テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
気持ち悪いって言われるのわかる。人にはそれがないと知った時のショックも。それで傷つく事もたくさんあるよね。
「美味しいですね」
るりちゃんがピザを頬張り、幸せそうに笑う。
間合いって……なんだ!?
女性と親しくなるのを避けてきた俺には、じっくり間合いを詰めるなんて高等技術は持ち合わせていない。
そもそも、もう何度も一緒に食事をした。
デートもした。
お互いの家にも行った。
もう十分じゃないのか!?
ひたすらレタスを噛みながら、自問自答を繰り返す。
「サラダ、美味しいですか?」
「ん?」
「ずっと食べてるので……」
一心不乱に咀嚼し続けた結果、シェアしようと思っていたサラダの残りがわずかになってしまっている。
「ほめっ!」
ごめんと言いたいのに、口の中がレタスでいっぱいでうまく声にならない。
「ピザも美味しいですよ」
以前から思っていたが、俺はるりちゃんの食べる顔が特に好きらしい。
口をもぐもぐさせているのを見ると、なんとも、こう、心拍数が上昇すると言うか、むしろ心拍が停止しそうと言うか。
とにかく、ツボなのだ。
「凱人さん?」
とはいえ、食べてる姿をじっと見ているのは失礼だ。
「テレビでも見ようか」
ゴールデンタイムは終わってしまっているが、何か気を逸らせるのではと手元のリモコンを操作する。
「ニュースしかないかな」
CMのチャンネルを変えていき、キャスターとコメンテーターが半円のテーブルに座って映るニュースで手を止めた。
画面の左上に、『Pホテルで食中毒か!? 和食レストランの客が多数搬送される』とテロップが表示されている。
「ここ……」
るりちゃんも気が付いて、画面をじっと見る。
三十代くらいの男性レポーターが、Pホテルの前から状況を伝えている。
彼の背後に映るPホテルの正面玄関の前には三台の救急車が回転灯をつけたまま停車している。
『二時間ほど前に、地下にある和食レストランで食事をした宿泊客が腹痛を訴え、嘔吐していると一報が入りました。救急車が十五分後に到着すると、他の宿泊客も同様の症状を訴えており――』
じっと見ていたるりちゃんが立ち上がり、テレビの真ん前に座る。
「るりちゃんが感じたのは、これだったのか」
「知っていたんですか? 和食レストランが地下にあるって」
俺もるりちゃんの隣に腰を下ろす。
「うん。テレビや雑誌でも取り上げられることが多かったはず」
「そんな……」
るりちゃんが『下りないで』と言ったことと、あの夫婦が行く予定なのが地下にあるレストランなのが偶然とは思えなかった。
鉄板焼きは最上階だから、下りるとしたら食後だ。
だが、そんなことを言ったらどこもかしこも危ない。
俺は、俺の時のようにエスカレーターか階段で危険が及ぶと思っていたが、まさか食中毒とは。
だからるりちゃんはお腹を押さえていたのか……。
画面の中では三十人以上が救急搬送されたことや、宿泊客以外でこのレストランを利用した人数は把握できていないから、被害者はさらに増えるだろうとリポーターが話している。
「今日の二人、るりちゃんのお陰で助かったね」
「え?」
「るりちゃんの予感がなかったら、せっかくの食事で食中毒になっちゃうところだったんだから」
「そう……ですね」
るりちゃんが少し考え込むように無表情で俯いた。
気を悪くするようなことを言っただろうか心配になる。
「るりちゃん?」
「私……この勘のせいで、ずっと気味悪がられていたんです」と、るりちゃんが俯いたまま呟いた。
「最初は助かったって喜んでくれた友達も、何度も続くと気味が悪いって。彼氏にも振られたし」
誕生日も祝ってくれない彼氏となんて別れて正解だったと思うが、友達に関しては辛かったろう。
「兄だけです。気味悪がらずに信じてくれたのは」
「そう……」
「凱人さんは?」
「え?」
るりちゃんがゆっくりと顔を上げ、少し潤んだ瞳で俺を見上げる。
「気味悪くないですか? 私と一緒にいたら、危険なことばかりで――」
「――悪くないよ! 俺、るりちゃんに命を助けられたんだよ!? 感謝してるし、るりちゃんの勘、すごいと思う」
「本当に?」
「本当に!」
るりちゃんの瞳が大きく、まん丸に見開かれて、大粒の涙がひと雫だけ頬を伝った。
泣かせたいわけじゃない。
だから、内心ではどうしたらいいのかと焦ったが、るりちゃんはすぐに口角を上げて目を細めた。
「ありがとうございます」
好きだ、と思った。
大好きだ、と。
初めて会った時、俺に声をかけるのを躊躇ったりしなかったろうか。
声をかけるのを躊躇わなかったとしても、その後で不安になったりはしなかったろうか。
勘が当たることで気味悪がられてきたのに、寺田くんを守ろうとるりちゃんは必死に走った。
今日だって、お腹が痛くて脂汗を掻きながら、見知らぬ誰かのために必死だった。
俺を極上イケメンと言いながらも、ちゃんと人間扱いしてくれて、自社の経営者一族と親戚関係にあると知っても媚びることもない。低層マンションに住んでいても、ファミリーカーに乗っていても残念がらない。
この先、ここまで俺を、素の俺を認めてくれる女性が現れるなんて思えない。
『イケメンでお金持ちだなんて、ズルいじゃない!』
いつか女性に言われた言葉が浮かんだ。
忘れたいのに、こうして突然思い出しては、また忘れられなくなる。
「るりちゃん……」
彼女はそんなことは言わない。
きっと、俺が新品の靴で犬の糞を踏んでも、残念がったりしない。
いや、しないだろうか。
さすがに犬の糞は……。