テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#すちみこ
たむ
34
15,583
❄️
62
朝。
空は少し曇っていた。
外階段に座ったまま、なつは目を開ける。
ほとんど寝ていない。
隣を見る。
ゆうは、壁に寄りかかって眠っていた。
静かな寝息。
数年前には見られなかった顔。
少しだけ、幼く見える。
なつは小さく息を吐く。
「……変わってないな」
ぽつり。
その声で、ゆうが目を覚ます。
「……うるせえ」
かすれた声。
ゆうは目をこする。
少し沈黙。
それから言う。
「まだいるのかよ」
なつは肩をすくめる。
「隣にいるって言っただろ」
ゆうは顔をしかめる。
でも追い払わない。
風が吹く。
朝の空気。
しばらくして、なつが言う。
「家、来るか」
ゆうの体がわずかに固まる。
あの家。
シェアハウス。
笑ってるやつら。
守られてるやつら。
そこに自分が入る。
「……居場所ぶっ壊すかもよ」
ゆうが低く言う。
なつは迷わない。
「それでもいい」
ゆうは目を細める。
「なんで」
なつは少し考える。
それから言う。
「壊れたやつが、立ち直る場所だから」
前に言った言葉。
でも今は、もっと重い。
「お前も例外じゃない」
ゆうは視線を落とす。
拳が少し震える。
「……いるま」
名前を出す。
「俺のこと、どう思ってんだ」
なつは正直に言う。
「警戒してる」
即答。
ゆうは苦く笑う。
「だよな」
でも。
なつは続ける。
「でも逃げなかった」
その言葉に、ゆうの眉が動く。
「お前の前に立った」
守られてるだけじゃない。
向き合った。
ゆうは、しばらく黙る。
それからゆっくり立ち上がる。
階段を降りる。
数歩歩く。
止まる。
振り返る。
「……一回だけ」
小さく言う。
「行くだけな」
なつが、少しだけ笑う。
「十分だ」
―――
その頃。
シェアハウス。
リビング。
いるまは落ち着かない。
何度も時計を見る。
こさめが横から見る。
「まだ帰ってこない?」
「うん」
いるまの声は小さい。
らんがソファに寝転びながら言う。
「大丈夫だろ」
すちも頷く。
「なつなら」
みことが静かに言う。
「でも、いるまは心配だよね」
いるまは小さく頷く。
その時。
玄関のドアが開く音。
全員が見る。
なつが入ってくる。
そして――
後ろに、ゆう。
空気が止まる。
誰もすぐに声を出さない。
ゆうは、家の中を見る。
笑い声の残る空気。
温かい場所。
少しだけ眉をしかめる。
そして。
いるまと目が合う。
沈黙。
数秒。
ゆうが言う。
「……来ただけだから」
言い訳みたいに。
いるまは、少しだけ息を吸う。
それから言う。
「うん」
短く。
でも、優しく。
「いらっしゃい」
その言葉に。
ゆうの心の奥で、
またひびが入った。
壊れる音じゃない。
ほどける音だった。
夜。
シェアハウスは静かだった。
昼の空気はもうない。
みんな、それぞれの部屋に戻っていた。
ゆうは、リビングのソファに座っていた。
落ち着かない。
この家の空気。
笑ってるやつら。
普通に話してるやつら。
それが、少し苦しい。
「……居心地悪」
小さく呟く。
その時。
キッチンの方で音がした。
振り向く。
いるま。
コップに水を入れている。
少しぎこちない沈黙。
ゆうが先に言う。
「眠れないの?」
いるまは少し驚く。
「…まあ」
コップを持って振り向く。
ゆうの隣には座らない。
少し離れた椅子に座る。
距離。
必要な距離。
ゆうが言う。
「警戒してんだ」
いるまは否定しない。
「してる」
正直。
ゆうは小さく笑う。
「だよな」
少し沈黙。
時計の音だけ。
カチ、カチ。
それから、ゆうがぽつりと言う。
「俺さ」
視線を天井に向けたまま。
「お前、嫌いなんだよ」
いるまは驚かない。
「知ってる」
ゆうの眉が少し動く。
「なんで?」
いるまは少し考える。
それから言う。
「なつの隣にいるから」
ゆうの呼吸が止まる。
核心。
「俺が欲しかった場所」
ゆうの声は静かだった。
怒鳴らない。
でも、痛い。
「そこにお前がいる」
いるまは黙る。
言い返さない。
しばらくして、ゆうが言う。
「でもさ」
目を閉じる。
「今日、公園で思った」
いるまを見る。
「逃げなかったな」
ゆうの目は鋭い。
試す目。
「普通、俺みたいなの来たら逃げる」
いるまは少し笑う。
弱い笑い。
「逃げたことあるから」
ゆうが眉をひそめる。
「昔」
いるまは静かに言う。
「俺も、壊れてた」
空気が少し変わる。
ゆうは何も言わない。
聞く。
「親が」
言葉が少し止まる。
でも続ける。
「怖くて」
「家が怖くて」
「逃げた」
ゆうの目がわずかに揺れる。
「でも」
いるまは続ける。
「その時、誰もいなかった」
助けてって言えなかった。
言う相手もいなかった。
「だから」
ゆうを見る。
「“一緒にいるならいる”って言った」
救うとかじゃない。
ただ隣に。
ゆうは黙る。
長い沈黙。
それから言う。
「……ムカつくな」
でも声は弱い。
「俺と同じ顔すんな」
いるまは少しだけ笑う。
「してない」
ゆうの目を見る。
「俺は、もうここにいる」
逃げない場所がある。
ゆうは天井を見る。
胸が痛い。
羨ましい。
悔しい。
でも。
少しだけ。
安心する。
ゆうが小さく言う。
「なあ」
いるまが見る。
「こさめ」
名前を出す。
「お前のこと、めっちゃ心配してた」
いるまの目が少し丸くなる。
ゆうは肩をすくめる。
「俺、入ってきたとき」
思い出す。
あの空気。
警戒。
守る目。
「一番前に出そうだった」
いるまは小さく笑う。
「出るよ」
迷わない。
「こさめだから」
ゆうはしばらく黙る。
それから立ち上がる。
「……寝る」
歩き出す。
階段の手前で止まる。
振り向かない。
でも言う。
「少しだけ」
小さな声。
「安心した」
その言葉を残して、上に行く。
リビングに残るいるま。
静かな夜。
壊れたもの同士。
少しだけ、
距離が縮まった夜だった。
コメント
2件
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア よんでていいなっておもえるさくひんだ