目の前に現われた、紅蓮の髪の男に皆顔をしかめていた。
俺もその一人だった。
「貴様が何故ここにいる?」
「さあ、何でだろうな」
紅蓮の髪をなびかせながら、その男、公爵家の長男アルベド・レイはフッと不敵に笑った。まるで、こちらを見下すような態度に、俺含むここにいる全員が眉間に皺を寄せた。
そんな、自分が悪い意味で目立っているという状況だというのにアルベドは臆することなく俺の目の前まで歩いてくると、赤黒い肉の塊である魔物の方をちらりと見た。
「……随分と育ってんだな」
「あれの正体を知っているのか? 先ほどの口ぶりからすると……」
俺がそう口すると、ようやくこちらに興味を示したかとも取れる表情を俺に向けてきてアルベドは、そうだな。と含みのある言い方をした。
「あれが何なのか知ってる」
「それに貴方、あれの倒し方も知っている見たいじゃ無いですか」
と、俺とアルベドの間に入ってきたのはルーメンだった。
ルーメンは切羽詰まった様子でアルベドを見ると、彼にその心情を見透かされたことが気にくわなかったのか、ふうと深呼吸をしたのち、再びアルベドを見た。今度は真剣な、そしていつもの落ち着いた表情で。
「あれが魔物じゃないってどういうことですか?」
「逆にあれが魔物にみえんのか? 新種の魔物……何て馬鹿げたこと思っているんなら、災厄の恐ろしさを全く理解してないって事になるが」
そう、アルベドはわざと挑発するようにそう言った。場の空気がピリっと張詰め、今にも騎士達は彼に剣を抜かんとしていた。その中でも、エトワールの護衛騎士であるグランツという男はとくにだ。
彼と此の男の間に何があるかは知らないが、今の俺にとってはそんなことどうでも良いことだった。
もし此奴が、本当にあの魔物の倒し方を知っているとしたら。エトワールを助けられる確率は0じゃないと証明できるからだ。
「災厄の恐ろしさは、文書や伝説などで語り継がれてきており十分に理解しています。どれだけ恐ろしく、絶望に満ちた世界が広がるのか」
「それじゃあ、災厄によって乱されるのは魔物だけじゃないってことも知ってるよな?」
「何が言いたいんですか」
ルーメンは、それでもはぐらかすアルベドを睨み付けてそう聞いた。
俺は、そんな二人を黙って見ていた。
確かに、災厄について詳しい事は分からない。しかし、それがどんなものなのか、その脅威についてはよく知っていた。この身体に転生してから、此の世界について調べるついでに。
此の男が何故、そこまではぐらかし、見下すような態度を取っているのかは分からないが、時間が無いことだけは確かだった。アルベドの表情からもそれが見て取れた。
何故彼がここに来たのかすら分からないわけだが、エトワールのことを気にする所をみると、彼もまた何かしらの目的があって来たのだろう。
「時間が無い、教えてくれ」
「はぁん……帝国の皇太子が俺に頼み事とはね」
「アルベド・レイ! 言葉を選びなさい!」
俺が彼に軽く頭を下げると、アルベドはハンッと鼻で笑った。
そしてルーメンが彼を叱咤するが、彼はそんなの気にも止めず、俺の方に向き直ると、口角を上げてこう言った。
「まあ、そっちの補佐官と護衛騎士はそうカリカリすんなよ……」
そう言ってアルベドは、俺の後ろの方で佇む、グランツ達を見た。
そういえば、アルベドはルーメンやグランツと面識があったなと……そんなことを思いながら俺は、目の前の男に視線を戻した。
「皇太子殿下の頼みとなれば、教えないわけにはいかないなあ」
「……もったいぶらずに早く教えろ。お前がここに来たのは、偶然でも何でもないんだろ」
「ふーん、何でそう思った?」
「先ほどから、あの怪物のことを気にしている。怪物を知っていると同時に、お前はあの中にいるエトワールを心配しているようにも思えた。違うか?」
アルベドにそう尋ねれば、彼ははあ……と肩をすくめ、そうだよ。と黄金の瞳を細めて言った。
俺が彼女が心配で気が気でないから。そういう同じ気持ちの奴のことよく分かる。
彼女は、きっと今恐怖で震えていることだろう。泣いていることだろう。
そんな彼女を思うと胸が痛かった。だからこそ、彼女を助けたくて、助けたくて仕方がなかった。
ここで、此奴とお喋りしている暇はないと。
「そうだな、エトワールは俺にとって大切な奴だから」
「……何だと?」
俺は思わずそう口にでてしまった。
