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「目が覚めたのか? 今、ナースを呼ぶから」
私は病院のベットで横たわっていた。
夫の正志が私の顔を覗き込んで、ナースコールを押した。
「離婚してください。不倫したのだから、あなたの有責よ。親権は私が欲しいところだけど、ミライの判断に委ねようと思う」
私はゆっくりと体を起こしながら、ずっと考え続けていたことを彼に言った。
近くにあるカレンダーを見ると3月になっている。
私は1ヶ月近く昏睡状態になっていた可能性がある。
「申し訳なかったよ、杏奈。謝るから許してくれよ。ミライから父親を奪う訳にはいかないだろ」
ちっとも悪びれもせず、謝ってくる夫の態度に私は不信感を覚えた。
何かがおかしい、この1ヶ月でおそらく何か起こっている。
ミライは当然自分についてくると夫は言っていたはずなのに、私が親権を取れそうな話になっている。
ナースがやってきて、マスクをしている上にアクリル板のようなもので顔を覆っている。
緊急事態に相当するだろう、かなりの重装備だ。
ひょっとして今、感染症のようなものが流行しているのではないだろうか。
「オーバードーズで昏睡状態に陥っていたようですが、今、お名前は言えますか?」
「西園寺杏奈です」
私は名前を言いながらミランダ・ミラだった時を思い出した。
あの11年にもおよぶ時は夢だったのだろうか。
「杏奈さん、あなた自殺未遂なんてして何を考えてるの?」
義理の母が怒り顔で扉を開けて入ってくる。
散々私を下品な女と罵り見下してきた女だ。
「あなたの息子に浮気されました。私は自殺未遂をした覚えはありません。これからは絶対に風邪薬は用法要量を守って飲みたいと思います」
「離婚なんて絶対にダメよ。このような時だからこそ家族で力をあわせなければ。浮気の一つや二つ西園寺家の女ならば受け入れる器を持たないと」
浮気に対して否定することがない義母を見て、私は夫の不倫の事実は既に義母の知るところになっていることだと認識した。
そして、今、私に離婚されると困る事情があるのだ。
義母は航空会社の地上職出身でパイロットの義父とは地上訓練中に出会っている。
義父は浮気三昧で、それを受け入れている自分は器がでかいとでも思っているのだろう。
そのような家庭に育っているから、夫のような自分勝手な人間が育つのだ。
このような時とは私の体調を考慮してのことではないだろう。
彼女が私のことを気にしてくれたことは一度もない。
妊娠中でさえ、散々嫌がらせをしてきたクソババアだ。
「義母さん、私は浮気を受け入れることが器が大きいとは考えません。不貞行為を悪びれず繰り返す男親のいる家庭は不幸だと考えます。私は子供の生活環境を一番に考えたいのです。私のことを下品とおっしゃいましたが、あなたの息子は会社の内定者だった私に手をだした男です。きっと浮気相手は1人ではないと思います。私は会社に今回の夫の不貞行為を相談するつもりです。当然離婚もします」
私の言葉に義母と夫が顔を青くして見合わせる。
職歴もない私が離婚したいと言い出すとは思わなかったのだろう。
夫と義母の不可解な様子を見るに、すでに会社の女の子に手を出したことで問題になっているのかもしれない。
そして今、感染症が流行っているとしたら、こういう時に航空業界の業績は悪くなる。
お金をかけて訓練をした操縦士だって、問題があればリストラ対象になるだろう。
「ちょっと待ちなさい。お義父様を呼んでくるから、あなたは目覚めたばかりで興奮状態なのよ」
「あの、面会の方は原則1人までなので守って頂かないと」
ナースが困ったように言ってくる。
個室にも関わらず面会の人間が制限されている今はやはり通常時とは違うようだ。
「個室でしょ。高い金払っているのだから、うちは西園寺家よ」
相変わらず義母の「私は金持ちよ、家柄も最高よ」アピールにうんざりする。
「看護師さん、常識のない西園寺家はご存知かもしれませんが政治家の西園寺亨の家です。私の夫は政治家になるより、女の子に乗り放題のパイロットを目指しました。実家は極太ですが、彼自身は極小です」
私の言葉に思わずナースが吹き出す。
「おい、お前何言ってるんだよ。看護師さん今の言葉は忘れてください」
「すみません。ドクターを呼んで参ります」
ナースは笑いを堪えながら去っていった。
「噂はあっという間に広がると思うわ。女の噂ってあることないこと、すぐに回るのよ。今の私の話はネタ的にも話題になりそうね」
私は訓練中、夫の子供を妊娠した時のことを思い出した。
制度上会社を辞める必要はなかったが、私が妊娠した話は全く違う内容であっという間に広がった。
私が一方的に夫に迫り、未来のパイロットの妻の座を狙って妊娠したというものだった。
男性経験もなく男の人と話すのも苦手だった私がどう迫るというのだ。
私はすでに内定した会社の先輩だった夫に誘われて断り方もよく分からず困っていた。
それを同じ内定者の同僚たちは見ていたはずなのに、噂は全く違う形で回ったのだ。
そして私は周囲から軽蔑の対象として見られ、追い出されるように会社を辞めることになった。