テラーノベル
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アジトへ続く道は、ひどく静かだった。 任務を終えたばかりの身体には、わずかな疲労がまとわりついている。(少し急ぎめに歩いたので少し疲れましたね…)
そう思いながら、扉へ手をかける――その瞬間。
ニョキッ
「ッ⁈」
視界の端で“手”が生えたように見えた。
反射的に身を引く。
「ハァイ!おかえり!ドッスくーん!」
そして現れたのは、見慣れた白と黒。
ニコライ・ゴーゴリだった。
「…ゴーゴリさんでしたか。」
一拍置いて、ため息混じりに言う。
「びっくりした?」
「まぁ、そうですね。」
「えっ?本当に?やったー!君がびっくりすることなんてあるんだね!」
嬉しそうに声を弾ませる姿に、わずかに眉が寄る。
(私は驚きますよ、私は)
――兄は別だろうが。
その一言は、胸の内に留めた。
「いきなり空間移動を発動するのはやめてください。心臓に悪いですし、怖いですから。」
そう言うと、ゴーゴリはきょとんとした顔をする。
「え、ドス君が、怖い?…つまり、私がドス君のハジメテもらっちゃったってこと⁈」
「言い方が嫌です。」
即答だった。
「あと、怖がることくらい僕にだってありますよ。」
軽く睨みを効かせる――が。
全く効いていない。
「ってことは、ドス君は卒業済みだったってこと⁈」
「ですから言い方が嫌です。」
ぴしゃりと切り捨てる。
(慣れたつもりでいたけれど、この人のノリにはなかなか理解ができないですね…)
内心でそう評価しながら、静かに息を吐いた。
するとゴーゴリは、くるりと一回転してこちらを覗き込む。
「それで、これから一緒に出かけるんでしょう?」
「そっ!逢引だね!」
弾む声。無駄に楽しそうな笑顔。
「逢引ではありませんが。」
冷静に訂正する。が、そんな反論の声も虚しく
「レッツ!変装ターイム!!」
響き渡る軽快な声と、どこからともなく流れ出す音楽。場違いなほど陽気なリズムが、密やかな空間を一瞬で塗り替える。
「⁈」
反応する間もなく、視界がくるりと回った。
布の擦れる音。指先に触れる別の質感。肩に何かが掛けられ、腰に触れ――
(ちょっ、この人どさくさに紛れてどこ触ってんですか⁈)
「やっ、ちょっと、やめっ!」
抗議の声は、音楽と本人のテンションに飲み込まれる。
十数秒――いや、体感ではもっと短い一瞬だった。
「うーん!やっぱり私ってば天才かも!めちゃくちゃに可愛い!」
満足げな声が響き、ようやく“嵐”は止まった。
「……」
フェーニャはゆっくりと息を整え、近くの姿見へと視線を向ける。
そこに映っていたのは――見慣れない自分だった。
黒のハイネックが首元をすっきりと引き締め、その上には茶色のショート丈のウールジャケット。無駄のないシルエットが体の線を程よく隠しながら、どこか洗練された印象を与えている。
視線を落とせば、膝丈の黒いレザースカート。動くたびにわずかに光を弾き、冷たい艶を宿していた。
そして頭には――ふわりとした毛並みのウシャンカ。だがいつものものとは違い、キャップのようなつばがついている。
「……」
しばらく、無言で鏡を見つめる。
(……悪くは、ない)
むしろ、驚くほどに“整って”いた。
「どう?どう?似合ってるでしょ⁈」
隣で跳ねるように覗き込んでくる白黒の男。期待に満ちた目。
フェーニャは一度視線を逸らし、それから淡々と口を開いた。
「……これ、クローゼットにあった服……じゃないですよね?」
「そ!」
即答だった。
「ここにあるやつはね、絶対ドス君に似合うことが確定してる高級品ばっかりなんだけど――」
くるりと回りながら、誇らしげに笑う。
「どうせデェト行くなら、私の買った服を纏って欲しいなって思ったのさ⭐︎」
「……」
フェーニャは、もう一度自分の袖口に触れた。
滑らかな布地。肌に吸い付くような質感。仕立ても、縫製も、明らかに上質だと分かる。
(……やはり)
ただの遊びではない。
「でもこれ……」
言いかけて、言葉が止まる。
(自分の与えたものだけを身につけて欲しい、なんて……)
一瞬、脳裏に浮かぶ人物。
(……兄さんと同じようなことを言う人がいるとは)
