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 夜。

 僕はベッドの上で暗い天井を見上げながら、何とも言えない気持ちでウトウトしていた。

 結局あのあと、グラウンドに描かれたペンタグラムはお昼までには校長と教頭、それから井口先生の手によって、その跡がうっすら見える程度にまで消し去られた。

 ペンタグラムによって集められた地力とやらがどうなったかについては、これから井口先生が調べるという。

 一応、楸――真帆への疑いは完全に晴れたようだったけれど、今度は逆に一体誰が何のためにあんなことをやったのか、という謎が残って、井口先生はしきりに首を捻っていた。

 真帆も放課後、僕をお供に引き連れて職員室へ赴き、「手伝いましょうか?」と井口先生に声を掛けたのだけれど、「お前が関わると話がややこしくなるからいい」と一蹴され、「せっかくやる気を出して見せたのに……」と頬を膨らませたのだった。

 それから二人して他愛もない会話を交わしながら帰宅、今に至るというわけだ。

 こうして改めて振り返ると、この数日で僕が得たもの|(と言ってよいのかわからないけど)は楸真帆という彼女|(但し学校限定)であり、井口先生からお目付け役のようなものを言い渡されたことを除けばただそれだけである。

 死の呪いなんてものはそもそも存在しておらず、だとしたら一昨日の夕暮れ、僕はただ真帆からおでこにキスをされたってことになるわけで……

 思いながら、僕は自分のおでこに手を当てた。

 あの時の柔らかい感触を思い出し、身体が徐々に熱を帯びていくのを感じながら、ベッドの上で足をバタバタさせた。

 入学以来、真帆に告白した男子は数知れず、あの様子だともしかしたら中学校の時もそうだったのかもしれない。

 そんな真帆が、数いる男子の中から僕を選び(?)、おでこにキスをしてきたばかりか付き合いましょう、なんて言ってきたのだ。

 これまでフラれてきた男子からすれば、さぞや羨ましいことだろう。

 そう考えると、何だかよくわからない優越感と嬉しさで、顔がニヤけて仕方がなかった。

 今まであまり色恋沙汰に興味のなかった僕だけれど、例え楸さんの言うように『男子からの告白や女子からのいちゃもんを避けるため』だったとしても、意識せずにはいられなかったのだ。

 ただ、釘を刺すように言われたあの言葉。

『――私、男の子には興味ありませんので、そのつもりで』

 それだけが、喉に刺さった小骨のように、僕の心の、わずかなしこりとなって居座っていた。

 あの言葉は、いったいどういう意味なんだろうか。

 本当に、言葉通りの意味として受け取ってもいいんだろうか。

 もしかしたら、あの言葉の裏には何か理由があるんじゃないか。

 例えば、単純に同性が好きだとか、かつて付き合っていた男に裏切られたとか、或いは――

 と考えていたところで、

 ――カサリッ

 聞き覚えのある小さな音が耳に入って、僕はふと我に返った。

 これは――そう、昨日も一昨日も見た夢の中で聞こえた音だ。

 もしかして、また?

 思いながら顔を勉強机の方に向けると、

「――真帆?」

 いつの間にそこに現れたのか、部屋の床に座った真帆がランタンの明かりの下、戻し忘れた両親の蔵書をぺらぺらと捲っていたのである。

 真帆は僕の声に気づくとふと顔を上げ、

「こんばんは、シモハライくん」

 優しげに、にっこりと微笑んだ。

 僕はその柔らかい笑みにすぐに悟る。

 ――あぁ、これは夢だ。

 昨日や一昨日と同じように、僕はまた夢を見ているのだ。

 真帆が僕のことを、シモハライなんて普通に呼ぶはずがない。

「何を読んでるの?」

 僕はベッドから起き上がり、真帆の隣に腰を下ろした。

 真帆の身体から、何だか爽やかな石鹸の香りが漂ってくる。

「……魔術書を読んでいたの」

 そう言って真帆が示したのは、あの謎の文字や絵が描かれた古書だった。

「読めるの?」

 真帆はうっすらと口元に笑みを湛えたまま頷き、

「これ、魔女文字っていうの。昔から魔女――或いは魔法使いが、仲間内だけでその技術を伝えるために使われてきたものなんだ。今では読める魔女もそう多くはないけど――」

 そう言って、再びページをめくり始める。

 だけど、

「……やっぱりダメみたい」

 真帆がため息交じりに口にして、僕は首を傾げた。

「何が?」

「夢の私には読めないみたい。ここはあなたの夢の中。私の夢じゃない」

 ほら見て、と言われて古書の方に顔を向ければ、ページをめくっているはずなのに、どこまでめくっても出てくるのは同じページばかりだった。

「だから」

 と真帆は僕に顔を向け、

「――明日、学校に持ってきてくれる?」

「学校に?」

「そう」

 と真帆は頷き、

「たぶん、現実の私はこの夢のことは覚えていないと思う。だって、この夢はシモハライくんの夢だから。だから、あなたは現実の私に、この本をただ渡してくれるだけでいいの」

「う、うん――わかった」

「ありがとう」

 言って、真帆は嬉しそうに微笑むと、すっと僕に抱きついてきた。

「え、あっ……」

 あまりのことに驚き、思わず変な声が漏れる。

 けれど、そこには抱きつかれているという感触なんて全然なくて、やっぱり夢は夢なんだな、と変に冷静なことを考えていた。

 でも、だったら――

 真帆が僕の身体から離れたところで、

「ま、真帆……」

「ん?」

 僕は真帆の両肩に手をやり、恐る恐る、ゆっくりと、顔を近づける。

 そう、これは夢だ。僕の夢なんだ。

 だったら、僕からキスをしても――大丈夫、だよね?

 真帆は僕の手を振り払おうとはせず、ただすっと瞼を閉じて、その時を待っているようで。

 これは夢、夢なのに。

 僕の心臓は、激しく高鳴って。

 緊張で手が震えて、だけど、この突発的な感情を抑えられなくて。

 真帆の唇と僕の唇が重ね合わさろうという、その瞬間。

 ――ドサッ

 唐突に真帆の姿が霧のように掻き消えたかと思うと、目の前にあったのは僕の部屋の床だった。

 遅れてやってきた鈍痛に、僕は慌ててわが身を抱きしめる。

「くぅうううううっ!」

 カーテンの隙間から漏れる朝日の中、ベッドから転げ落ちた僕は、痛みやら恥ずかしさやら馬鹿馬鹿しさやら、何とも言えない感情に襲われながら、床の上で悶えることしかできなかった。

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