最後の夢の日から、僕はあの白髪少女の存在に脳が支配されていた。
…いやもしかすると少女じゃなくて、お姉さんなのかもしれない。
彼女はかれこれ3年近く、僕を死の淵から繋ぎ止めていた。
命の恩人への謝意と好意は、日に日に増すことを知らない。
僕は虚構に情を注いでいた。
転機は突然訪れた。
平凡な放課後は、特段誰とも何も用はない。
だから一路、住まいに向かおうとした。
なのに校門を出ると、何故か僕は声を掛けられた。
「あなた…、優燈くん…?」
その声はやけに聞き覚えがあった。
本当に親の声より聞いた音だった。
そして、眼前の光景に僕は思わず目を見開いた。
…いる。あの子がいる。
僕を呼んだその子は、髪を白く伸ばして、あどけない幼さの残る美人だった。
見覚えは十二分にあった。
…あの白髪少女なのか。
この情景は、3年に渡る僕の夢を、現実として完全に写実していた。
だが僕の夢での白髪少女より、一回り小さく、顔立ちも夢の中より幾分か幼かった。
…理解出来ない、意味が分からない。
無理もない。
彼女と出会った過去は、夢を除いて|何処《どこ》にもない。
彼女の制服は付近の女子高のもので、僕とは縁も|所縁《ゆかり》もありゃしなかった。
だからまずは話を聞く他ない。
「…あなたは誰ですか。どうして僕をご存知で」
「あなた、私を知っていたりする?」
初対面の女子高生に、過去に何度も夢の中であなたと出会いました!は気色が悪くて吐き気が生じる。
だから質問を質問で返してみた。
「逆に僕の名前はいつ知ったんですか?」
「質問には答えてよ」
「|生憎《あいにく》、馬鹿げている回答しか持ち合わせてないです」
「…私も似たようなもんよ」
「……、
…ゆ、夢で、あなたと会いました」
「本当に?」
「逆にどこで知ればいいんですか」
「その返し好きね…。ま、その通りね」
夢の中での語り口調は消えていた。
…別人なのか。
彼女は続けた。
「私もあなたと同じ、夢で知ったの。
何度も夢で優燈くんに会うように諭されたわ。
あなたと会うことが私を救うんだってさ。
流石に夢のホラに呆れたわ。
でも夢の中で語られた学校は実在していて、
あなたもこの世に存在した。
だから今も実は驚愕しているの。」
「僕もそんな感じです。
あなたも僕と夢で出会ったのですか?」
「いいえ。神の声みたいなのに囁かれて終了。
お陰で睡眠不足もいいところよ。」
僕は|端《はた》から見てもかなり変な言動をしているが、彼女も相当変な事を口にしていた。
「私はこれを、偶然の一言で片付けちゃいけない気がするの」
「同意見でしかないです」
「だから|一先《ひとま》ずは、連絡先交換しましょ。
互いに今朝みた夢を連絡し合うの。
だって何か悪い予兆かもしれないから」
「分かりました。
…そういえば、お名前伺っていませんでした。」
「私?」
そりゃそうだ。例えば他に誰がいる。
すると彼女は|何故《なぜ》だか後ろを向く。
そしてこちらへ振り向く。
「|金咲唯花《かなさきゆいか》、
|華蘭女学園《がらんじょがくえん》高校の2年生よ。」
歳上だった。
この幼い顔つきが、先の自己紹介を偽だと言い張ってやまない。
こりゃ家は相当裕福、つまり勝ち組なんだろう。
加えて才女の美人ときたら、世の女子の大半は、彼女に楯突くことができないだろう。
「改めて、僕は永田優燈、高1です」
「耳が腐るほど聞いたわ」
「是非とも腐らせないだけの耐久をつけて下さい」
「…あなた、なんか独特な感性を持ってるわね」
「嫌なら止めますけど…」
「私は人の個性を潰す|下衆《ゲス》な女じゃないわ」
「なら安心です。僕の専売特許なんで」
僕は金咲さんにさよならを告げて、もう一度帰路を辿る。
ふと我にかえってみると、今日の不可解現象の理解に、やっぱり苦しむ。
…彼女は僕の夢が造り出したもので、それが虚像として現れただけなのかもしれない。
…|若《も》しくは僕の自覚が無いだけで、まるでせん妄のような、夢と現実の狭間に侵入しているのかもしれない。
様々な憶測が脳内をいったりきたりするが、模範解答には遠く及ばない。
一ついえることがあるとしたら、今日僕が出会ったのは、夢の中の金咲さんでは無かった。
…初めて女子と連絡先交換した
グループラインには一応入っているが、女子とダイレクトに繋いだ試しはない。
校外で、しかも先輩だとすれば、尚更だ。
しかし感動は興奮を上回った。
…長年僕に付き添いながらも振り向かなかった少女が、やっと僕に振り向いてくれた。
織姫と彦星のようなこのロマンチックは、二次元という架空の権化ではあり得ないし、三次元ともワケが違う。
夢という現実から浮遊した、四次元空間だったから果たせた節がある。
4月28日。
確かに夢の彼女が話した通り、僕はこの世で現実の彼女と出会えた。
でも僕の夢にどうして彼女は現れたのか。
やっぱり分からない。分かれない。