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カドリにはどうやら魔力を声に乗せて、聞かせた相手を扇動する能力があるようだ。
(でも、それも、ほんの触りだって)
ニコルは歌いながら祭壇の上で舞うカドリを眺めて思う。
自身もまた魔物への憎悪や闘気がこみ上げてきて、今にも動き出しそうになったのだった。抗おうとしたらガツン、と頭を揺すぶられたような衝撃を覚えたので、身体には悪いのかもしれない。
ニコルは自らも槍を取って、防護柵に張り付くこととしていた。
(不思議な人)
別に問答無用で他人に言うことを聞かせることもできたのではないかと思う。
それでも一応は説明をして納得させようとしてから術を使っていた。
「あれは、何なの?」
歌と舞のことだ。ニコルはポツリと呟く。
周りの村人も兵士も高揚して魔物の襲来に備えている。
兵士は剣と盾を装備して前衛を務め、後方には村人たちが弓や投石を準備して集まるという布陣だ。
「来るなら来いっ!」
兵士長のヒールドが剣を振り回して叫ぶ。カドリの術以前にはもっと冷静な人物に見えたのだが。
午前中とは打って変わって、異様な熱気の中にある。
村の中央からはカドリの歌が聞こえてくるのだった。まるで誰かを呪ってボソボソと呟いているような声だが、なぜだか耳には届き、頭の中を侵そうとしてくる。
(歌なの?これは)
ニコルだけは背筋をゾワゾワと寒気が走るのだ。
槍を持つ手に意識を集中させて自我を保つ。
自分も頑固に抵抗しなければ、皆と同じ高揚の中に身を浸らせることが出来るのだろうか。
その方が楽な気もしてしまう。
「魔物が来たぞっ!」
右の方から誰かが叫ぶ。
カドリが戦意を高揚させたのは、この襲撃を予期していたからなのか。
(ちょうどいいけど)
こちらは戦意も集中力も十分に高められている。しかし、 どうやって頃合いを測っていたのか、ニコルには知る由もない。
(カタウサギの群れ)
ニコルは自らの前にもあらわれた、くすんだ灰色のウサギ型の魔物に槍を突き出す。
背中に岩のような甲羅を持つ、土属性の魔物だ。甲羅は防御だけではなく、丸まって体当たりをしてるくる際には、強力な武器にもなる。
集団であらわれると厄介な魔物だった。岩の弾丸による攻撃に晒されることとなる。突進の速度も速い。
柵の内側から兵士たちが飛び出していく。ニコルも打って出た。
「うおおおっ!」
兵士たちが盾や柵で攻撃を受け止め、着地したカタウサギから順に仕留めていく。
甲羅を物ともせず、難なく仕留めているように見えた。
「しっ!」
ニコルもカタウサギの甲羅を容易く自身が貫いたことに驚く。柄まで聖銀製の鋼で出来た槍であり、魔物には効果的な得物だが。
(それでもいつもは、こうはならない)
甲羅ごとなどと荒業は出来なかった。今までは、甲羅ではない腹や首といった急所を貫いていたのだ。
「故に私は黒い雲を呼ぶ」
カドリの歌が耳に侵入してくる。
敵の魔物があらわれていてもなお、カドリが歌い続けていた。
不思議と力が湧いてくるように感じられて、ニコルは更に全力の突きを連続して放つ。身体が思ったとおりに、いや、思った以上によく動く。
数十匹のカタウサギをあっという間に片付けてしまっていた。
「よおおおしっ!」
兵士長ヒールドの雄叫びに皆が呼応して武器を掲げる。
第一波を退けたのだ。
「私の黒い怒りを、恨みを、憎しみを、雨のごとく振らせて伝えてくれることを願って。少しでも誰か、何かを傷つけて、その傷痕が私の心を癒やしてくれることを祈って」