彼女を心配しているのだと思ったが、真逆そんな言葉が彼の口から出てくるとは思っていなかったからだ。
アルベドは、悲しそうな表情で怪物を見ると、ぽつりとこぼした。
「あの怪物は、お前達が追っているヘウンデウン教と関わりがある。そして、あの怪物は魔物が凶暴化したものでも何でもねえ。あれは人だ」
と、アルベドはさらに衝撃の発言をし、一瞬にして場が冷え固まった。
騎士達は口々にあり得ないといい、さらには、アルベドの事を非難し始めた。
それは、彼が闇魔法の家門であり、ヘウンデウン教もまた闇魔法の者達が集う教団だからだ。コレまでたまっていた不満などが一気にアルベドに集中した。しかし、彼は顔色一つ変えずそれらを受け流し俺を見て続けた。
「言っただろ。災厄は魔物や気象変化だけじゃねえって。負の感情が暴走する。負の感情に飲まれるって。それが、あれだ。あれは、人の負の感情の集まりで、負の感情に飲まれた人間が姿形を変えたものだ。伝説には乗っていないと言っていたが、ありゃ乗せたくないだろうよ。知っていてもな。自分たちが災厄で戦っていたものが、元人間だったなんて知ったときには、絶望し耐えられないからな」
アルベドはそこまで言ってフッと笑った。
それは、落胆のような諦めにも見えた。
彼は、一度目を伏せると、ゆっくりと瞼を開けて、俺を見つめた。その瞳は、何かを訴えかけるような強い眼差しをしていた。
「まあ、ああなっちまったもんは取り返しがつかねえから殺しても問題ねえ。早くしねえと、あの中にいるエトワールまで、あの怪物と同化しちまう」
「なら、早く―――――!」
「だが、あん中に突っ込むのは自殺行為だ」
と、アルベドは俺を制止した。
彼の言いたいことは何となく分かった。
だが、何故彼があれを倒す方法を知っているのか、歴史の裏まで知っているのかはまだ不明だった。大凡予想はつくが、闇魔法の者達はあれを凶暴化させて災厄の周期を早めようとしているのだろうと。
その大本であるヘウンデウン教と、此奴が繋がりがあるなら……
(信用出来るのか? 此奴を)
差別をするわけでもない。俺は、闇魔法の者達が行ってきた非道も耳には入ってきていたが他人事だと思っていた。非道を行っているから差別をする……そんな気にもなれなかった。闇魔法の者というだけで差別をしているのは光魔法の奴らも同じだから。
だが、此奴が現われた理由にエトワールが関わっているとして、先ほどの彼の言葉表情を吟味した上で、此奴が俺の敵にならないかと。
「それで、どうすれば良いんですか。あの怪物を倒すには」
そこまで、口を閉じていたルーメンはハッと我に返りアルベドに尋ねた。
アルベドは、少し考えた後、答えを出した。
「あの怪物には核がある。それは、人間の心臓のような形をしている。それを壊せばあの怪物は木っ端微塵に吹き飛ぶって分けだ。まあ、核は身体の中心部にしかねえから、中に入るしか壊す方法はねえけど……まあ、それが厄介で」
「早くしろ」
俺がいえば、そう急かすなよ。と笑いアルベドは続けた。
「あの怪物の腹の中には簡単には入れる。食べられればいい話だ。だが、入るのは簡単でも抜け出すことは困難だ。あの怪物の中は負の感情が充満している。過去のトラウマや思い出したくない思い出、それらが全て侵入者を襲ってくる。そりゃ、もう耐えられないぐらいな。そうして、負の感情に飲まれ自我を失い、闇に溶けていく。自分が何者か分からなくなって、負の感情だけを振りまく存在の一部になっちまうわけだ」
「……自我を強く持ち、その上でエトワールを助けろと」
「まあ、そういうこったな。右も左も分からねえ闇の中に入っていって正気でいられるかどうかだが」
と、アルベドはまるで自分がその中に入ったかのように語ると、時間がねえなとナイフを取り出した。
「俺はあん中には入れねえ。だから、お前らの誰かがあん中に入ってエトワールを引っ張り出してこい。勿論、核を破壊することも忘れずにな」
「……」
そういうと、アルベドは怪物に向かって走り出した。
彼の行動を見て、彼がエトワール救出のための時間稼ぎをしてくれているのだと察し、俺たちは頭を抱えた。
一体誰が行くのか。
そこで、すぐに手が上がった。
「俺が行きます」
そう、口を開いたのはグランツだった。
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