「そろそろ行くか」
「はい。ごちそうさまです」
失恋(仮)をしてしまったけれど、一応、これからに期待できそうな失恋と言える。
でも六条さんは三年も上村さんを引きずっている。
その想いが完全に風化して〝次〟へ行こうと思えるまでは、まだ時間がかかるだろう。
(待つつもりではいるけど、未来の事は分からないしな……)
自分の事をモテるタイプとは言わないけれど、今まで彼氏がいなかった訳じゃないし、もしかしたら私を好きだと言う奇特な人が現れるかもしれない。
六条さんへの想いは本気だし、彼と恋人になりたいと願っている。
でも一途な彼を振り向かせられる自信はないし、想ってばかりで疲弊するうちに、二十代の貴重な時間を費やしてしまうのは勿体ない。
今の私にとって、最も大切なのは仕事で結果を出す事であり、恋愛ではない。
でも安定した人生を歩むために、いい相手と出会って結婚したいという野心はある。
高給稼ぎのイケメンなんて望まないけれど、可能な限り性格が良く、家事や子育てを人任せにしない人と結婚したい。
私よりずっと恋愛経験豊富な友人は、『婚活は早いうちに始めたほうがいい』と言っている。
待つか、進むか。
どちらが正しいか分からないけれど、いずれ自分で決めなければならない。
理想の男性が目の前にいたとしても、彼が必ず私を想ってくれる保証はない。
それに六条さんのスペックなら、幾つになっても結婚したいと思う女性がいるだろう。
けれど私はエリート男性ではないし、独立してガンガン稼いでいけるほど能力がある訳じゃない。
悔しい事に私みたいな一般女性は、必死に働く傍ら、必死に婚活しないと人生が詰む可能性がある。
大企業に入ったからって、安心はできないのだ。
(難しいな。恋をするのって)
学生時代は将来の事なんて考えず、ただ目の前の事に一喜一憂していた。
今はもう、そんな刹那を生きる心の力はない。
働いて、疲れとストレスを癒すために飲んで、給料が出たら好きな事をして、周りに嫉妬しながら悪態をついて仕事を頑張る。
みんな似たようなものだと思うけれど、私は人一倍不器用な気がする。
(でも……、なるようにしかならないか)
今思っている事を六条さんに打ち明けたら、「もっと肩の力を抜けよ」って笑われるだろう。
(とりあえず、私が選ぶ側に回れるよう、いい女になれるよう努力しよ!)
上村さんみたいになりたいとは言わないけれど、綺麗な彼女は裏で相応の努力をしているはずだ。
それをなかった事にして、彼女に嫉妬するのは性格ブスのする事だ。
「がんばろ」
六条さんは呟いた私をチラッと見て、微笑んだ。
**
「はー! 食べた、食べた!」
私――、上村朱里は大盛りキノコクリームパスタを食べ終え、満足してお腹をさする。
「そんだけ食べても、夕方になったら『お腹空いた!』って言うんでしょ? 燃費の悪い体だよね」
恵はスマホを弄りながら言う。
「いつでも食の喜びを味わえる、美味しんボディと呼んでくれたまえ」
私はさり気なく周囲を見回して返事をした。
総務部の人たちに色々言われていた直後は、社食に来るのが何となく憂鬱で、町田さんにお弁当を作ってもらって別の場所で食べていた。
恵もそれに付き合ってくれ、一時は『こういうのもいいね』と言っていたけれど、やっぱりカフェ気分でみんなのいる所で食べると気分がいい。
あの時は、副社長秘書になったばかりで他の人からも注目を浴びていたけれど、今はみんな慣れたようで〝普通〟に戻っている。
「ねぇ、思ったんだけど、朱里って前に『六条さんにからかわれた』ってふて腐れてたよね? あれって何だったの?」
「あー、そんな事もあったね。いや、あの人いつもの感じで『付き合わない?』ってしつこかったから、さすがにムッとしたんだけど……」
「SO・RE・DA」
恵は目を見開き、スマホを置くと両手の人差し指で私を示して言う。
「SO・RE・KA……」
私は今になって「うわああああ……!」となり、頭を抱える。
コメント
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六条さんは朱里ちゃんに「振られた」…と思っていたけれど💔 朱里ちゃんは交際を迫られたのだとは気付かず、彼にからかわれていると思っていた(゚д゚)!! 六条さんは一途な人なだけに ちょっと気の毒だけど…😢 やはりこの二人は、運命の赤い糸では繋がっていなかったのだと思います🤔 いつか吹っ切れて、六条さんも新しい出遭いを見つけて幸せになってほしいです🎀💝