振り向いたアミの瞳に映る、その現状。
「あっ!」
「姉様、ユキが!」
ミオにもその現状が分かったのか、驚きの声を上げる。
「特異点は身体操作能力は素より、思考能力さえ人を超える」
その闘いの現状。先程まで押され気味だったユキだが、今はその場から一歩も退く事無く、ウキョウとサキョウの連携攻撃を全て捌いていた。
「特異点の真の恐ろしさと強さの秘密は、あの順応能力の高さ」
ジュウベエはそう呟きながら、自虐的な溜め息をついた。それはまるで、自分には成し得ないものを持っている者への、憧れと嫉妬の念でもあるかの様に。
「どんな相手からもその力を学び取り、自分の力に代え攻略法を打ち立てる。特異点とは正に、生まれながらの闘いの天才なのだ」
常人には目視も困難な程の、ウキョウとサキョウの凄まじい迄の速さの連撃を、まるで全て予測しているかの如く、ユキはその刀と鞘を器用に操りながら楽々と受け流し続ける。
その現状に、ルヅキも怪訝そうな焦りの表情を隠せない。
そして更に。
「くっ!」
明らかにルヅキは、狼狽えながは舌打ちする。
“――刀で受け止める事無く……避けているだと?”
今やウキョウとサキョウの連撃は、ユキが刀で受け止めるまでも無く、全てが空を切っていた。
それはまるで虚無の如き、死霊の舞踏(ダンス)
「何故だ!? 何故あの二人の刀が、悉く空を切る?」
そんなルヅキの怒声を嘲笑うかの様に。
「残念ですが、この単純なまでの力と速さにはーー」
攻撃を避け続けながら呟くユキの声が、夜の静寂に微かに響く。その刀は既に鞘に納めてある。虎視眈々と狙い澄ましているかの様に。
「もう……慣れた」
辺りの空気が変わっていく。常温から低温、更に極低温へと。
ウキョウとサキョウの二人が、同時に刀を振り翳した瞬間ーー
“神露ーー蒼天星霜”
それよりも速く、ユキの刀から煌めく音速を超えたソニックブームが闇夜を切り裂く。
“ーーっ!!”
ウキョウとサキョウの両者は、その音と冷気が複合した刃で多数に分離し、そして瞬時に凍結していき氷の塵と消えていく。
恐山の山頂。その夜空に美しき氷の粒子が、包み込む様に辺りへと降り注いでいた。
「黄泉の國へと還るんですね。此処はアナタ方の棲む世界では無いのですから……」
ユキは刀を鞘に納めながら、散り逝く者へそう送り呟く。
「綺麗……」
ミオはその光景を、呆けた様に魅入られている。その氷の粒子は、まるで夜空に煌めく篝火の様な美しさがあった。
その美しくも、無慈悲な迄に冷酷な剣。それを操り佇むその姿は紛れもなく、小さな死神の姿そのもので在る事を。
「美麗にして冷酷。流石は死神の剣と謳われし星霜剣……見事」
ジュウベエも、その一連の出来事を讃える様に呟いた。
「奴はまだまだ幼い未完の大器。何処までも、果てしなく強くなっていくだろう」
それは誰にも到達し得ない境地。即ちーー“神の領域”
「それでも……」
魅入られているミオやジュウベエを余所に、アミが口を挟む。
「ユキはユキだから……。死神なんかじゃ無い」
それはアミがユキの事を特異点では無く人として、家族として見ている想いの証しであった。
「……成る程な」
アミのその言葉の意味に、ジュウベエは一人呟く。
ユキと邂逅を果たして以来、ジュウベエがずっと感じていた違和感。それは以前の彼とは違う感じがした事を。
“人間味”
ジュウベエはその理由が、何となく分かった気がするのだった。