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轟炎が消え去った後も、チリチリと肌を焼く熱気が立ち込めている。
バリアも消えてしまったらしい。
炭化したらしい大地と、私の周りだけ残る草原の欠片。その壮絶な光景の中に佇む巨大な黒竜を前に、私は首を傾けたまま尋ねた。
「剣さんって、まおうなの?」
どちらに聞いた訳でもなく、どちらかが答えてくれないかなという期待。
だって、右手で握りしめた剣には、顔なんてものはないから。
声は聞こえるし強かったけど……戦いの終わった今となれば現実味もない。
あるのは手にかかる重さだけ。
「ああ、魔王だ。貴様、本当に何も知らずに落ちてきたのか。可哀想なやつめ」
「す、すみません」
剣さんが答えてくれたのはいいけど……。
(想像する感じの魔王の姿とちがーーーーーう! これじゃ魔剣ですよね?)
つっこんでいいのか迷ったあげく、心で叫んだ。
「魔王。そんなことより服を着せてやらんか」
「この姿では次元庫を使えんのだ。お前が着せてやればいいだろう。従魔なのだしな」
(この姿では? 次元庫? 本気で言ってるのかな。でも、目の前にはドラゴンが居るんだものね……)
そんなことさえ詳しく教えて欲しいんですけど……でも服は欲しい。
「我を小間使いにするつもりではなかろうな……まぁ、これは情けだ」
竜王さんはそう言って、大きな前手の爪で何かをつまむようにした瞬間、長い布が現れた。
それをひょいと弾くようにすると、ヒュッと私の体まで飛んできて――。
長い布は半分折りになって私を挟むように、左肩からバサッと被さった。
肩から布を掛けた形になったと思ったら、脇の下の方とウエストの辺りで紐が伸び、しゅるしゅると結び目を作って前後の布を留めていく。
それは案外と幅が足りてなくて……紐パンならぬ、紐服みたいになった。
前と後ろは、股下よりも下までは覆ってくれたけど、かなりの割合で横はスカスカの裸だ。
ただ、この布服ではっきりと分かったことがある。
――死ぬ前よりも胸が大きい。
(横チチが丸見えじゃないですか……心もとなすぎる)
まだ裸よりはマシ……いや、マシ寄りの無し? いやいや…………どうかなぁこれ。半端に隠すものだから余計になまめかしいし。
というか、私の髪の毛の色も違う。布に挟まれた毛束をかき上げた時に見えたのは、ツヤツヤの白金だった。
(手足も体も妙に白いし……)
いやともかく、このエッチな服は取り替えてほしい。
「あの、これって……この世界の普通の服なんですか?」
下着も欲しいし……。
「魔族などそんなものだったろう? 最近の流行りは知らぬが」
(竜王さんはドラゴンだしなぁ……服っぽくしてもらえただけでもありがたかったのかも?)
「そうなんですね。すみません、ありがとうございます」
う~ん……少しは隠れただけでも良しとしましょう。
「それで、剣さんのことなんですけど、魔王って、どういうことですか?」
魔王なんて響きは、世界を征服してやるぜ的な、そして魔族と人間は常時戦争中みたいな、そんな状況を想像してしまうんですが。
「……面倒だな。一度城に帰るか。体を取り戻してくれているといいんだが」
この話については、竜王さんは素知らぬ顔でそっぽを向いていて、私を横目でチラと見たと思ったら――。
「我も忙しい身だからな。その娘のことは魔王に任せた。して、名は何といったか」
「えっ? さ、サラです。瓜生うりゅう沙良といいます」
「おい! 貴様竜王! どこぞへ逃げるつもりか!」
「さすが転生者、よく分からぬ響きの名だな。では、何かあれば駆けつけてやるが用もなく呼ぶなよ? 特に、魔王が居れば事足りるだろう時にはな」
竜王が大きな翼を広げると、その漆黒の被膜は黒い光を帯びていった。
「小娘! 竜王に向かって『待て』と叫べ!」
「え? ま、待て!」
羽ばたくというより、広げた翼に浮遊の魔法でもかかっているかのようにスッと浮かび上がった竜王は、私の声を聞いて全身を強張らせた。
そして――ドスン! という地響きと共に地面に落ちた。
それは一応、両の手足での着地ではあったけれど、浮遊の力を失った落下に怒りを滲ませている。
……のが見てとれた。
「小娘ぇ……。いい度胸をしているなぁ?」
でもだって、今のは私、悪くなくないですか?