小さく、息を吐く。
「何か言った?」
「いいえ、何も。」
コンコン、と控えめなノックの音が部屋に響いた。
先ほどまでの騒がしさとは対照的な、妙に落ち着いた音。
「? イワンですか?」
「はい、イワンにございます!」
扉が開かれ、現れたのは予想通りの人物――イワン。 いつも通りの、貼り付けたように整った笑顔。
だが。
「その手に持っているのはなんでしょう……?」
フェーニャの視線は、彼の両手にしっかりと抱えられた箱へと向けられていた。
「勿論、私めが厳選に厳選し致しました化粧品にございますよ?」
「……冗談ですよね?」
一応、確認する。ほんの僅かな期待を込めて。
「まさか」
即答だった。 しかも一切の迷いも、冗談めかした色もない。
(終わりましたね……)
心の中で静かに悟る。
「私がイワン君に頼んでおいたのさ〜!」
ゴーゴリはニッコニコと、悪びれた様子も見せずに言い放つ。
「やっぱ完璧な状態でデェトしたいじゃん?」
「逢引ではありませんが。」
間髪入れず訂正を入れるも、
「まぁ元から整った顔立ちだから必要ないかもだけど⭐︎」
完全に聞いていない。
「じゃっ!私もその間着替えてるから〜」
ひらひらと手を振り、そのまま軽やかに部屋を出ていく。
残されたのは――
「では、失礼いたします。」
にこやかに一歩踏み出すイワンと、
(逃げ道がない……)
静かに観念したフェーニャだった。
――――
「こちらを少し失礼して……はい、目を閉じてください。」
「……。」
指先が頬に触れる。冷たいクリームの感触。 普段は触れられることを極端に嫌うはずなのに、相手がイワンだからか、不思議と拒否する気にはならない。
(兄さんの部下、というだけでここまで信用してしまうのも……どうかと思いますが)
淡々と、しかし丁寧に作業は進んでいく。
薄く整えられる肌。 ほんのりと色づく唇。 目元にはわずかな陰影が加えられ、元の顔立ちがより際立っていく。
「お綺麗ですよ。」
「……そうですか。」
感想は簡素だが、鏡を見なくても“変わった”ことは分かる。
続いて、髪。
肩より少し長い黒髪をすくい上げ、器用に編み込んでいく。
(……慣れている)
動きに一切の迷いがない。 まるでこれが日常であるかのように。
やがて。
「完成でございます。」
鏡の前に導かれる。
そこに映っていたのは――
いつもの“ドストエフスキー”ではない、 柔らかく年相応の少女…否、美少女の姿。
編み込みのハーフアップが、黒く真っ直ぐな髪に軽やかさを与え、先ほどの衣装と相まって、全体の印象を大きく変えていた。
「……」
しばし、無言。
(……少し、やりすぎでは?)
そう思いつつも、
否定しきれない完成度に、何も言えなくなる。
「ゴーゴリ様もお喜びになりますね。」
「それは、あまり嬉しくありませんね……」
ぽつりと返す。イワンは微笑みを崩さなかった。
その時――
「おまたせ〜!!」
勢いよく扉が開かれる。
現れたゴーゴリは、一瞬――本当に一瞬だけ言葉を失った。
「……」
「……何ですか、その顔は。」
「いや、ちょっと待って」
額に手を当て、空を仰ぐ。
「想像以上なんだけど???」
「はぁ……」
深いため息。
「あー…」
久々の本当の声になんとなく違和感を感じる。すると視線を感じ、目の前の男を見る。
「何ですか?」
ゴーゴリは耳を赤く染めて固まっていた。
「いや、いつもと違って、その…」
ゴーゴリは片手で目元を隠しながら、ちらちらと指の隙間からこちらを見ている。
「背を高くする靴もないし、服装も女の子らしいから、知ってはいたけどやっぱり君は女の子なんだね。」
その声音は、いつもの軽薄さを含みながらも、どこかだけ妙に“実感”を帯びていた。
視線を上げると――
彼自身もまた、しっかりと“整えられて”いた。
白の無地キャップに、わざと少し汚したスニーカー。第一ボタンを外した白シャツに、片袖だけ無造作に捲られている。白寄りのライトグレーのズボンが全体を軽やかにまとめ、解かれた三つ編みの髪は、わずかに跳ねながら流れていた。
きちんとしているのに、どこか崩れている。
(……らしいですね)
“完璧にしない”ことで成立する完成度。
