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いちもーらい!!
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及川視点
涙が落ち着くまで、どれくらい時間が経ったのか分からない。
まっつんはずっと隣にいて、何も聞かず、何も責めず、ただそこにいた。
「…落ち着いたか」
「うん…ごめん」
また謝ってる。
癖みたいに口から出るこの言葉を、まっつんは少し眉をひそめて聞いていた。
「謝んなよ」
「だって迷惑でしょ」
「迷惑なら最初から座ってねぇよ」
その返事が、じんわり胸に染みた。
あぁ…優しいな。
こういう優しさ、俺はいつも怖くて逃げる。
慣れてないし、信じられない。
信じたら、絶対どこかで壊れる気がして。
「ねぇ、まっつん」
「なんだ」
「岩ちゃんには…言わないで」
まっつんは少しだけ目を細めた。
何かを悟ったような、大人みたいな顔だった。
「言わねぇよ。俺の口軽いと思うな」
「…ありがと」
本当に、ありがとう。
でも言いたくない。
言ったらまた泣いてしまう気がした。
ふと、階段の下から気配を感じた。
誰かがいたような気がしたけど、顔を向けられるほどの余裕はなかった。
「今日は無理すんな。授業も、部活も」
「いや…部活は行くよ」
「なんでそんな時だけ強情なんだよ」
「バレーだけは…守りたいから」
声に出した瞬間、胸の奥の本音がじわっと滲み出す。
母さんが何を奪っても、叩いても怒鳴っても、
バレーだけは奪われたくなかった。
そこに俺の“普通”があったから。
そこにだけ、居場所がある気がしたから。
まっつんはそれを聞いて、小さく息を吐いた。
「じゃあ、行けよ。俺は帰らねぇけどな」
「え?」
「お前の顔見てほっとけるかよ」
呆れたように言うくせに、声はあたたかかった。
「…ほんと優しいよね。まっつんって」
「そうか?」
「うん」
「そりゃモテねぇわけだ」
「うるさい」
ちょっとだけ笑えた。
まっつんも、それを見てほんの少しだけ口元を緩めた。
立ち上がろうとした瞬間――
階段の下に、誰かが映った気がした。
目が合った。
岩ちゃんだった。
息が止まる。
心臓が跳ねて、胸が掴まれたみたいに苦しくなる。
なんで。
どうして。
見られたくなかったところ、全部見られた。
岩ちゃんは何も言わず、ただ俺を見ていた。
その目が、いつもの苛立ったような目じゃなくて――
苦しそうで、悔しそうで、俺なんかよりずっと痛い顔をしていた。
「岩…ち、ゃん…?」
声が震えた。
岩ちゃんは一歩だけ近づいた。
でもそれ以上は来なかった。
俺を壊さないように、触れないようにしているみたいに。
「…バレー、来いよ」
それだけ言って、背を向けて歩いていった。
まっつんは隣で何も言わなかった。
でも、全部分かってるみたいな顔をしていた。
胸がぎゅっと締めつけられる。
逃げたのは俺だ。
離したのも俺だ。
なのに――
どうしてこんなに苦しいんだろう。
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