「いやいやいやいや、冗談やんね? ムリムリムリムリ。え、私、愛人の娘やで! 姉さんは? だって、あいつ追い出したんやったら姉さん帰ってこれるんやろ! えっ、えっ! あ、姉さんと言い間違えた?」
麗は無茶苦茶焦っていた。
無理に決まっている。リーダー経験なんて押し付けられた高校の学級委員くらいなのだ。
「あの、須藤さん。その……私も麗ちゃんには無理かと。麗ちゃんは確かに営業成績もよく、店舗での評判もわるくないですが、まだ、主任ですし……経験がなさ過ぎるのでは?」
そっと手を上げた副社長に麗はうんうんと強く頷いた。
「それなら、副社長に社長になってもらったほうが……」
専務の言葉に麗はまた強く頷いた。
「そうそうそうそう!」
「いやいやいや、私は無理。常務、どうです?」
副社長がぎょっと目を見開き、己を落ち着かせようと震える手でお茶を湯呑を持った。
嘘のように手が震えていて、どんどん零れていしまっているが、飲む分は残っているだろうか。
「いやいやいやいや、副社長を差し置くなんて」
副社長と常務が全力で手を相手に向け合っている。全力で社長の椅子をみんなで盥扱いしている。
彼らはあくまで補佐官として能力を発揮するタイプで野心もあまりない。
そもそも、野心があったり、リーダーシップを取れる者は軒並み父と会社を早々に見限って転職してしまったのだ。
「現状、あくまで佐橋衣料品の株の過半数を所有しているのは佐橋前社長です。そして、麗さんを社長に据えるのが退任の交換条件でした」
明彦の言葉に、シンと会議室が静まり返る。
「え、なんで? あいつ、姉さんのことを嫌ってたけど。私のことだって嫌ってたはず……」
どうして嫌いな娘に会社を譲ろうとするのか理解できない。
「最後の嫌がらせ、かぁ」
専務が肩を落とした。
「自分を追い出した会社への置き土産として麗ちゃんを指名したんやろうな」
ふーーー、と副社長がため息を付いた。
「あーーー、姉さんと私、両方への嫌がらせになるのか……。あのクズが本当にすみません。明彦さん、私、どうしたらいいの?」
麗はすがるように明彦を見た。
「麗さん、佐橋前社長は、もう長くないはずですよね?」
「それは、はい。あ、でも本人には告知してなくて……」
別に麗にとっても、継母にとっても、姉にとってもあいつが生きようが死のうがどうでもいいのだ。
それに付随する相続は、会社の株のこともあり大事ではあるが、やつの命については心配していない。
だから、倒れたときに本人に告知するかと聞かれ、継母は断っていた。
暴れられたり悲観されたりしても、面倒で相手していられないときっぱり言っていた。
「これはオフレコでお願いしますが、今回、私が取得した株はたしかに過半数には届きません。しかし」
「しかし?」
「現在、麗音さんが私の購入分を順次、買い戻しているところです。そして、佐橋社長が亡くなった時点で株は麗さんが相続するよう佐橋前社長には確約させた遺言状もあります。佐橋前社長にはそれを須藤グループへの子会社化だと匂わせましたが……」
「それって!」
よっしゃぁぁぁ! と重役達がにわかに拳を上げ、喜び出す。
「麗音が帰ってき次第退任していい。だから麗、サポートは俺がする。それまで社長、頑張ろうな」
いい笑顔の明彦に肩を叩かれ、周囲は飛び上がって喜んでいることもあり、麗は、嫌、とは言えなかった。
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