「共倒れになろうとも踏み殺してくれようか。この羽虫が……」
「いいいいいいやいやいや! 今のは魔王さんが言えって! そんなことになるとは思わなかったんですから!」
「さて、城まで送ってくれよグィルテ。俺はこの姿では転移できんのだ」
「魔王……我を何だと思っている。そもそも我が出向けばややこしいことに……」
危うく逆鱗に触れて死ぬとこだった……ていうか竜王さんの『ぐぃるて』ってお名前……発音が難しいなぁ。
(竜王さんじゃなくて、敬愛を込めて『ぐぃるて』さんと呼んだ方がいいのかなぁ)
もうこの巨大生物に殺気を向けられたくなくて、なるべく下手に出たいなと考えていると、遠くから『あーー!』という感じの叫び声が聞こえてきた。
声の方向は、空からだった。
遠目に見えるその姿は、下着姿のお姉さん。に、悪魔みたいな黒い翼と尻尾を生やしている。
(まんまサキュバスだ……)
「あーーーーーーっ! あーーーーっ! やっぱりいいいいいいい! 魔王様やっと見つけたーーーーー!」
なんか、うるさいのが来たなぁ。
その感想は、この場に居る三人ともが思っていたらしい。少なくとも竜王さんと私は、めんどくさそうな目をしていた。
「魔王様ぁ! こんなとこに封印されてたんですかぁ? そのお姿でぇ? そりゃ分かんないですよぅ。でもでも、随分探したんですからねぇん?」
とろけるような甘美な声色。
遠目にも思っていたけど、近くで見るとやっぱり美人だった。金髪のポニーテールで、長い前髪が青い目に少し掛かっているのが、格好も相まってセクシーに見える。
「魔王様が勇者と女神に封印されてからぁ、すっごい大変だったんですよぉぉ? バラバラにされた本来のお体もぉ、いっぱいいっぱーい探して、苦労して取り戻してありますからぁ。早く元のお姿に、お戻りくださいませぇ」
……なぜか、色声のまま私に絡みつくみたいに抱きついて、ものすご~~~~く頬ずりをしてくる。同じ女なのに、それでもドキドキするのだから男の人は……きっと勝てないと思う。
「あの……魔王さんは、こ、こっちですよ」
右手に持ったままの剣を、少し上げてみせた。
「えええっ? うそぉ! ごめんなさいねぇ? あらあらこちらでございましたか魔王様ぁ」
……ただ、今の私は何も言えないけど、そんな恰好で恥ずかしくないのかな。
(あっ! 竜王さんの魔族のイメージって、こういうこと?)
