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グランツの言葉に、私は驚きながらも首を縦に振ることしか出来なかった。
「……リース皇太子殿下も」
と、付け足すようにグランツは言うとさらに頭を深く下げる。
町の人々は、私達のことを見て……いや、リースを見て確かに皇太子殿下に似ているようなとざわめいていた。私が聖女であるということは誰も気づいていないようで、殿下らしき人の隣にいるのは誰だ? と言うような奇怪な目を向けてきた。そして、グランツは立ち上がって私達を先導するように歩き出した。
私達はその後ろについていくと、リースは私を守るように肩を抱き寄せてくれた。
「あ、あばば……ど、どしたの!?」
「いや、先ほどから震えていたからな」
「えっ、私震えてる?」
と、私は自分の手を見ると本当に微かにだが小刻みに手が震えていて、私は自分で自分が情けなくなった。
何故、今まで気づかなかったのだろうか。
「お前は、怖いのも痛いのも嫌いだったからな。だけど、ここに来て強くなった」
「……リース」
強くなんかない。と返すと、リースは私にお前は変わった。と返され言葉に詰まった。
彼の言っていることはよく分からなかったし矛盾していた。この震えは恐怖から来たものだろうに、どうして死を怖いと思っている私が強いというのだろうか。
私なんかじゃなくて、強いのはリースだろうに。
(結局最後の最後でデートも台無しになっちゃったし)
先を行くグランツが、先ほどのナイフの男について話してくれる。
どうやら、あの男は混沌を信仰する教徒の人間で聖女である私を狙っていたのだとか。もし、私を殺せなかったとしても皇太子であるリースを、と。あまりに無謀な作戦だと思ったが、リースの言ったとおりあの場で魔法をうてば街の人に当たっていた可能性があっただろうし、グランツが助けてくれなければどちらかがナイフで刺されていただろう。
でも、何故私が聖女だと分かったのか。
街の人は皆私のことを髪色を変えているだけで、いや変えていなくても聖女だと分からないというのにあの男は私だとはっきり分かっていた。結局、あの晩、聖女の召喚に成功しパーティーが開かれたが、あそこにいたのは貴族だけで、そこで事件が起こったことにより市民への私の紹介はなくなったわけで。
風の噂程度にしか、聖女が召喚された何て広まっていないだろうに。
なのに、何故。
(誰かが、情報を流したとか……? いや、でも情報って言う情報じゃないし……)
情報を流すも何も、聖女とは金髪純白の瞳で、私は銀髪の夕焼けの瞳似ても似つかぬ容姿の私が狙われるなんて可笑しい。聖女を狙えとの話であればやはり、その二点で近いものを狙うのであろう。ということはだ、やはり私のことを知っている誰かと言うことになる。
そこで、私はあることに気がつき足を止めた。
「どうした? エトワール」
「あ、いや……ううん、何でもないの。あ……あ、えっと、その混沌を信仰する宗教? 教徒って名前とかあるの?」
「ヘウンデウン教です」
そう口を開いたのはグランツだった。
私は、その名前を聞いたことがあるようなと記憶を辿っていると、グランツが説明をしてくれた。
ヘウンデウン教は、先ほど教えて貰ったとおり混沌を信仰し、災厄を早め、災厄を起こすことを目標に、そしてそれらを起こした後に作られる新世界を目指し作られた宗教団体なのだと。
曰く、闇魔法の者達が集う宗教団体なのだとか。
光のない世界を目指し、暴力、渇望、飢餓、負の感情だけが渦巻き人々が争う世界を。
それを聞いて狂っていると思った。
光魔法を使う者達を恨んで、災厄を起こし自分たちが住みやすい世界を創る為に人を殺す団体。災厄を打ち返す力のある聖女の暗殺を企てるのはごく自然なことだった。
そういえば、確かアルベドを狙っていた暗殺者達も先ほど襲ってきた男と同じ紋章のナイフを使っていたような。
「何はともあれ、お二人方が無事で良かったです」
グランツは、聖女殿まで最短ルート且つ人混みを避けて送ってくれ、まだ仕事があるからと戻って行ってしまった。
