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Side黄
いつものように夜ご飯を作ろうとキッチンに立ち、野菜を切っていると、その音に混じってメールの着信音が耳に届いた。
一旦包丁を置き、確認する。
樹からだった。
『さっき慎太郎と収録行ってたんだけど、けっこう辛そうで動けなくなっちゃったから帰らせた
もうちょっと個人仕事減らしたほうがいいかも、ってマネージャーさんと話したからよろしく』
彼らしい事務的な文章だけど、どことなく焦りが見える。そんな気がする。
『わかった。樹も無理すんなよ』
と送っておく。
あいつは、ほかの人のためになると自分のことを忘れるから。
慎太郎に連絡しようかとも思ったけどやめておく。
きっとみんなしてるし、これ以上「心配かけてる」と思わせるのも嫌だった。
でも心配だ。もしかしたら病状がひどくなってるのかもしれない。だけどこういうときにはゆっくりさせたい。
そんなジレンマの中、夜を過ごす。
ソファーに座りながら、ボーッとテレビで深夜のバラエティー番組を見る。この中で慎太郎一人を見ることも少なくなった。
大事な人なのに、何をしてあげたらいいか未だにわからない。
ベッドに入って布団をかぶってからも、その問題がぐるぐると脳内を巡って、頭が冴える。
「ねえ慎太郎、俺には何ができる?」
そんなつぶやきも、独りの寝室に虚しく響くだけ。もちろん答えてくれる人なんていない。
と思ったそのとき、そばのテーブルに置いていたスマホがメロディーを鳴らした。これはメールじゃなくて電話だ。
発信元を見て、少し目を見開く。今しがた俺の思考回路を占拠していたやつだ。
「もしもし慎太郎、どうした?」
『ごめんね、こんな遅くに。今大丈夫?』
全然いいけど、と答えながら時計を見上げる。もう夜の1時を過ぎたところだ。
「もしかしてどっか辛い?」
やはり気になって訊いてしまう。もう聞き飽きてるだろうに。
『ちょっと眠れないんだよね』
そう慎太郎は言った。
夜に寝られないというのは前から聞いていた。身体は疲れてるのにすぐに寝ることができないなんて、ひどい矛盾だ。
「俺もちょうど寝付けなかったとこだよ」
そっか、と安心したように吐息を漏らす。
『10時ぐらいから布団入ってるんだけど、明日のこととか色々考えちゃって。大丈夫かなって不安になって。なんかこのままでいてもずっと夜が明けないかもしれないって思って、怖くなっちゃった』
「大丈夫だよ。明日も6人で仕事だから、一人じゃない」
それに、と続ける。
「明けない夜はない。止まない雨だってない」
我ながらいいことを言えたと思う。慎太郎の「そうだね」という声が聞こえた。
「ちゃんと夜が明けたら明日が待ってて、きっと晴れてる。そしたら俺らに会えるから」
少しの静寂が訪れる。
『じゃあ楽しみにしてる』
「うん。そろそろ寝られそう?」
大丈夫、と答えた。
「おやすみ、慎太郎」
『おやすみこーち』
電話が切れる。俺もメンバーの声を聞いてほっとしたのか、すぐに意識は深い眠りの中に落ちていった。
翌朝。起きてカーテンを開けると、陽光が飛び込んできた。
「眩しっ」
空は快晴。ちょうど今日は外ロケだから、お天道様が味方してくれたんだろう。
「おはよう」
控室に入るとみんなはもう来ていた。
そしてその光景は、ソファーに横になる慎太郎と静かな4人ではなく、わいわいと笑顔で話す5人だった。
「おはよ、慎太郎。昨日は眠れた?」
うん、と微笑む。その表情はいくらかすっきりしていた。
「メンタルサポーターはやっぱすごいわ」
なになに、とジェシーが食いついてくる。
「秘密」と慎太郎は笑う。
その笑った顔が何だか懐かしくて、泣きそうになる。
ほら言っただろ、明けない夜なんてないって。
辛くても、きっとちょっと楽になる時が来る。俺らと一緒なら、もっと楽しくなれる。
慎太郎が眠れなかったら、俺らもそばで暁を待つから。
朝の光が差し込んで、その笑顔が見られるまで。
続く