テラーノベル
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「…で、我々はどこにお出かけに行くのでしょうか。」アジトを出て、人通りの多い通りへと足を踏み入れる。 喧騒。人の声。店先から漂う香り。
だが――
肝心の“目的地”は、聞かされていない。
(不本意ですが“逢引”と言うくらいですから、何か考えはあるのでしょう……)
そう思い、隣を歩く男へ視線を向ける。
「…あの、まさかとは思いますが…?」
「そ!決めてない!」
満面の笑みだった。
「帰りますよ」
間髪入れずに踵を返す。
しかし、
「待って待って待って!」
慌てたように腕を掴まれる。
「違う違う!決めてないっていうのも計画のうちだから!」
「意味が分かりません。」
即答で切り捨てる。
だがゴーゴリは、まるで気にした様子もなく笑っていた。
「だってさ、デェトって“何をするか”じゃなくて“誰とするか”が大事でしょ?」
「詭弁ですね。」
ぴしゃり。
一刀両断だった。
それでも彼は楽しそうに肩をすくめる。
「まぁまぁ!ほら見てよ!」
ひょい、と前方を指差す。
視線の先。
そこには――
色とりどりの店が並んでいた。
甘い香りを漂わせる菓子店。 布地が揺れる服飾店。 小さな飾り物が並ぶ雑貨屋。
雑多で、騒がしくて、けれどどこか温かい空間。
「……」
フェオドラは、しばらく無言でその光景を見つめた。
(……たしかに)
こんな場所を、ゆっくりと歩くことなど――
(今まで“私だけのため”に出かけることはなかったかもしれないわ)
この姿でいる時は、常に“フョードル・ドストエフスキー”である必要がある。
目的のため。計画のため。世界のため。
(だからこそ、自分の時間なんて必要ないと……思っていたはずなのに)
ふと、脳裏に浮かぶ声。
――“フェーニャ。お前にはもっとお前らしいことをさせてあげたいのですが……苦労をかけるね”
兄の言葉。
静かで、優しくて、どこか申し訳なさを含んだ声。
「……」
ほんのわずかに、視線が揺れる。
「どう?ちょっとは興味出てきた?」
隣から覗き込むようにゴーゴリが言う。
フェオドラは一度目を閉じ、そして――
「……別に。」
そう言いながらも、足は止めなかった。
むしろ、
ほんの少しだけ、通りの方へと向き直る。
「ただ、時間は有限ですから。」
「おっ、じゃあ行く?」
「効率よく回れるなら。」
「ははっ、効率気にするデェト初めて聞いたよ!」
笑いながら、彼は軽やかに一歩前に出る。
「じゃあまずはどこ行く?甘いもの?服?それとも――」
「……」
フェオドラは、再び通りを見渡した。
甘い香り。 柔らかな色。 人々の穏やかな表情。
(……少しくらいなら)
#ご本人様とは一切関係ありません
猫の小判
158
#フョードル・ドストエフスキー(文豪ストレイドッグス)
旅人X
1,210
#フョードル・ドストエフスキー(文豪ストレイドッグス)
ほんの少しだけ。ほんの少しだけなら。
「甘いものが…食べたいです。」
そう言うと、隣にいた男の口角が上がった。
「りょーかい!」
そのまま、くるりと踵を返すと人混みの中をすいすいと進んでいく。
「ちょ、ちょっと待ってください。急ぎすぎです。」
「ほらほら!甘いものは逃げないけど、いいお店は逃げるかもしれないよ!」
「意味が分かりません。」
そう言いながらも、
掴まれた手は――
振り払われることはなかった。
雑踏の中。
騒がしい人の流れの中で、
その手だけが、不思議と確かな温度を持っていた。
ーーーーー
人混みを抜け、甘い香りに誘われるように辿り着いたのは、小さなカフェだった。
木製の扉。ガラス越しに見える柔らかな灯り。 外の喧騒とは切り離されたような、穏やかな空間。
「ここにしよっか!」
「……任せます。」
扉を開けると、ベルが小さく鳴った。
席へ案内され、ようやく一息ついたその時――
「ゴーゴリさん、あの」
