テラーノベル
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講義室の窓から差し込む春の光と、教授の低く眠気を誘う声。大学に入学して数週間。事件の興奮が冷めやったキャンパスで、私はようやく大学生としての「日常」を過ごしていた。
けれど、高校時代に過ごしたあの透明で平和な「普通」とは、少しだけ違っている。
「……あの子でしょ? 入学式で事件解決したっていう……」
「警察と繋がってるんだって。オカ研の九条先輩ともよく一緒にいるの見かけるし……やっぱなんか変わってるよね」
大講義室の後ろの席。ひそひそと囁き合う声が聞こえてくる。
私を包む世間の目は、相変わらず冷ややかで好奇に満ちていた。「不思議ちゃん」「気味の悪い子」。そうやって遠巻きにされることには、もう慣れてしまったけれど。
(……でも、高校の時と違うのは)
私の手元にある、黒い表紙のノート。
オカ研の部長である九条先輩から渡された『精神的負荷の軽減に関する考察』と題された手記だ。
「渚ちゃん、お昼行こー!」
講義が終わると同時に、声をかけてきたのはオカ研の女子先輩であるふみさんだった。
サークル棟の3階、302号室。扉を開けると、男10人、女5人のあやしげな先輩たちが、思い思いに古書を広げたり、PCに向かったりしていた。
「お、皐月さん。今日のコンディションはどうだい?」
パイプの煙をくゆらせながら、九条先輩がソファーから顔を上げる。
「……普通です。耳鳴りも、今は落ち着いてます」
「そうか。これを飲むといい。ジャーマンカモミールとラベンダーのブレンドだ。脳の神経麻痺を和らげる効果がある」
差し出されたハーブティーの湯気を注ぎながら、私はソファーに深く腰掛けた。
ここには、私を好奇の目で見たり、排除しようとしたりする人は一人もいない。
彼らは私の「霊感(サイコメトリー)」を、気味が悪いものではなく、ただの「珍しい体質」や「研究対象」としてごく普通に扱ってくれる。事件の残香で心が押し潰されそうになった時、この部室は私にとって唯一、息ができる安全地帯になっていた。
スマホがポケットの中で短く震える。
画面を見ると、LINEに短いメッセージが入っていた。
『峯岸:今日の夕方、駅前のファミレス。佐藤が山盛りポテト食いたがってる。来れるか』
不器用で、ガサツで、だけど誰よりも私を守ろうとしてくれるおじさん刑事。
九条先輩から学んだ「力を制御する方法」と、部室で過ごす静かな時間。
そして、事件が起きれば泥臭く現場を駆け巡る峯岸さんたちとの絆。
眠っていた力が再び目覚めてしまったことは、正直恐ろしい。
だけど、今の私には、この過酷な運命を支えてくれる仲間たちがいる。
「……九条先輩」
「ん?」
「私、夕方から用事があるので、それまでにこの文献読み終えますね」
「フッ……いい心がけだ。無理はしない範囲でね」
ハーブティーの温かい一口を飲み干すと、胸の奥の冷たい結び目が少しだけ解けていくのが分かった。
噂話と好奇の目に晒されるキャンパスで、私は新しい「私の日常」を、静かに生き始めている。
コメント
1件
第8話、読み終わりました。主人公が「普通の日常」とは少し違う新しい場所に根を下ろし始めた感じが、じんわり伝わってきました。九条先輩のハーブティーやオカ研の部室の空気感が、彼女にとっての安全地帯としてとてもリアルで、設定の細やかさに惹かれます。峯岸刑事の不器用なLINEもいいアクセントですね。次の展開が気になります。
キュルノ
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蒼月
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