私も魔族らしいから、こういうのに慣れないとなのかな……。
「イザリス……一人でもうるさい奴だな。だがまぁ、良いところに来た。俺達を城まで運んでくれ」
イザリスと呼ばれたサキュバスのお姉さんは、魔王さんの金糸の装飾や真っ黒な刃の部分なんかに、跪いてしきりにキスしている。
「えぇー。お体を取り戻したこと、もっと褒めてくださいよぅ」
「お前一人でやったわけではないだろうが」
「アハ。バレちゃったぁ……ていうか、竜王グィルテ……この人まさか、魔王様を狙って……」
「いいから黙って言う通りにしろイザリス。おい竜王、貴様も人型になってついて来い。面倒なことを押し付けて、貴様だけ逃げられると思うなよ?」
「くっ……。小娘の魔力が不安定なせいで、我も力が出し切れんか……。教育係をさせるつもりだろうが、仕方あるまい」
なんだか分からないけど、竜王さんも人になれるらしい。
どうやって? と思ってまじまじと見ていたはずなのに、剣さんにキスしまくっているイザリスさんが気になって、チラっと見た瞬間にはもう、人の姿になっていた。
「え、うそ……女の人……?」
そこに立つのは少し背の高い、凛とした綺麗な女性だった。
うねりひとつ無い漆黒の長い髪と、真っ黒な瞳。その瞳の中の瞳孔は、鋭く縦に裂けた金色こんじき。
竜の瞳……ただそれだけで、存在の格を見せつける様な威厳を放っている。
体は、皮膚とも鱗とも形容しがたい黒い素材をしていて、未来の宇宙服だと言われればそのまま信じそうな、ピッタリとしたボディスーツに見える。
なぜそう見えるのかと思ったら、顔は普通に白い肌をしていたからだった。
「綺麗……」
ファンタジーな竜の姿とは打って変わって、まるで遠い未来から来た宇宙人だ。
そしてやっぱり、あれは服的な感じなのかもしれない。
(――布と紐の服か、ボディスーツか……んぅぅどっっっちも選択肢に入れにくいなぁぁ……)
「ふん。同行してやるのはしばらくの間だけだ。その間に魔力操作を叩きこんでやる」
「あ、はい……」
変なことを考えてたから、ちょっとだけビクっとしてしまった。
綺麗な人だけど、鋭い目で睨まれるとやっぱり異質で怖い。
私のことを嫌いっぽいし、そりゃそうだよねって思うけど……。
「魔王様ぁ。グィルテの転移を使えばいいじゃないですかぁ。わたしはずっと飛び回って疲れてるんですけどぉ。四人分の転移なんて、ご褒美がないとできなーい」
(んんん……このお姉さんも苦手なタイプだ……。でも私、そんなこと言っていられないよね。とりあえず命の危険がないようにがんばらないと……)
なぜなら、彼女の頭に浮かぶのは、Lv.74の数字だから。
ふざけているように見えて、かなり高位の魔族に違いない。
「イザリス。お前は後から来ればいい。俺と小娘だけを飛ばせば二人分だ。竜王は自分で来い」
「最初からそのつもりだ」
「ええー! ひどくないですか? わたし、魔王様をずっとお探ししてたのにぃ!」
「だから数を減らしてやったろう? 俺の優しさじゃあないか」
「うっ……。そ、そうですよね。魔王様のご慈悲を賜って、わたし嬉しいかもです」
イザリスさん……納得しそうになりつつも、やっぱりちょっと違うなって思ってはいるんだ。『嬉しいかも』のひと言に気持ちが漏れ出てる。
「そ、それじゃあお運びしますね。あ。あなたお名前は?」
「さ、サラです」
「そ。サラ、魔王様にくれぐれも失礼のないようにね。それじゃあお送り致します魔王様」
イザリスさんは片手を胸に当てて、お辞儀のような仕草をして――。
その瞬間に、私は船酔いに似た感覚になった。
気持ちが悪くて目を閉じると、さらに目が回る。
「着いたぞ小娘。ここが魔族の国ダルケスティアだ。魔王城はなかなかのスケールだろう?」
その言葉に目を開くと、その瞬間に眩暈も治まった。
なのに、今度はその視界が歪むと――すぐ側の空間に黒いモヤと帯電する光がいくつか走って――そこから、竜王さんも転移して出て来た。
そういえば、竜の姿で現れた時もこんな感じだった。
「揃ったな。このまま道なりに進め」
整備された広い道が真っ直ぐに通り、けれどしばらく先の方では、巨大な城壁がそれを阻むようにそびえ立っている。
その上さらに、ちょっとした山のような城が、巨大な城壁の向こうだというのにありありと見える。
規模がもう、ひとつの街くらいの大きさだと思う。
「…………すごい」
私の反応に満足したのか、魔王さんは「そうだろう」と、満足気に答えてくれた。