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「俺が行きいます。俺に行かせて下さい」
騎士達の沈黙を破って、手を挙げたのは、エトワールの護衛騎士のグランツだった。
皆が皆、グランツの方を見る。その眼差しは、皆良いものではなかった。
だが、彼らは抗議の声は上げなかった。自分は行きたくないと保身に走っている。自分の部下なのに情けないと思いつつ、俺はグランツを見た。
真剣な眼差し。エトワールは度々彼の瞳が空虚だの、何処を見ているか分からないなど言っていたが、今の彼の目に映っているのは、彼の中にあるのはエトワールを助けるという思いだけだろう。それ以外どうでも良いように。先ほどの自分と同じく、自分の命を惜しまない……そう見えた。
しかし、彼がただ主人を助けたいという思いで動いているわけでないことを俺は瞬時に理解した。
彼もまた、エトワールに好意を寄せる一人なのだと。
こんな時でも俺は、人へ嫉妬を飛ばすのが止められなかった。エトワールの命に関わることなのに、すぐに指示を出せない。
(何故、俺が皇太子というこの身体に転生したのか……未だに理解できない)
俺より優秀な奴を、そもそも、俺がこの身体に転生せずとも、此の男はしっかりやっていたはずなのだ。俺よりかもきっと、上手く軍をまとめ、そうして皇帝の座にも……
(まあ、いい。そんなことは考えていても仕方がない)
俺は、目の前の化け物を倒すことに専念するだけだ。
「……分かった、たが」
「やめておけ」
そう、俺が言いかけたとき、またあの紅蓮が戻ってきた。長い髪をなびかせ、ずざざざ……と地面を滑り戻ってきたアルベドは、服や肌が切り裂かれ、至る所から血が流れ出ていた。
負傷したアルベドを横目に、あの怪物を見れば、先ほどよりかも弱っているように見えた。
「……お前に、言われる筋合いはない」
「おお、怖っ。だが、口の利き方に気をつけろよ? お前は、平民上がりの騎士で、俺は公爵家の人間。越えられない壁があんだよ。例え、聖女様の護衛でもな」
「……ッ」
「まあ、だが、今回はそんなこと言うつもりで言ったんじゃねえよ。身分とかそういうの関係なしに、お前さっきあの怪物の攻撃喰らっただろ? 火の玉みたいな奴」
「それが、どうした」
図星だったのか、グランツの表情が少し歪んだ。
それを見て、ニヤリと笑うアルベド。
確かに、彼の言う通り、先程の怪物の攻撃を受けた際に、グランツはその攻撃を避けきれずにいた。いや、彼の魔法は、魔法を斬る魔法だったはずだ。だが、あの火の玉のようなものをきれなかったと言うことは、あれはつまり魔法でなかったと言うことになる。
俺が察したのに気づいたのか、アルベドは話を戻す。
「あれは、負の感情が凝縮された玉だ。まあ、怨念とかそういう奴だと思ってくれたらわかりが良いか。まあ、そんなところ。それを喰らったお前は、不安定な心理状態にある。だから、あの怪物の中に入ればすぐに飲まれちまうだろうよ」
「俺はそんなに弱くない!」
グランツは叫ぶと、アルベドを怒りの籠もった翡翠の瞳で睨み付けた。
彼の悲痛な叫びを聞いて、俺は彼の中に劣等感や嫉妬といった感情があることに気づいた。その他にも、きっと彼は平民上がりと言うことをコンプレックスだと思っているのだろう。
アルベドはそんなグランツの事を全て見透かすように黄金の瞳を細めると、ダメだ。と念を押す。
「エトワールが戻ってきた時、お前がいなかったらどうする? 彼奴を守るのがお前の役目だろ。仮に助けられたとして、お前がしんだら元も子もない」
「……それは」
「まあ、俺はどうでも良いけど。だが、やめておけ。現に、俺にそんな怒りぶつけてるようじゃあの怪物の食い物にされちまうからな」
「じゃあ、誰が行けばいいって言うんですか」
少し食い気味に、それでも納得しやむを得ないというような表情でグランツはアルベドに聞くと、彼は周りにいた騎士達の顔を順番に見ていき、顎に手を当て考えるような素振りをした。
だが、答えはもう出ているような表情をしていたため、俺は彼をじっと見つめていると、ようやくアルベドと目が合った。
「皇太子殿下、貴方が行くべきだと俺は思いますけど?」
と、アルベドは無理矢理敬語をくっつけたような口調で言うと、今度は俺の方に視線が集まる。
「俺だって、根拠なしに言ってるわけじゃねえよ。ちゃーんと根拠はある。いや、まあ、闇魔法の家門の俺だって分かる。彼がこの帝国の大事な大事な皇太子様って事ぐらい。だが、お前ら誰も行かないだろ? そもそも、誰もエトワールのことを聖女だって信じちゃいねえ。お前らからは、彼奴がいなくなってくれて精々しているってのが伝わってくる」
そうアルベドは言うと、騎士達は俯き黙り込んでしまった。これまた図星なのかと。