カドリの綺麗な、澄んだ歌声が響く。声音とは裏腹に、言葉は悪意に満ちた、誰かを呪っているかのようなものだが、1つ1つの音を大事にカドリが発していた。
「岩兵だっ!岩兵どもが攻めてきたぞっ!」
森の中、木々の間から茶色い岩の身体が覗く。
(ついに本命が来た)
ニコルは槍を低く構える。
全身が岩で出来た身体。武器で倒すことの難しい兵団に襲われるのだ。
ニコルにとっては、仲間の仇であった。
(仲間たちも手こずって、数に押されて、一人、また一人と死んでいった)
20名いた仲間たちの、一人一人の死に様をニコルは思い出す。
(皆、無念だった。聖女様も送り出す羽目になって、この国のために尽くしてきたのに)
どす黒い感情が心の内側からフツフツと湧き上がってくる。
「故に私は黒い雲を呼ぶ」
何か誘惑するかのようにカドリの歌が繰り返す。
「忌まわしい青空を塗りつぶして、私の色でこの世界を染め上げるため。この心を乱すものを許さないため。一切を許せない私の心がどこまでも広がりますように。私は許さない」
カドリの声が時折、拍子をつけて、節に乗せて、震えていた。
「私も許さない」
憎しみとともにニコルは呟き、剣を振りかざしていた岩兵の最初の一体に槍を突き出した。
細かい戦術など考えていない。眼の前にあらわれた憎い敵は突き殺すに限るのである。
(叩き砕いてでも自分の槍で倒す)
心に決めていたニコルであるが。
(嘘?)
ガツッ、と硬い音ともに槍が岩兵の身体を貫く。
核にも傷をつけていたのか、目前に迫っていた岩兵の身体が崩れて砂となった。
「このっ!」
先の岩兵の背後から迫っていた、また別の岩兵をニコルは槍の柄で打ち払う。
驚くことに岩兵の重たい身体が吹っ飛んだ。
ふっ飛ばした自分の方が驚いてしまう。
「うおおおおっ!」
自分だけではない。
数人がかりではあるが、兵士たちが寄ってたかって、岩兵の身体を叩いて砕く。
村人たちも大きめの石を軽々と放って援護している。
(嘘っ、どうなってるの?)
精鋭だった自分たちですら、一体一体に肉弾戦で手こずるような相手だった。
半数近くが一般人という集団が岩兵を圧倒している。
「故に私は黒い雲を呼ぶ」
またカドリの歌声が耳に染み入ってくる。
ふと、ニコルは自らの両腕を見た。薄く黒い煙のようなものが包んでいる。
(何?これ?)
驚いてニコルは辺りを見回していた。
兵士も村人たちも、凶々しい黒い煙に付き纏われている。背中か腹か、覆っている部位の違いこそあるものの。
黒い煙、カドリの歌う黒い雲を連想させた。
(カドリ殿が呼んだ黒い雲は仲間を強化し、凶化する)
視界に入る岩兵をひたすらニコルは突き、叩き砕いていく。
仲間の仇が相手なのだ。どす黒いものに身を任せてもいい、とニコルは思っていた。
(違う、おかしい。それだけじゃない)
岩で出来ているにしても、岩兵があまりに抵抗をしなさ過ぎる。大人しく殴られ続けている印象だ。
「カタウサギも弱かった」
見ると岩兵達にも黒い雲が張り付いていた。
「味方を強化して、相手を弱化させる」
ただ雨を呼ぶためだけの歌ではないようだ。
ニコルはカドリの恐ろしさを悟る。
視界にあった岩兵が全て、ただの砂煙となった。
(おわった?)
付近にいた魔物が大挙して襲ってきたというのに、あまりに呆気なく終わった。
魔物の波を全て倒しきれたのではないか。
だが、まだ早かった。
「イワガネタマムシだっ!」
言われて、ニコルは上を見る。
木々の上から憎々しげに自分たちを見下ろす赤い双眸を、ニコルは正面から受け止めるのであった。