ふと、向かいの男に声をかける。
「コーニャ」
「?」
一瞬、意味が分からず瞬きをする。
「ゴーゴリさん」
「コーニャ」
間髪入れず、被せられる。
「……コーニャ」
わずかに間を置いて、そう呼ぶ。
すると――
「なんだいフェオドラ‼︎」
やたら元気よく返ってきた。
「愛称にする必要ありますか?」
「あるに決まってるでしょ!」
即答だった。
「距離感って大事なんだよ?」
「必要ありません。」
ぴしゃり。
しかしゴーゴリは満足そうに頷いていた。
「素敵な彼女さんですね!」
突然、店員の明るい声が割り込む。
フェオドラは一瞬だけ視線を上げた。
「いや、恋仲では…」
説明しようとした、その瞬間。
「いやぁ、彼女ではなく私の奥さんなんですよ」
「……は?」
腰に回された腕。
ぐっと引き寄せられ、体の距離が一気に縮まる。
「ご夫婦でしたか!失礼しました。大変可愛らしい奥様ですね」
にこやかな店員。
だがフェオドラの思考は完全に停止していた。
(奥さん……ですって⁈)
一拍遅れて、理解が追いつく。
「いやぁ、そうでしょう?うちの奥さんは可愛いでしょう?」
得意げに語る男。
「後でお話があります」
低い声。
「わぁ⭐︎楽しみ〜」
全く堪えていない。
「仲がよろしいんですね〜」
「そうでしょう?ツンデレなところもまた可愛くって痛!」
ゴーゴリの足を、無言で踏み抜く。
ぐり、と遠慮なく力を込める。
「……少し静かにしていただけますか?」
「ははっ、はいはい!」
全く反省していない声だった。
席へ案内され、向かい合って座る。
テーブルの上には、小さな花瓶と、整えられたカトラリー。
どこか落ち着いた空気。
「ご注文は何にいたしましょう?奥様の好きなものはなんですか?」
再び店員が尋ねる。
「……」
一瞬だけ、言葉を選ぶ。
そして、
「…紅茶とベリージャム、です。」
静かに答えた。
「あとダークチョコレートも!でしょ?」
横から割り込む声。
「……よくお分かりで」
わずかに目を細める。
「でしょでしょ!」
なぜか誇らしげだった。
「でしたらこちらは如何でしょうか?」
店員がメニューを差し出す。
そこには、紅茶とベリージャムを添えたスイーツ、そしてダークチョコレートを使ったデザートが並んでいた。
フェオドラはそれを見つめ、
ほんの少しだけ――
柔らかく、息を吐いた。
(……悪くないですね)
隣では相変わらず騒がしい男が笑っている。
だがその喧騒すら、
今は少しだけ、心地よく感じられた。
ーーーーー
運ばれてきた皿を前に、フェオドラはほんのわずかに目を見開いた。
「……綺麗ですね」
紅茶とビターチョコレートのシフォンケーキ。 ふわりと軽い生地の上に、とろりとかかったベリージャムが鮮やかな色を添えている。
「……」
フェオドラはしばし無言でそれを見つめた。
そして一口、フォークを入れる。 驚くほど柔らかく、抵抗なく沈む感触。
そのまま口へ運ぶと――
「……っ」
ほんの一瞬、目がわずかに見開かれた。
(美味しい……)
紅茶の香りがふわりと広がり、 ビターチョコのほろ苦さが後を追う。 そこにベリーの酸味が重なって、すべてが綺麗にまとまっていた。
「……」
無意識に、もう一口。
普段の無表情はそのまま。 けれど、ほんのわずかに頬が緩んでいる。
それを、向かい側の男はじっと見ていた。
「……ふふ」
「……何ですか」
「いや?別に?」
明らかに楽しそうだった。
「美味しいでしょ、それ」
「……ええ。認めます」
「でしょ〜!」
満足げに笑うゴーゴリの前には、別の皿。
期間限定のお芋のモンブランと、つややかなプリンのプレート。
「ほら、これも美味しいよ」
そう言って、スプーンですくい――
当然のように、フェオドラの口元へ差し出す。
「……何を」
「“あーん”」
「しませんが」
即答だった。
「えー、いいじゃん減るもんじゃないし」
「そういう問題では――」
言いかけて、止まる。
