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腕力を検討しよう。
私は拳が届くところまで壁に近づき、一度壁に触れてその肌触りを確認する。
肌触りからして、この辺りの壁は石で出来ているようだ。石を握り潰したことを思い出し、壁の耐久力に一抹の不安を感じるが、余計なことは考えずにこの崖壁を全力で殴ってみよう。
左足を一歩前に出し、軽く腰を落とす。両拳を握り、脇を締めたまま顔の位置まで持ってくる。顎を引き、少し前かがみになる。
一度深く深呼吸をして脱力する。もう一度息を吸い、鋭く息を吐き出すと同時に右足で地面を蹴り体重を前方に移動させながら、腰にひねりを加えて右拳を前へ突き出した。
結果、再び地面はけたたましい轟音とともに爆ぜて、耳をつんざくような破裂音の後、私の前腕部が半分ほど壁に突き刺さっている。
拳や腕には特に痛みは無いが、暖かさを感じ、腕の突き刺さった壁は赤熱して湯気を立てている。この結果には流石に困惑せざるを得ない。
確かに、なるべく効率良く威力を出せる殴り方をしたし、全力で殴りもした。だからといってこの結果はないだろう。
地面が爆ぜたのはまだ理解できる。跳躍した時の結果から、私の脚力で思い切り地面を蹴りつけたらどうなるか予想がついていたからだ。だが拳の方はこんな結果になるとは思わなかった。
壁に大きくひびを入れるか、せいぜい地面を爆ぜさせたのと同じぐらいの範囲を砕くぐらいだと思っていたのだ。
恐る恐る壁から腕を抜き出してみれば、壁を殴る前と何ら変わらない腕が視界に映る。腕や手を動かし、壁に埋まっていた部分に触れて変わりがないか確認する。
手で触れた個所は熱を帯びてはいたが、特に問題は無いようだ。
一応、穴から二歩分ほど隣の場所で左腕で同じ事をしてみたが、壁に同じ状態の穴がもう一つ増えただけだった。
私は自分で作った二つの穴に近づき中を覗いてみる。未だに穴は赤熱した状態であり、中の様子がはっきりと確認できた。どちらの穴も、明らかに突き刺さった腕よりも深く、腕三本くらいは簡単に入ってしまいそうだ。
原因を考えよう。
心当たりとしては、拳を突き出した際に発生した破裂音だ。
我ながら信じがたい事だが、破裂音は拳速が音速を越えた際に生じた音なんじゃないだろうか?それも空気摩擦によって高熱が発生するほどの。
試しに、壁に穴を開けた要領で空に向け、全力で右拳を突き放ってみた。
その結果、これまで通り地面が爆ぜ、先程と同じようなけたたましい破裂音が響き渡った。
右腕からは熱を感じ、肘から拳の周りの空気が激しく揺らめいている。
右腕に熱を感じ取ることはできているが、苦痛は感じないし問題なく動かせる。右手で他の身体の部位に触れてもそれは同じだった。つくづく頑丈な身体だ。
熱が冷めないうちに右手を開いて壁に触れて軽く押してみれば、早々に赤熱化して壁に手が指一本分の太さほどまで沈んでゆく。
壁から手を放して一呼吸すると、その間に右腕を纏う空気の揺らめきは消え、熱を感じることも無くなっているため、腕の温度が下がっている事が分かる。
腕に触れてみても、跳躍した際に浴びた日の光よりも低い温度になっている。
この短時間で、すでに常温にまで冷えたとでもいうのだろうか。
つまり、壁に穴が開いたのは、私の拳が空気摩擦によって目の前の壁を溶かすほどの高熱を得ることになった。
更には地面が爆ぜるほどの勢いによって拳を突き入れることによって、壁を溶かしながら内部に押し込まれ、腕が壁に突き刺さるという結果をもたらした。
穴の深さが突き刺さった腕よりも深いのは、熱せられ壁の内側に押し込まれた壁の成分が、拳圧による勢いが止まらずさらに奥まで押し込まれたからだろう。
とはいえ、本当に空気摩擦による熱だけで、ここまで高温になったりするものなのだろうか?
先程私が開けた穴は、まだ赤熱した状態を保っているのだ。
何か別の要因もあるのかもしれない。そうでなければ、こんな短時間に腕が常温に戻ることはないだろう。
そういえば全力で跳躍した際には、身体も熱を帯びたとは感じず、音速を越えることも無かった。何か違いがあるのだろうか?