帰ったら説教が必要だなと、それだけでは済まさないと思いつつ、俺はアルベドを見た。
彼の言う根拠というものが気になったからだ。
彼と言葉を交したのは数回だったが、それでも彼が嘘をつかない男だと言うことはその数回の内に分かった。口は悪く、とても公爵家の貴族の一員だとは思えないが、どの貴族よりも信頼できるだろう。
だから、きっと何か理由があっての発言だと思うのだが。
すると、そんな俺の疑問を感じ取ったのか、彼もまたこちらを見てきた。
「それで、その根拠とは何だ?」
「さっき、聖女様に治癒魔法かけて貰っただろ? あれのおかげで、殿下の身体には聖魔法が残ってるんだよ。だから、少なからずあの災厄が生み出した怪物から守ってくれるはずだ……ってこと」
「……そうか」
俺はそれを聞くと、少しだけほほがゆるんでしまった。
(やはり、この温かい気持ちはエトワールがくれたものだったんだな)
俺は自分の胸に手を当てながら、彼女がくれたであろう温もりに浸っていた。
薄れていた意識の中、彼女が必死に俺を治療してくれたこと。そうして、彼女の魔法の痕跡が彼女の心が自分の中に流れてこんでいるという感覚を。
俺は、決意しアルベドを見た。だが、それをよしとしない人間がいた。
「何を言っているんですか。だからって、殿下がいってもし帰って来れなかったら!」
反対の声を上げたのはルーメンだった。
てっきり、彼だけは賛成してくれるだろうと思っていたのが、どうやら違ったらしい。
確かに、それはそうなのだが。
しかし、俺はもう決めたのだ。彼女を助けに行くと。
それに、もし仮に自分が死んだとしても後悔はない。ただ、彼女には生きていて欲しいと思うだけだ。だが、このままだと彼は認めてくれないだろう。
「さっきも言っただろ、お前はこの帝国の時期皇帝だ。コレを言ったら、お前は怒るだろうって思ってたが、聖女は幾らでも召喚できるんだ。前の聖女が死ねば……お前が、いなくなったらどうなると思ってるんだ」
と、ルーメンは声を荒げた。
彼の言うことには一理ある。
また、自分がどんな立場なのかだってことは俺自身が一番よく分かっているつもりだ。その次に分かっているのはルーメンだろう。ここにきて、ずっと補佐官として俺をサポートしてくれていたのだから。
だから、彼が俺の立場を考えて、俺の命を考えてくれていることはとてもありがたいことで、これほど嬉しいことはないだろう。
けれど、それでもだ。
聖女が死ねば次の聖女が……というのは知っている。だからといって、俺は今の聖女を、エトワールを見捨てるわけにはいかないのだ。
勿論―――――
「俺を信じてくれ。ルーメン」
「……」
「必ず生きて帰ってくる」
「…………」
「だから」
「何で、そんなにかってなんだ?」
ルーメンはぽつりと呟いたが、次の瞬間顔を上げて、泣きそうな顔をしながら笑った。
「それが、俺だから」
「そうだった、それがお前だった」
と、納得してくれたような表情を浮べた。
それまで黙っていたアルベドも、決まったようだな。とナイフを構え直し、グランツに指示を出していた。
「優秀なお前なら出来るだろ。俺のサポート」
「何で俺が……」
「まあ、まあ、エトワールを助ける同盟っつうことで。皇太子殿下! 俺たちが隙を作る。だから、殿下は彼奴が口を開けた瞬間怪物ん中に飛び込め」
そう言って、アルベドとグランツはかけだした。
ルーメンも他の騎士達に彼らの援護をするようにと指示を出し、俺を見た。
「死んだら、承知しないからな」
「ああ、分かってる」
俺はコクリと頷いて、怪物の方を見た。
俺たちよりも遥かに大きいそれは、触手を唸らせ、地を這いずり回りながらこちらに向かってくる。そうして、訪れたチャンスに、怪物が口を開けたタイミングに、俺は地面を蹴り、ルーメンは俺を押し上げた。高く飛びすぎなぐらいに、俺は怪物の口に吸い込まれるように垂直落下していく。
そうして、あたりは暗闇に包まれた。
こぽん―――――
と、水の音共に、視界が闇に包まれ、俺は真っ暗な地面へと降り立った。
「ここが、怪物の腹の中か……急いで、エトワールを」
辺りを見渡せば、先ほどまでなかった無数の目玉が出現し、それらは、ギョロりと一斉に動いた。
その視線に、ゾッと背筋に冷たいものが走る。これは、まるで生きているみたいだ。
「……前世を思い出すな」
俺はフッと笑いながら、足を進めた。右も左も分からないただただ続く混沌の闇の中。
コツンコツンと自分の足音だけが響き、気が狂いそうだった。
しかし、少し歩くと誰かがすすり泣く声が聞え俺はその声に耳を澄ました。
すると、目の前にシャボン玉のようなものが現われ、それには幼い頃の巡と思しき人物が映し出された。
「……これは」