引き続き、ドワーフのドルマンだ。お嬢ちゃんが差し出してきた古びた剣の柄を握った瞬間、俺はそれに使われている素材を瞬時に理解してしまった。
その名は『マナメタル』、この世で『オリハルコン』より稀少な鉱物だ。『マナメタル』とは、世界に満ちているマナ、つまり魔力が永い年月を経て結晶化した鉱物。非常に軽量でありながら『オリハルコン』以外のあらゆる鉱物より硬く、そしてしなやかさも兼ね揃えている。
なにより最大の特徴は、『マナメタル』に魔力を流すと、通された魔力が数百倍にまで増幅されると言うものだ。
例えば『マナメタル』で作られた杖を使えば、それが低威力の魔法であろうと桁外れの威力になるのだ。
硬度こそ『オリハルコン』に劣るが、魔法を生業とする種族にとってはなによりも手に入れたい鉱物なのだ。
ワシも駆け出しの頃に里で後学のためにと『マナメタル』の現物を見たことがある。それはとても小さな欠片だったが、一目で魅了されたものだ。
伝説では、勇者が『マナメタル』の鎧を身に付けていたとされているが……。
「お嬢ちゃん、これを一体どこで……?」
ワシは震える声で尋ねた。
「ちょっと寄り道をした時に、手に入れました。正確にはそこに住んでいて、そして非業の死を遂げた英雄の遺品です」
「まさかそれは!?ゆう……」
ワシが勇者と口にしようとすると、お嬢ちゃんに手で制された。
「その名は内密にお願いします。ドルマンさんなら、それが何を意味しているのかちゃんと理解できるはず」
……確かにな。勇者の遺品なんてものが知れ渡ったら、ロクな事にならんのは目に見えている。なによりあの狂信者共が、『聖光教会』が黙っているとは思えん。
「迂闊だった、詳しくは聞くまい。それで、お嬢ちゃんはこれをどうしたいのだ?」
「可能ならば修復をお願いします。是非とも使ってみたいので」
「それはまた豪気なものだな。見たところ、今となっては失われた技術が使われておる。完全に修復できるかは分からんぞ」
それに、嵌め込まれている魔石は永い年月で完全に失われておる。お嬢ちゃんの魔法剣を参考にしながら、出来るだけ修復してみたいが……いや、それよりも古の技術で作られたコイツを徹底的に解析してみたいっ!
「その辺りは任せます。ただ風化させるのは忍びないのです。それそのものを復元してくれたら嬉しいのですが、無理でも技術を解析すれば私の魔法剣に活かせるでしょう?」
「それはもちろんだ。なにより、コイツに使われている『マナメタル』を上手く使えば、お嬢ちゃんはより強力な魔法を使えるようになるだろう」
それは間違いない。なにより、ワイトキングの旦那が言うにはお嬢ちゃんと勇者の力は全く同じ。つまり、コイツを解析すれば完璧な魔法剣を作り出すことも出来る。
「それは楽しみです。今後は面倒事も更に増えると思いますから、より強い力は大歓迎ですよ」
「だろうな、任せておけ。ただし、他にも色々立て込んでおる。こればかりに集中は出来ないからな、時間を貰うぞ」
出来るなら寝食を忘れて没頭したいものだ。しかし、残念ながらそれは出来ん。
戦車の解析はもちろん、『ライデン社』から新たに提供された新兵器の設計図を調査研究して実現せねばならん。それに、町の建設もある。多忙だな。
「人手が足らん。お嬢ちゃん、更に里から呼び寄せて良いか?」
こんな恵まれた環境、ドワーフならば断ることはないが、人件費なんかはお嬢ちゃんが持ってるからな。許可は取らんといかん。
「許可します。この一年は内政に力を注ぐと決意しましたから、こちらから攻勢に出ることはありません。新兵器開発、魔法剣の解析、町の建設。ドワーフの皆さんにはより一層の働きを期待していますので、人員が必要ならば存分に増やしてください。歓迎します」
お嬢ちゃんは目的のための手段については、かなり太っ腹だ。
決して安くはない維持費や人件費、開発費を交易で稼いで、それを溜め込まずにどんどん投資する。
結果金回りが良くなって、更に利益が延びるし組織は強くなる。
「そこまで言われたら、期待に応えないとドワーフの名が廃るな。魔法剣を含めて一年以内にお嬢ちゃんを満足させる結果を出す」
「期待していますよ、ドルマンさん」
生とは分からんな。異端と言われて里から飛び出したワシが、こんなに充実した日々を送っている。
あの日会った、人間の少女によってな。こんなこと、誰が予想しようか。
「あっ、ちなみに明日持ち主の簡単な葬儀を行って遺体は『大樹』の傍に埋葬しますので、参加してくださいね」
「なぬぅ!?」
……うん、流石のワシでも予想外のことはたくさんある。特に、お嬢ちゃんに関しては。
なにがどうなれば、勇者の遺体を『大樹』に埋葬するなんて話になるんだ……。
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。ドルマンさんに勇者の魔法剣を預けた私は、マスターにも事の次第を報告するためにダンジョンへ向かっていました。その道すがら、セレスティンと出会いました。
「お嬢様、お帰りなさいませ。本来ならば、真っ先にお迎えに向かわねばならぬ身でありながら、ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます」
恭しく礼をするセレスティン。
「構いません、セレスティン。私の出迎えなんかより、政務を優先してください」
「はっ」
セレスティンは頭を上げると、私と一緒に歩き始めました。
「進捗は?」
「はっ、町の建設は順調に進んでございます。川の引き込みにも成功しましたので、生活用水には困らないかと」
「住居は?」
「ご指示通り、最優先に建設しております。お嬢様の申されたコンクリートなるものによって、効率は飛躍的に向上してございます」
『帝国の未来』にあったコンクリート。人工的に岩を生み出すようなものです。作り方は、水と石灰と火山岩を混ぜるのみ。
余りにも簡単で、最初は半信半疑でしたがいざ完成してみるとその汎用性の高さに驚いたものです。
今では農園内部にある建造物はコンクリートのブロックを組み立てただけ。岩を持ってくるより簡単なんですよね、これ。
なにせ現地で作り上げて、それを組み上げるだけで家になるんです。最初は大変でしたが、熟練度が上がって建設速度は飛躍的に上がりました。
「住人はどの程度になりましたか?」
「十六番街からの難民を受け入れておりますので、間も無く千人を越えるかと。これらはを適性に応じて振り分けております」
「ありがとうございます。住居が出来たら次は商業ですね。働きにはしっかり給金を払って、それで買い物をして貰いましょう」
うん、町の建設も順調ですね。
「そこで、お嬢様にご提案なのでございますが」
いつになく真剣な顔をしたセレスティン。何を言われるかと内心ドキドキしたのは、内緒です。