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カウンター奥の扉を抜けた先には、バラの咲き乱れる小さな中庭が広がっている。


何代も前からそのバラ園はそこにあって、ここに咲く色とりどりのバラも、真帆はまた店と共におばあさんから引き継ぐ形で育てていたのだった。


そんなバラの間を縫うように舗装された小さな道を、僕とカケルは並んで進む。


真帆は僕らの十数歩先を歩いており、足を踏み出すたびに左右に揺れる長い黒髪が陽の光を反射して美しく輝いて見えた。その足元では、長いスカートがふわりふわりと優雅に揺れ、サンダルを履いた足首がちらちら見える。


やがて道の先には古い日本家屋が姿を現し、そこで真帆は不意にこちらに体を向けた。


「改めまして、ようこそカケルくん! 我が魔法百貨堂へ!」


満面の笑みを浮かべる真帆が、「ばば~ん!」と軒先に掲げられた看板を両手でひらひら示してみせた。


カケルはそんな古臭い佇まいの魔法堂を、ゆっくり見上げる。


今まで何度か来ている場所ではあるのだけれど、これからしばらく、ここで暮らすのだということを改めて思っているような表情だった。


画像 どこか感慨深げなその様子に、しばらくして真帆はしびれを切らしたように、


「……ちょっと、カケルくん。なにぼさっとしてるんです? なにかあるでしょ?」


するとカケルはふと我に返り、微笑しながら、

「ごめんごめん、真帆ねえ。何かって言われても、そうだなぁ」

改めてもう一度、カケルはその古い日本家屋をじっくり眺めてから、

「――これからよろしく」

真帆にではなく、店に向かってそう口にしたのだった。


真帆は何とも言えない表情で唇を尖らせて、「ま、いいでしょう」と小さくため息を吐いた。


それから気を取り直したように、両手を合わせ、

「……こちらこそ、よろしくお願いします。カケルくん」

もう一度微笑んだのだった。


画像 そうして僕に顔を向けて、

「ユウくんも、ね」


「ん? あぁ、そうだな」


その時だった。


先程感じた既視感が……どこかでこの光景を目にしたような感覚が、再び僕を襲ったのだ。


カケルによく似た少年、真帆によく似た女の子、そのふたりが、この魔法百貨堂で、僕や真帆と一緒に……一緒に……?


その途端、僕の視界が急に揺らいだ。


全身から不意に力が抜けて、膝が折れる。


「だ、大丈夫ですか、ユウくん?」


ふらつく僕の肩を、慌てた様子で真帆が支えてくれた。


いったい自分の身に何が起こったのか、まるで理解することができなかった。


いや、理解するということ自体を身体が拒んでいるかのような、不思議な感覚。


箱のふたを開けようとして、無理やり閉じさせられたような、そんなイメージが一番近いかもしれない。


そうしてかちゃりと鍵をかけられたかのように、その記憶はもう開くことはできなかった。


僕はこめかみを右手で抑えながら、

「……あ、あぁ、ごめん、ちょっと眩暈がして――」


そんな僕に、カケルも心配そうに、

「貧血? よくあるの?」


「い、いや、初めてだと思う。もう大丈夫だから、心配かけてごめん」


僕は真帆に支えられながら姿勢を立て直し、なんとか自身の力で立ってから一息ついた。


「本当に大丈夫ですか?」


眉を寄せる真帆に、僕は一つ頷いて、


「大丈夫だよ、真帆」


「なら、いいですけど…… 何かあったら、絶対に、すぐに言ってくださいね?」


「うん、わかってる」


たぶん、昨年お祖父さんが亡くなってから、少しばかり神経質になっているようだ。


真帆にはあまり心配をかけさせないようにしないと、と僕は改めてそう思った。


しかし、それにしても、なんだったんだろう、今の感覚は。


僕はその感覚をもう一度思い浮かべようとして、けれどその時には、それがどんな感覚だったのかすら、もううまく思い出すことができなくなっていた。


僕はそれに違和感を覚えながら、けれど気をとり直すように、真帆に声をかけた。


「なあ、真帆」


「はい?」


「もしも……」

と、そこで僕はそのまま口を閉ざした。


今まさに僕は何を口にしようとしたのか、それすら思い出せなくなっていたのだ。


まさか、若年性健忘症とかなんとかいうやつか? これは一度、病院に行ってみたほうがいいだろうか。それとも考えすぎだろうか?


「もしも……なんです?」


首を傾げる真帆に、僕は、


「いや、なんでもない」


すると真帆は、小さく頬を膨らませるように、

「なんですか、それ! 気になるじゃないですか!」


「何か言おうとしたんだけど、何を言おうとしたのか忘れちゃったんだよ」


素直に言えば、真帆は「え~?」とふたたび眉を寄せる。


僕は頭をかきながら、

「歳のせいかな?」


「まだそこまでじゃないでしょ、しっかりしてくださいよ。ね、カケルくん? カケルくんもそう思いますよね?」


「え? あぁ、うん、そうだね。シモハライさんはまだまだ若いと思うよ。それに、僕もそういうことたまにあるから、大丈夫なんじゃないかな?」


「そうか? まぁ、カケルがそういうんなら。わかったよ、


その途端、真帆はさらに眉間に深いしわを寄せ、今度は不機嫌そうな表情を浮かべた。


……ん? 急にどうしたんだ?


「……マナ? マナって、いったい誰の名前ですか?」


「あ、え……?」


マナ? 俺――いや、僕は今、そんな名前を口にしただろうか。


何だか一気に血の気が引いた。


「まさか、私というものがありながら、ユウくん……!」


途端に顔を真っ赤にして、鬼の形相で怒り始める真帆に、


「ち、ちがう! 言い間違えたんだよ! マホとマナ! ほら、音が似てるだろ? ただそれだけだって! そんな名前のひと、本当に知らない――」


――いや、確かにそんな名前の誰かを知っているような気がしなくもない。


けれど、どんなに思い返してみても、僕の知り合いにそんな名前の人なんてひとりもいないわけで。


ついうっかり言い間違えてしまったのだとしか、本当に言いようがなかった。


のだけれど、口にしてしまったものはもうどうしようもなかった。


僕は助けを求めるようにカケルに顔を向けて、

「な、なぁ、カケル! カケルもあるよな、そういうこと……!」


「え? いや、僕は……」

気まずそうに首を横に振るカケル。


それに対して、まるで勝ち誇ったように真帆はカケルの腕をその胸に掻き抱きながら、

「ほぉら! カケルくんもないって言ってますよ! 信じらんない! 他の女性の名前を口にするだなんて!」


ぷんすか怒る真帆に対して、僕はただとにかく、謝ることしかできなかった。


「ほ、本当にごめんって! そんなつもりはなかったんだ! 許してくれよ!」


「もうシモフツくんのことなんて知りません! ほら、こんな人は放っといて、早く入りましょ、カケルくん!」


真帆は言うが早いか、カケルの腕を引っ張るようにして、足早に店の中へと入って行った。


「あ、ちょっと! だから、ごめんって、真帆! 許してくれよ! 真帆! 真帆!」


僕は必死に懇願しながら、真帆とカケルのあとを追うように、魔法百貨堂の中へと駆け込んだのだった。


そんな僕の後ろでは、バラの花が風に揺れて、とてもいい香りに満たされていた。

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