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もう既におわかりだろうが、私『明智栞』は『神楽井道真』先輩がめっちゃ好きだ。
入社式の日からなので、もうかれこれ二年以上の『恋』となる。なのに何故告白もせずにずっと片想いをしていたかというと、全ては私の拗れに拗れた性癖のせいだった。
——アレはそう、中学生くらいの頃。本を読んでいる時に『自分は激重執愛者が好きだ』と、天啓でも落ちてきたかの様にハッと気が付いた。直様憧れの『監禁婚』に対応出来る様、ほぼ使い道なくずっと貯蓄してきたお年玉やお小遣いを元手に、祖父からアドバイスを貰いながら投資を始めた。将来的に『お前を誰にも見せたくない』と言ってもらえる流れになっても在宅勤務が出来る様な仕事に就けるスキルに目を付け始めたのもこの頃だ。
(収入の問題で監禁生活が早々に破綻したら勿体無いからね!)
何もせずに相手を頼るだけなんて絶対に駄目だ!の精神で、既に私の貯蓄は一般的な生涯年収を優に超えている。私を隠れ投資家として厳しく鍛え上げてくれた祖父には今でも感謝しかない。
通学路などで『一目惚れからのストーカー』に惚れてもらえないかと見目を磨き、ハッキリ言うが、親譲李のおかげも加算されてスタイルには結構自信がある。『常連だったお店の店員さんが実はヤンデレさんでした』を期待して、利用する店は徹底的に絞ったりもした。
近寄りがたい高嶺の花にはならぬ様、男性に媚び過ぎて同性に嫌われたりもしない様、人当たりの良い『良妻』っぽい女性を目指したおかげで家事も料理も栄養管理技術(資格だってあるよ!)も完璧だ。室内でも出来る運動も多種多様にマスターしているので『外出禁止タイプのヤンデレさん』が相手であろうが健康的に監禁されてあげられる自信がある。一緒に長生きして、先に彼が死んだら後を即追って、同じお墓に入れて貰うのが人生最後の目標だ(相手の名前は空欄だけど、遺書はもう書いた)。
『付き合った彼氏がヤンデレに豹変』を願って、告白してくれた相手とは必ずお付き合いしたのだが、全員から、一週間も持たずに振られてしまったのは今までは残念でならなかった。
(『求める愛情が重過ぎる』って、何?『監視アプリ入れるから終始見張ってて』とか、『盗聴や隠し撮りもしてくれてもいい』とか『部屋に監禁して、人生の全てを管理してくれてもいいんだよ!』って言っただけなのに)
まぁ、そのおかげで清い身のまま神楽井先輩に出逢えた事を考えると、早々にフッてくれた元彼達には感謝しかないが。
願望の為ならば自己努力は惜しまないが、相手には多くを求めていないつもりなのに、二十二歳になるまで私を捕まえてくれる『運命の人』には出逢えなかった。欲を言えば、性欲は旺盛な方が嬉しいからまぁそこそこ若くはあって欲しいが、愛情深いならば容姿なんかどうでもいい。だって、見た目なんて後からどうとでもなるからだ。浮気だけは絶対に容認しないけど、交際しているのならそんなのは当たり前のはずだし。人道から外れていないのならどんな仕事であろうが構わず、収入だって気にしない。だって私が養えば良いだけの話だから。——んな感じで、私が相手に望む条件はかなり緩いと思うんだが、世間は規律を守る人の方が圧倒的に多いらしい。
監禁やストーカーの様な、私が相手じゃなかったら犯罪にしかならない行為に手を出してまで一人の相手を乞う程に誰かを愛してしまえる人なんか、現実にはいないのかもしれない。
就職が決まった頃にはもうそんなふうに考える様になった。そんなタイミングで出逢ったのが神楽井先輩だ。国内でもトップクラスの技術を持つシステムエンジニアで、二年前まではあちこちから高収入での引き抜き話がめちゃくちゃきていたらしい。『転職は考えていない』とハッキリ線を引いてからは前より少し落ち着いているそうだ。独学で学んだらしい映像編集技術も相当の腕前で、我が社にいる本職の人がたまに泣いている。デザインセンスも高いらしいから今度はうちの部署の人も『こちとら本職なのに負けるかも』と半泣きになりながら仕事をする羽目になるかもしれない。
そんなに凄い先輩なのだが、社内での、仕事以外の評価はイマイチ低い。
仕事以外での会話はほぼ無く、歳の離れた幼馴染である社長とくらいしか無駄な雑談はしない。内勤職なのにガタイが良く、高い身長のせいで威圧感があるし、サイズの問題で毎度海外から取り寄せているらしいオーバーサイズのパーカーのみを着回していて、室内であろうがずっと大きなフードを被っている。前髪が長くって常にメカクレ状態だし、外に出る時は絶対にサングラスをかけているから『ちょっと犯罪者っぽい』と他の社員達には言われる始末だ。
だけど私は知っている。
素晴らしきガタイの良さは二年間続けた筋トレの成果だし、フードやサングラスを掛ける事を習慣化しているのは目の色素が極度に薄くって日光が苦手なだけだろう。対人スキルが低いのは、実は見目がいいからじゃないかと思っている(二年間観察していたから素顔はバッチリ確認済みだ)。容姿に優れているというだけで発生するトラブルもあるだろうから、苦労と苦悩の結果じゃないだろうか。……真実は知らんけども。
——そんな神楽井先輩は、今日もいつもの席でお仕事中だ。我が社は基本的には決まった席は無い。支給されているノートパソコンさえ使えば、その日の気分で、好きな席で仕事をしてもいい。勤続年数次第では在宅勤務も許される。だけど神楽井先輩だけはハイスペックな自作PCを使っている関係で席は固定だ。そして私はこの二年間ずっと先輩の席をじっくり観察出来る席にのみ座っている。そりゃもう毎日欠かさず。その為だけに早朝出勤していた時期だってあったくらいだ。
(今では何時に出勤しても、皆さんが生ぬるい瞳のまま、観察特等席を開けてくれているんだよねぇ)
私が神楽井先輩を好きなのは、ぶっちゃけ周知の事実である。知らないのは御本人だけなんじゃないだろうか。今も私が少し顔を上げただけでビクッと肩を震わせている。『後悔しているとかじゃないといいな』と心配になるくらいに。『脅している』という状態である事への後ろめたさもあるのだろう。私的にはちっとも『脅されている』などとは受け止めていないのだが、こればかりは神楽井先輩のお気持ち次第なのでどうにも出来ないのが残念だ。
(そうだ!確か、鞄の中に入れっぱなしだった本の付録に——)
ちょっといい事を思い付き、仕事用の鞄の中からデザインの資料用として買った結婚情報誌を取り出した。そしてその中から、役所では手に入らない配色の『婚姻届』を抜き取った。淡いピンク色をしていてとても可愛らしい。
(コレに自分の欄だけ埋めて渡せば、神楽井先輩も安心してくれるんじゃ?)
監視用のアプリをインストールした状態の画面の写真も添付とかしたら、もっと効果的かもしれない。証人の欄はちょっとすぐにはどうにも出来ないけど、その辺は先輩と話し合って埋めればいいし。
「……ふふふっ♡」
ヤバイ。めっちゃ顔がニヤけてしまう。こんな腑抜けた表情を職場で晒す訳にいかず、開いた雑誌で顔を隠す。『喜んでもらえたら嬉しいなぁ』なんて幸せな気持ちでいっぱい過ぎて、『結婚情報誌』なんかを嬉しそうに見ている風になっている私の事を、怖い目でじっと見ている神楽井先輩の重たい視線にはちっとも気が付いてはいなかった。