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私
の名前は……
【リヴァイアサン】
『リヴァイアサン』
それは海の怪物の名だった。旧約聖書に登場する伝説上の生物。海を支配する巨大な亀の姿をしているとされる。その姿を見た者は死ぬとも伝えられるが、その真偽は不明。また、姿形から『海の魔王』『大いなる海の主』とも呼ばれており、蛇のように長い身体を持ち、背中には無数の棘があり、目に当たる部分は三日月形の傷跡があるとされている。
旧約聖書において、人類の歴史が始まって以来、初めて出現した大洪水の記述の中にその名が記されていることから、少なくとも紀元前3世紀にはその存在が確認されていたことがわかる。
ちなみに、リヴァイアサンには「破壊者」「復讐者」の意味もあるらしい。
しかし「破壊者」という言葉からは想像できないほど、「リヴァイアサン」は温かく優しい響きを持つ名前だった。
それはまるで……母親のような優しさを感じさせるのだ。
だからだろうか? 僕はつい口にしてしまった。
「あなたはきっと良いお母さんになるよ」
「え?」
僕の言葉に驚いたのか、彼女は目を見開いたまま固まった。
その表情から察するに、僕の言葉が意外だったということだけは分かった。
しまった! まずった!? そう思った時にはもう遅い。
「あぁああ!! ごめんなさい!!」
「ふふふ。別に気にしてないわ」
慌てる僕とは対照的に、彼女は落ち着いた様子で言った。
「ごめんなさいね。
驚かせてしまったかしら?」
僕は恐るおそる質問してみた。
「あの……どちら様でしょうか?」
すると、彼女は少し困ったような表情を浮かべたあと、答えてくれた。
「私の名前は『スピカ』よ。
あなたと同じ、『旅人』の一人」
同じ『旅人』という言葉を聞いて、僕の緊張が一気にほぐれていった。
そして、改めて彼女の姿を確認すると、なんとも不思議な格好をしていた。
それはまるで、アニメのキャラクターのような服だったからだ。
「ところで、ここはどこなのかしら? 確か私は、自分の部屋にいたはずなのだけれど……」
そう言って彼女は辺りを見回していたけど、その視線はすぐに止まった。
「あら、綺麗な星空ね」
言われて初めて気付いたのだが、確かにとても美しい夜景が広がっていた。
それは、月光の下に広がる海原だった。見渡す限りの海と空だけが広がる光景に言葉を失う。
「……綺麗ですね」
思わず漏れた呟きに、隣に立つ女性が静かに笑った。
「えぇ、そうね」
その笑顔を見てハッとする。今の言葉は目の前の女性に向けてではなく、自分自身に向けたものだったからだ。
慌てて口を押さえるがもう遅い。きっと彼女に失礼な態度を取ってしまったに違いない。
僕は今年で高校2年生になった。
去年からクラス替えがあったものの、特に仲の良い友達とも同じクラスになれて僕はとても満足している。
新しいクラスメイトともそこそこ仲良くなっているから新学期早々困ることは無いと思う。
それにしても今日は何時もの通学路が混んでいる。
何かあったんだろうか? 人の流れに逆らわず歩いていると、少し先に見知った顔を見つけた。
「おーい!唯香!」
後ろ姿しか見えないけど、見間違えるはずがない。
僕の幼馴染みの白波 唯香である。
彼女もまたこちらに気付いたようで振り返った。
「あぁ、陽介君おはようございます」
「おはよう……あれ?唯香ってこっちの道通らないよね?」
そうして彼らは再び歩きだす。
己の人生という名の道を……。
その果てにあるものが何かなんてわからないけれど、それでも自分の足で進むしかないのだ。
それはとても大変なことだけれども、決して悪いことじゃない。だって人生なのだから。
「あー……もう朝かぁ」
カーテン越しに差し込む日差しを感じて目を覚ました俺は、身体を起こしながら大きく伸びをした。
ベッドから起き上がり窓際まで歩いて行くと、少しだけ開いた窓から朝の新鮮な空気が流れ込んでくる。
まだ眠気が残っているせいなのか、頭がうまく働かない。
ぼーっとしているうちに時間が過ぎて、また同じ夢を見るのだろうか……。……ああ、そうだ。
もうすぐ起きるんだった。
早く起きないと遅刻してしまうかもしれない。
さっきまで見ていた夢の内容はよく覚えていないけど、すごく悲しい気分だったことだけはなんとなく思い出せる。
きっとその夢の続きを見たくないからこそ、僕はこうして目を覚ましたのだと思った。
布団の中で大きく伸びをして、ゆっくりと身体を起こす。
それからベッドの横にあるカーテンを開けると、窓の向こうには雲ひとつ無い青空が広がっていた。
こんなにも清々しい朝なのに、どうして僕の気持ちは晴れないのだろう。
それはたぶん、昨日の出来事が原因だと思う。