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「あの泥棒はイケメンなのが運の尽きでしたね」


回転寿司に向かって、夕暮れの道を歩きながら、のどかは言った。


結局、おまわりさんのあとに八神も来てくれて、

「イケメン、いっぱい見て気がすんだ」

と呟き、風子は職場に帰っていった。


仕事の疲れ、本当に恐ろしい……と思いながら、のどかは側溝の側にたくさん生えている背の高い草を見る。


可愛らしい紫の小さな花だ。


「今まであまり目につかなかったんですけど。

春って、雑草もあちこちで綺麗な花を咲かせてるんですね」

と笑うのどかに貴弘が言った。


「それはいいが。

お前は俺と一緒に泥棒の上に乗って、本を広げてたが、呑気になにしてたんだ……?」


まだ俺の上にも乗ったことないのに、と余計な一言を付け加えてくる貴弘に、ちょっと赤くなりながらも、のどかは言った。


「ああ、抑え込むついでに、気を失わせる草とかないかな、と思って。

煎じて飲むと気を失うとか」


「……煎じるのって何分かかるんだ」

「五分から三十分くらいですかね?」


「その間に逃げるよな?」


「意外と役に立たないですね、雑草の薬効成分」

「お前の使い方が間違ってるんじゃないか?」


そんな話をしながら、新しく出来たという回転寿司屋に向かう。


「……そういえば、私があまりお金がないので、安いチェーン店にお誘いしまいたが、よかったんですかね?」


貴弘が差し入れてくれるものや、おごってくれるものは、いつも高いし、美味しいが、と思いながら訊いたが、貴弘は、


「雑草でなければなんでもいい」

と言い出す。


「いやいや、美味しいんですよ、雑草」

「だから、お前、まだ、誰でも食べたことのあるヨモギしか食ってないだろ」


「じゃあ……誰も食べたことないもの食べてみましょうか?」

「イカリソウだけはよせよ」


「大丈夫です。

羊じゃないんで」

と言ったが、実際のところ、人間にも効果がある強壮剤らしい。


糖尿にも効くそうだ。


「しかし、安いチェーン店というが、高い回転寿司ってあるか?」

と問われ、


「高いっていうか。

まあ、そこそこ高いとこありますよね。


うちの実家の近所の回転寿司なんか、レーン回ってるけど、なにも乗ってないですしね。

老舗のお寿司屋さんが回転寿司に押されて、経営が苦しくなったので、レーン設置して、回転寿司にしたんですけど。


大将が、寿司ネタが乾くのが嫌なのか、頼むまで作ってくれないんですよ」


「それ、レーン回ってる意味あるのか?」


「……夏とか風圧で涼しくならないですかね?」


「どんな勢いで回ってんだ、そのレーン」

と貴弘が言う頃、店に着いた。




「なんだかわくわくしますよね、回転寿司って」

と言いながら、のどかはカウンターでメニューを見ていた。


のどかもお醤油などは用意したのだが、お茶やなにかは、ささっと貴弘が用意してくれていた。


むむ。

お坊っちゃまのくせに、回転寿司での手際もよいとか。


なんとなく、この人がカウンターの席に腰掛けたら、すぐに巻き毛の執事が現れて、すべて整えてくれたあと、足許にひざまずいて待機している、というイメージなんだが。


その光景を想像してしまい、ひとり笑うのどかに、

「……お前はいつも楽しそうでいいな」

と貴弘が少し呆れた口調で言ってくる。


「あ、そういえば、社長。

まだ離婚届出しに行ってませんが」


華やかなデザートや果物も回るレーンを見ながらのどかが言うと、

「出す必要あるのか」

と貴弘もレーンを見たまま言ってくる。


そのとき、皿の上に突き立った可愛らしい柄の野菜ジュースが回ってきた。


「前から思ってたんですけど。

ジュースって、回ってる間にぬるくなりませんかね?」


「お腹冷えなくていいんじゃないか?」


「そうですね。

でも、弾みで結婚しただけなのに、いつまでも離婚しないで、いろいろとお世話になっているのが申し訳なくて」


「世話しているというほどのことでもない。

ちょうど店子が居なかった家を貸しただけだし。


……家賃もいいぞ。

どうせ、一万だし」


そのとき、目の前の板前のお兄さんがマイクで業務連絡を始めた。


「軍艦入りましたー。

いくら、レディース。


それと、サーモン抜きで」


「でも、一万円って、大金ですよ。

サーモン抜きって、サーモン抜くんですかね?」


「……サーモン抜いてどうすんだ」


サーモン、サビ抜きだろう、と言ったあとで、貴弘が、

「っていうか、真面目な話に、ちょいちょい、寿司ネタ挟んでくるなっ」

とキレる。


ひっ、とのどかが取り落としそうになった皿を見て、貴弘が、

「おい、その海老、サビ入りだぞ。

お前、わさび苦手だろ」

と言ってくる。


「えっ?

何故、私がわさびが苦手だと?」


「いや、お前、さっきから、サビ抜きしか取ってないだろうが」

「噂には聞いていましたが、さすがはキレ者ですね」


「……今か。

俺、確かお前と一緒に仕事したよな」


……しましたね、と思うのどかの海老をひょいと貴弘が取る。

そして、サビ抜きの海老をくれた。


いい人だ……。


「今、社長が王子様に見えました」

というと、莫迦か、と言いながらも、貴弘は少し赤くなる。


「……呑むか?

どうせ歩きだし」

と言いながら、貴弘がメニューを取る。


「あ、いいですね~」

とのどかが機嫌よくなると、


「まさか、今のでも王子に見えたとか?」

とちょっと笑って貴弘が訊いてくる。


「はい、王子様度が3上がりました」


「……さっきのは?」

「1ですかね?」


「じゃあ、今は?」

「4王子様ですね」


「じゃ、最初、ゼロじゃねえかっ」


っていうか、王子様度ってなんだっ?

と自分で訊いておいてキレ始めたが。


よく冷えた日本酒がすぐに来たので、二人とも機嫌がよくなった。


しばらく楽しく呑んだあと貴弘が、忘れていた、離婚届を何故出さないのか、の回答らしきことを言ってきた。


「俺は今、お前を観察してるんだ。

酔った俺がなにを思って、お前と婚姻届を出したのかが気になるから」

と言われ、


か、観察しないでください、とのどかは皿を手に固まる。


私、今、玉ねぎのたっぷりのったサーモンを取りましたが、これは貴方の妻としてオッケーな行為なのですか?


いや、なんのネタを取ったら、オッケーなのかもわからないし。


別にこの人の妻としてふさわしくなくてもいいような気はしているのだが――。


雑草カフェをやって生きていくと決めたことだし。


ああでも、あの家も、この人のだったか、と思って強張りながらも、お寿司とお酒は美味しくいただいた。





社長っ、離婚してくださいっ! ~あやかし雑草カフェ社員寮~

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