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「もんじゃ焼きか。
昔の文字焼きだよね」
その夜、高尾がそんな話をしてきた。
「文字焼き?」
「江戸時代くらいからあったよ。
生地を鉄板に落として文字を焼きながら、文字の勉強したりしてたんだ。
結構最近までは、今のと違って、甘い焼き菓子だったよ」
すみません。
あなた方の結構最近、がいつなのか、よくわかりません。
そして、高尾さん、自分は意外に若いとおっしゃってましたが、化け狐の若いは何百歳のことなんですが。
まあ、江戸後期なら、そんなに年でもないかと思ったとき、いやいや、と高尾が笑って言ってきた。
「って、年寄り狐から聞いたんだよ」
……何処まで本当なんだろうな、この人の話。
まあ、キツネだからな、と思ったとき、倫太郎が売り場にあるストーブの方を見ているのに気がついた。
「……もしや社長。
焼きたいのですか?」
文字焼きをストーブでやってみたいようだ。
うーん。
どうやってやるんだろうな、と壱花はスマホで調べようとしたが、この空間は電波がつながったりつながらなかったりする。
今はつながらないようだった。
「小麦粉を水で溶いて焼けばいいだけみたいだったよ」
と高尾が教えてくれる。
「黒蜜を混ぜたり、入れ物状に焼いて、中に黒蜜を入れたりして、甘くしたり。
形もいろいろ。
でも、小麦粉って、此処あったかな?」
高尾はあの上新粉などがある店の隅を窺っていた。
「ないのなら、スーパーに行って買ってきましょうか?」
と壱花は言って、
「化け化けちゃん、一回、外出て、戻ってこられるの?」
と訊かれる。
そうだ。
普段、此処に来るのはおばあさんに店長代理と認められたから、自動的に転移してやって来てるんで。
社長みたいに自力で来られるかはまだわからないのだ。
出たら明日の夜まで戻ってこられないかもしれない。
「化け化けちゃん、今日、疲れてないし」
迷い込めないでしょ? と言われる。
「……いや、突然、遠方まで行って大変だったんですよ?
帰ってから、通常業務がいっぱい残ってたんで、慌ててやったし」
倫太郎たちがタクシーでアパートに寄ってくれたので、大量の買い物をアパートに押し込めてから急いで戻ったのだ。
だがまあ、思いもかけずに大阪を満喫できて楽しかったので、そんなに疲れてはいないのかもしれないが。
そういえば、職場に戻ったとき、木村に、
「なにかみなさん、いい匂いがしますね」
と笑われてしまったのだが。
たぶん、髪や服に染み付いたソースの匂いのせいだろう。
そこで、いつの間にかストーブの側に移動としていた倫太郎が振り返り、
「それは俺に小麦粉を買ってこいと言うことか」
と言う。
そう言われたら、まるで社長を使いっ走りにしているようだが。
いやいや。
あなたがやりたそうだったからですよね。
って、私もちょっとやってみたいですが、と壱花が思っていると、高尾が立ち上がった。
「あ、じゃあ、僕買って来てあげるよ」
だが、倫太郎が、待て、と言う。
「お前一回出て行ったら、戻ってこなさそうなんだが」
「そんなことはないよ。
大抵の場合は戻ってくるよ」
と高尾は笑うが、確かに気まぐれなところがあるので、小麦粉持ったまま、美女にでも声をかけられれば、そのままついて行ってしまいそうだ。
「俺が行ってくる。
小麦粉と黒蜜だな?」
と倫太郎が言った。
「ボウルとお玉と菜箸とお皿もいるんじゃないですか?
あ、あれば、フライ返しも」
それくらいは奥にあるかもしれないなとは思ったのだが。
二十年近く此処にいても、そんなものは探したこともないらしい倫太郎は、よくわからないので買ってくる、と言った。
「ついていきましょうか?」
と壱花は立ち上がったが、
「いや、そいつをひとりにするな。
気に入った女の客が来たら、商品タダでごっそりやりかねんっ」
と高尾のことを言いながら、急いで倫太郎は出て行った。
「……よほどやりたかったんですね」
仕事でもそうだが、探究心旺盛な人だ、と思いながら、壱花は倫太郎が消えた暗闇を見る。