(ここまでやられたら仕方ありませんね……)
小さく息を吐く。
そして、首元へと手を伸ばした。
チョーカー型の変声機。その中央にあるボタンを、ためらいなく押す。
「あー……」
久しぶりに響いた、自分本来の声。
わずかに柔らかく、そして確かに“女の声”。
(……やはり、少し違和感がありますね)
そう思った瞬間、
じっと見つめる視線に気づく。
「何ですか?」
問いかけると、
ゴーゴリは――完全に固まっていた。
耳だけが、分かりやすく赤く染まっている。
「……いや、かわいい。かわ、可愛すぎるでしょ……!」
思考をそのまま口に出したような声。
一切の加工も、取り繕いもない。
(なんとも面倒臭い人ですね……)
内心で冷静に評価しながら、
「そうですか。それは褒め言葉として受け取りますね、ありがとうございます。」
感情の乗らない、綺麗な棒読みで返す。
完璧な距離感。
だが、
ゴーゴリはなぜかさらに顔を押さえた。
「いや無理だってそれ……破壊力がさ……」
ぶつぶつと何か言っている。
(……本当に騒がしい)
ふと、横に視線をやる。
そこには――
無言でカメラを構えるイワンの姿。
しかも、明らかに高価そうな機材。
レンズの光沢からして、ただの趣味ではない。
「……イワン?」
「はい。」
「何をしているのです?」
「記録にございます。」
即答だった。
「……何のです?」
「歴史的瞬間の、でございます。」
にこやかだった…。異様なほどに、にこやかだった。
「……消してください。」
「お断り申し上げます。…それに、これは主様のご意志でもございますので。」
そう言われてしまえばどうにもできない。
(兄さん、絶対怒ってると思うのですがね…)
妹のことになるとIQが下がる兄のことだ。逢引などもってのほかに違いない。
そんなことを考えていると、頭の上から声が降りてきた。
「ドス君、君のこと、今日はなんと呼べばいいかな?」
な?」
「……」
一瞬だけ思考が止まる。
確かに、この姿で“ドス君”は不自然だ。 だが――
(“お好きにどうぞ”は却下ですね)
そう言えば、確実に“フェージャ”と呼ばれる。
それは――兄の名だ。
フョードル。 そして、その愛称であるフェージャ。
(……それを、他人に呼ばれるのは)
流石に、抵抗があった。
ならば。
フェーニャはほんの一瞬だけ目を伏せ、
そして、静かに口を開く。
「フェオドラとでもお呼びください。」
その名は、本来の名前。
だが同時に――
ほとんど、誰にも呼ばれたことのない名前だった。
兄が呼ぶのは愛称である“フェーニャ”。 それ以外の者は、そもそも知ることすらない。
だからこそ、その響きには、
どこか距離と、線引きが含まれている。
「フェオドラ、かぁ……」
ゴーゴリはその名を転がすように呟いた。
「いい名前だね。綺麗で、でもどこか冷たくてさ。」
くすり、と笑う。
「うん、いいや。今日はそれで呼ぼう――フェオドラ。」
その呼び方は、思っていたよりも自然だった。
違和感はある。
だが、
(……悪くは、ないですね)
ほんの僅かに、そう思ってしまった自分に気づく。
その時、
カシャッ
「……イワン。」
「はい。」
「今のも撮りましたね?」
「勿論でございます。」
「消してください。」
「お断り申し上げます。」
やはり、にこやかだった。
フェオドラは小さくため息をつき、
「……もういいです。」
とだけ呟いた。
そして前を向く。
その先には、騒がしくもどこか楽しげな道化師の背。
(……全く)
今日は、いつも以上に――
静寂とは程遠い一日になりそうだ。
コメント
3件
第4話最高でした!ゴーゴリに無理やり着せ替えられたフェーニャ(フェオドラ)の困惑と、でもちょっと嬉しそうな矛盾した心情がめっちゃ刺さる…!変声機切って本来の声になった瞬間のゴーゴリのドッキリ&赤面、イワンのカメラ係と化す執念も面白くて何度も読み返したくなります。兄との関係もチラ見えして、続きが待ち遠しいです😭💕 猫の小判さん、この空気感やばすぎます!
双葉 莉音
161
#フョードル・ドストエフスキー(文豪ストレイドッグス)
旅人X
1,210
#フョードル・ドストエフスキー(文豪ストレイドッグス)