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俺には特別なんてない。生真面目で短気、すぐ眉間にシワを寄せて怒鳴る俺は、周りから“怖いやつ”と呼ばれている。口調も荒っぽく、舌打ちが癖になっているから、余計に距離を置かれる。別に嫌われても構わないと思っていた。友人も一人だけ。席が近いからなんとなく話すだけで、ヘラヘラ笑っているそいつに本音を言ったところで、軽く受け流される。
そんな俺の世界に、あいつは突然踏み込んできた。
彼女は、いつも笑顔だ。明るくて、素直で、誰とでも話す。人が自然と集まってくる、太陽みたいな人間。俺とは正反対で、正直うるさいと思っていた。
けど、校舎裏の花壇で一人、花でも眺めているのを見かけて、少し意外だった。陽キャの真似事かと思ったが、妙に真剣な横顔だった。
花が好きなんだろう。そう思っていた。
修学旅行のキャンプ。虫が苦手な女子が大半だった。すぐに悲鳴、悲鳴、悲鳴。彼女もどうせその内の一人だろうと思っていた。班ごとに木を拾いに行った時、彼女と共に行動をした。すると、林で突然響いた悲鳴。
「虫だぁぁぁ!」
やっぱりか、と呆れた。すぐに大げさに悲鳴を上げ、泣きわめく女子が面倒で仕方がなかった。嫌なら、気にしなければいいのに。そんな俺の耳に、続いた声は予想外だった。
「可愛いぃ!羽、綺麗!」
俺は思わず木を落とした。悲鳴じゃなかった。歓声だった。
「……平気なのか?」
「うん!全然平気!」
いや、平気どころじゃない。むしろ目を輝かせて、虫に興奮してる。手に取り、数センチの距離で眺めている。コイツは、変だと思った。
それから、学校の日々。花壇の前にいる彼女前ならそのままスルーするが近づいてみると、違うものを見ていた。俺に気づき彼女は笑いながら
「見て、ミミズ!」
そう言って誇らしげに差し出してくる笑顔。コイツは花など見ていなかった土、花にいる虫を見ていた。
俺が「平気」と答えると、彼女はさらに嬉しそうに虫の話をするようになった。ミミズ、ダンゴムシ、蝶の羽の模様。興味のない俺にとっては全部どうでもいい知識だった。頷くだけで、話しかけることはない。それでも彼女は話し続ける。最初、反応に困ったが。嫌ではない。彼女の話す声を聞くのは、なぜか悪くなかった。
今になっては、元からいた友人も一緒に話している。
なぜ、俺に話すのか聞いた。彼女には友達ご大勢いるはずだ。話しかければすぐさま楽しめるだろう。ただぶっきらぼうな俺に話す意味がない。ほとんどスルーされているようなものだし。
それでも彼女は
『嫌がらず聞いてくれて嬉しい』
そう言った。
周りに虫の話ができる相手はいないらしい。確かに女子は大抵嫌がる。同じ男は虫の話をする女子を気持ち悪がる。
だから、俺に話してくれる。それが、ちょっとだけ特別なことみたいで、胸の奥が温かくなる。
『いつもありがとう』
そう言った。それは、虫に向ける笑顔、人と話す笑顔とも違う。目を細め、頬を少し上げた。優しい笑顔だった。
『別に』
俺はそう答えた。
あの顔を見た瞬間、俺は心臓を鷲掴みにされた気がした。
廊下ですれ違えば「おはよ!」と笑ってくれる。授業が終われば「今日ね、蝶の幼虫見つけたんだよ」と声をかけてくれる。俺が返すのはぶっきらぼうな相槌ばかりなのに、彼女は気にせず笑って話す。その笑顔を見るたびに、俺の中で何かが少しずつ変わっていった。
笑顔なコイツ。
怒り顔な俺。
虫が大好き。
興味がない。
正反対なはずの俺たち。
でも、気づけば、彼女が俺の日常の“特別”になり始めていた。
今日もあいつは元気に話しかけてくる。