考え込んでいても仕方がない。次のことを考えよう。
今度は蹴りを放った時の威力を検証してみるとしよう。
殴ったときは足による体重移動と腰の捻りを加えたため、純粋な腕力というわけではなかったが、蹴りの方はどうだろか。
穴を開けた場所から、少し距離を置く。
壁から半歩分ほどの距離を取り、右足を肩幅まで下げ、軽く腰を落とす。
殴ったときと同様に深呼吸をして、脱力する。もう一度息を吸い、鋭く息を吐くとともに左足首、腰を順に捻らせながら、右足をしならせるようにして壁を右斜め下から左斜め上に向け、思いっきり蹴り上げた。
もはや聞きなれた破裂音と共に、目の前の壁は、私の蹴りの軌道のまま赤熱化して抉れていた。
思った通り、えぐれた深さは私の蹴りの範囲より深い。
というか、およそ十歩分の距離まで抉れている。全力とはいえ、ただの蹴りでこんな現象が起き得るのだろうか。
少し考えている間に、熱を帯びていた右足は、蹴りを放つ前の元の温度に戻っていた。
視線を先ほど拳で開けた穴に向ければ、いまだに赤熱した状態となっている二つの穴が視界に入る。
やはり私の身体が常温に戻るまでの時間が異常なまでに短い。
一応、左足でも同じ要領で蹴りを放ってみようか。
うん、同じ結果になる事が目に見えているが、まったく差異が無いとは言い切れない。
いざという時に、その差異が原因で取り返しのつかないことが起きないようにするためにも、思いついたことは何でも試してみよう。
幸い、この場所ならば周囲に大きな影響を与えることは無いだろうから。
まぁ、結果は言わずもがな、右足で作ったものが、反対向きにその隣に出来あがっている。腕も足も、左右で威力の違いはないようだ。
もの凄く今更な話だが、周囲はすでに壁の赤熱した部分と空で輝く星を除き光源が見当たらない。
私には暗視能力があるようだから、周囲の状況を鮮明に理解できるが、そうでない者にとっては真っ暗闇な状況の筈だ。
言わば真夜中、という時間帯だ。少なくとも耳をすませた時に聞こえていた、鳴き声を発していた動物達は眠っていると考えた方がいいだろう。
………本当に今更だが、そんな環境で立て続けに騒音を出していたと考えると、物凄い迷惑行為だな。
まだ見ぬ熟睡していたであろう動物達よ、本当に済まない。
今日はもう寝てしまおう。睡眠をとることが出来るか分からないが。
しかし、地面にそのまま横になるのはどうにも抵抗がある。
そもそも、私が目覚めたのは地面の感触に不快感を覚えたからだ。どうせ寝るのならば心地良く眠りたい。
尻尾を寝床代わりにしてみようとも思ったが、肌触りは良いものの、身体を預けるには鱗が固い。それに寝るのに適した体勢をとれそうもない。
私の尻尾は、せいぜいが枕代わりにできる程度だろう。
流石に私の局部を覆っている、”布のようなもの”ほどの滑らかな触り心地を期待してはいないが、それでも弾力性を持った柔らかな寝床は欲しい。
そうだ。樹木の細枝や葉を集めて寝床を簡易的に作ってみるとしよう。
それぐらいならば樹木にも大して影響はない筈だ。早速行動を起こそう。乱立する樹木群へと足を運ぶ。
枝の先端から、腕の長さほどの所を|鰭剣《きけん》で切り取りかき集めていく。
鰭剣は切れ味抜群なようで、細枝の回収が捗る。
よし、ならば明日は鰭剣の性能を検証してみよう。枝の太さは私の小指の半分ほどもなく、とても柔らかい。
そこから生えたばかりの若い樹葉もまた薄くて柔らかく、更には艶がある。これならば出来上がる寝床に期待が持てる。
両手で抱えるほど細枝や葉を集めたら、一度私が全力の跳躍によって出来たクレーターの中心部へ置きに行く。
何処を寝床にしても問題は無いが、ちょうどいい目印になっているため、この場所を選んだ。
それにしても、抱えた細枝や柔らかい樹葉が、たまに鼻の辺りをくすぐり、正直こそばゆいな。
15往復ほどしたところで、寝床にするのに十分な量が集まったと判断したため、今抱えている細枝の束で、回収は最後とする。
崖下の開けた場所に出てきたところで、何度も鼻の辺りをくすぐられ続けていたことに限界が来る。これはまずい。クシャミが出る。
「ふっ…ふぁっ…ぶぇぁああああっくしぇぁああいっ!!!んぷぇああっ!?」
何が起きた。
いや、細枝をまとめていたクレーターに向けて、盛大にクシャミをしてしまったのは分かる。
直後、盛大に顔中に土がぶちまけられ、口の中に入り込んできた。口の中のジャリジャリとした感触に不快感を覚え、何度も唾と共に砂利を吐き出す。
口の仲が落ち着いたところで、クシャミをした方向へ目を向ける。
そこには先ほどまであったクレーターは無くなっていた。
代わりに私の背よりも深い位置まで抉れた地面が、扇状に広がり、25歩分先まで続いているより巨大なクレーターが出来ていた。
さらに視線の先には、クレーターが生じる際に吹き飛ばしてしまった地面が土砂となって山のように盛り上がり積っていた。
「……えぇ……」
思わず声が出て困惑してしまう。何だこれは。