ピンチの時颯爽と現われて、救ってくれて去って行く。まるで、ヒーローみたいだなと思ってしまう。
それはさておき、問題はこの後だ。
「……うぅ」
「どうした、唸って」
リースと二人残されてしまい、私は一気に気まずくなってしまった。先ほどの命の危険が迫ったハラハラではない、この空気。
あそこまでは、良い感じにデートが進んでいたというのに最後の最後で台無しになってしまった。
きっと、リースは機嫌が悪くなったに違いないと。だから、私は顔を合わせれずにいた。俯いて、ただ小刻みに震える事しか出来ない。だって、一応顔が推しで、中身が元彼の彼と話すなんて気まずすぎるし、無理過ぎる。だって、私コミュ障!そう心の中で叫んでも、口からは何も出てこないわけで、気まずい時間は流れ流れるだけだった。
そんなとき、その気まずさを払うようにリースが口を開いた。
「今日は楽しかった。ありがとう」
「え……」
思わず、間抜けな声が出てしまった。
彼は、一体何を言っているのか理解できなかった。いや、言葉の意味自体は分かるのだが、どうしてそれを彼が言うのだろうかと。
だって、楽しませてくれたのはリースだったから。
「あ、いや、こちらこそありがとう、初めての祭りで全然何にも分からなかったし、それにリースがいなかったら楽しくなかっただろうし、心細かっただろうし、いなかったら一緒にまわる人とか……祭りにもこれてなかったから、だろうし、だから」
口からは、途切れ途切れで繋がらない言葉だけが溢れていく。
結局自分で何が言いたいのか分からずに、ただただ溢れた言葉を拾いあげてどうにか楽しかったと伝えたかった。
もう恋人同士じゃないんだけど、それでも二人でまわることにドキドキもしたし、不安もあったけど、でも、それ以上に楽しかったのだ。
私にとって、リースは推しである以前に元彼で、一緒にいて少なからず楽しかった人だから。
だけど、私の思いは上手く伝わらなかったようで、リースは黙ったままで何も言ってはくれなかった。
そうして、また暫くの沈黙の後リースは私の頭を優しく撫でてくれた。訳が分からず顔を上げると、彼は微笑んでいた。
(リースの顔は直視出来なかったけど、これって、きっとリースの笑顔じゃなくて……)
ふと、前世の遥輝の姿と重なり、彼が微笑んでいるようにも見えて私は目を丸くした。
外見はリースでも矢っ張り中身は遥輝で、遥輝の良さはリースには無いもので。私は見惚れているとリースが意地悪げに「惚れ直したか?」と聞いてきたため、私は全力で首を横に振った。
「違う! ダメ! 自惚れないで! って、これも違うぅ! だ、だってリース様、推しだし顔とかルックスとかは最高だけど、その惚れ直したって遥輝にでしょ!? 断じて違う、でもでも、ちょっと」
「ちょっと?」
リースが聞き返してきて、ハッと我に帰る。
今、私何を言おうとしてたんだと。
(ドキドキしたって言おうとしてた!? 待って、口滑らなくて良かったセーフッ!)
言っていたら、リースがきっと勘違いしてしまう。私がまだ好きだって勘違いしてしまう。今は好きじゃない、いいや初めから彼に対して恋愛感情があったか微妙で未だに彼への気持ちは分かっていないのだけど。でも、きっとそれを言ってしまったら誤解されてしまう。絶対に。
けれど、やっぱりドキドキしたのは事実だった。
いつもと違う服装で、美味しいものを一緒に食べて、そして暗殺者から守ってくれて。
惚れない要素はないってぐらいの完璧なのに、私は一歩踏み出せずにいた。ふと見れば、彼の好感度は92になっているのに、私は気持ちに整理がついていないのだ。他の攻略キャラだって順調に上がっていっているわけだし。
「……ねえ、やっぱり、私わかんないよ」
「何がだ?」
「アンタが私を好きな理由。だって、私アンタの事フッたじゃん。私最低だもん……ねえ、なんで私の事好きなの?」
私はぽろりとその言葉をこぼしてからリースを見上げた。
リースは、ルビーの瞳を酷く揺らし私の肩に手を置いた。
「俺は――――」