ふわりと漂う甘い香り。 さきほど自分が食べたものとはまた違う、濃厚な誘惑。
「……」
ほんのわずかな沈黙。
「……一口だけです」
「やった!」
「調子に乗らないでください」
渋々と、しかし確実に口を開く。
「あーん」
「……」
ぱくり。
「……っ」
今度は少しだけ、表情が揺れた。
(……甘い)
さつまいもの自然な甘さに、カラメルの苦味が絡む。 思った以上に好みだった。
「どう?」
「……悪くないです」
「素直じゃないなぁ」
「うるさいです」
小さく言いながら、視線を逸らす。
そして。
「……では」
フォークを手に取る。
自分のシフォンケーキを一口分すくい――
ほんの一瞬、迷う。
(……やられたままというのも、癪ですね)
すっと、差し出した。
「……どうぞ」
「え、まさかの返し?」
心なしかゴーゴリの顔が赤くなっているように見える。
「嫌なら結構です」
「いや食べる!」
即答だった。
「あーん」
「……」
ぱくり。
「ん〜、やっぱこれも美味しいね」
満足そうに笑うその姿に、フェオドラは小さく息を吐いた。
(……何をしているのかしら、私は)
そう思いながらも、どこか拒みきれない自分がいる。
そのとき。
「……」
ふと、違和感。
フォークを持つ手元に視線を落とす。
(……邪魔ですね)
袖が長い。 手元にかかり、わずかに動きを妨げる。
日本でいう萌え袖とやらのような状態になっているそれに、眉をひそめた。
「どうかした?」
「……いえ。この上着が少し」
「ん?」
ゴーゴリは一瞬きょとんとした後、にやりと笑った。
「ああ、それね」
「?」
「それ、私のだから」
「……は?」
思考が、一瞬止まる。
「え?」
「だから、私の上着。貸してあげたの」
「……」
ゆっくりと、自分の着ているジャケットを見下ろす。
そして、もう一度彼を見る。
「……は?」
二度目だった。
「サイズ合ってないでしょ?そりゃそうだよ、私のだもん」
「聞いていませんが」
「言ってないし」
「言ってください」
真顔で返す。
「いやでもさ」
ゴーゴリは楽しそうに身を乗り出した。
「つまりこれ、“彼シャツ”ってやつだよね?」
「違いますが?」
「え〜?概念的にはそうじゃない?」
「違います」
「でも私の服着てるよ?」
「それは貴方が勝手に――」
「しかもデェト中」
「逢引ではありません」
「いやもうこれ完全に彼シャツイベントじゃん」
「違います‼︎」
珍しく声が強くなる。
その様子を見て、ゴーゴリは肩を震わせて笑った。
「ははっ、いいねぇその反応」
自分がずっと“それ”を着ていたという事実は消えない。
じわじわと理解が追いつく。
「……」
頬に熱が集まる。
「……本当に許しませんから」
低い声。
しかしゴーゴリは、
「えっ、なんて?気に入ったって?」
まったく気にしていない。それどころか何故かポジティブに捉えている。
フェオドラは無言でフォークを握り直し、
そして、
――ゴンッ
テーブルの下で、しっかりと彼の足を踏んだ。
「痛っ」
「当然です」
「でも可愛いから許す!」
「許しません」
そのやり取りの中で、
彼女の袖は変わらず、少しだけ長かった。
そしてその中に隠れた手は―― ほんの少しだけ、甘さの余韻を握りしめていた。
コメント
3件
あおいです🤍 第伍話、甘くて楽しいエピソードでしたね! 「決めてない!」からのゴーゴリさんの「デェトは誰とするかが大事」って台詞、ずるいなぁって思いました(笑)フェオドラの冷静なツッコミも絶妙なんですけど、甘いものが食べたいって素直に言えたところとか、あーんの返しをしたところに、じわじわ心開いてる感じが伝わってきて…! あと「彼シャツ」ならぬ「彼ジャケット」のくだりは声出して笑いました。あのサイズ感の違和感にちゃんと伏線が張ってあったんですね。お店の人が「奥様」って呼んだのも含めて、二人の空気がどんどん柔らかくなっていくのが本当に愛おしかったです🌷