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ウンターガング家にて、ユリスはソファに寝そべってくつろいでいた。
アマリスはその傍で菓子を貪りながら退屈そうに頬杖をついている。
「まったく、シャンフレック様も困ったものですわね。さっさと命令に従ってくれればよろしいのに。それですべて丸く収まるでしょう?」
「アイツは強情だからな。まあ、ウンターガング家の領地に潜伏していることなんてバレるはずもないし、気長に待とう」
二人が逃亡した形跡はゲリセンが完璧に消してくれた。
仮に居場所を突き止められたとしても、この広大な領地の中で二人を見つけることは不可能に近い。
「しかし、殿下。もしもフェアシュヴィンデ嬢が契約を結ばなければいかがいたしましょう?」
ゲリセンはユリスの肩を揉みながら答えた。
こうも彼がユリスに肩入れするのは、とある野望があったため。
現在の王位継承権は第一王子のデュッセルが一位、ユリスは第二位。
あまり後ろ盾のないユリスが王位を継承するのは厳しいと思われる。
だからこそ、ゲリセンはユリスに目をつけたのだ。
「何かの拍子」にデュッセルが命を落としたりすれば、その後はゲリセンの仕事。
今までのユリスの失態を払拭し、上手いこと評判をコントロールすることができれば、ウンターガング家の地位は揺るがぬものとなるだろう。
ゲリセンの計画は壮大なもので、かなり大がかりな準備が必要だった。
折を見てフェアシュヴィンデ家も味方に引き入れるつもりだ。
デュッセルが継承権を失えば、否が応でもフェアシュヴィンデ家はユリスに協力するしかないのだから。立場的にも領土的にも。
「大丈夫。シャンフレックを助けに来る奴はいないし、そのうち契約書に署名せざるを得ないさ。シャンフレックは俺の発言の信用度がどうこう言っていたが、ゲリセンがカバーしてくれれば信憑性は高まる。な、完璧な計画だろう?」
「そ、そうですな……」
あまり完璧な計画とは言えないが、ゲリセンは首肯するしかない。
どちらにせよ、ユリスには立場だけあればいい。
王位を継承可能な権力だけをゲリセンは求めているのだ。
「失礼します」
三人が滞在する部屋に、使用人がやってきた。
使用人はいささか顔を蒼白にしている。
ただならぬ部下の様子を見てゲリセンは眉を顰める。
「何事だ」
「デュッセル殿下がいらっしゃいました」
「何だと……!? なぜここがバレた!?」
「い、いえ……デュッセル殿下はユリス殿下を探しに来たのではなく、商談をウンターガング家に持ち込みに来たと仰せです」
ユリスとアマリスは顔を引きつらせていたが、使用人の言葉を聞いて胸を撫で下ろす。
だが、ゲリセンの表情は厳しいまま。
いかんせんタイミングが良すぎる。
商談に見せかけてユリスを奪還しに来たとしか思えないのだ。
追跡の芽は完全に潰したはずだったが……どこで仕損じたのか。
ゲリセンは使用人に命じる。
「バンディトの一団を動かせ。念には念を入れて、な……」
「承知しました。合図があり次第、すぐに動かせるようにしておきます」
──バンディトの一団。
ここヘアルスト王国で幅を利かせる、最大勢力の山賊のひとつ。
大商人はときに優雅に、ときに横暴に振る舞う。
ゆえに山賊を動員することも珍しくなかった。
「おい、ゲリセン。大丈夫なのか?」
「はい、ご心配なさりませんよう。ユリス殿下とアマリス様は、ひとまず使用人の案内に従って隠れておいてくださいませ。デュッセル殿下がお帰り次第、お迎えに参ります」
「ユリス様、行きましょう! 私たちの居場所がバレたら全部水の泡だわ!」
アマリスはユリスの手を引き、慌てて使用人の後を追う。
さて、デュッセルはどう出るか。
ゲリセンは思案しながらも、ひとつの可能性について考えていた。
この屋敷でデュッセルを始末することはないが──もしもウンターガング領を出たあたりで『事故』が起これば。
王位の継承権はユリスに移るということ。
最悪……いや、ゲリセンにとっては最良の選択も視野に入れていた。
***
地下牢にて眠っていたシャンフレック。
ふと足音が聞こえ、目を覚ます。
「びっくりしたよな……まさか兄上が来るなんて」
「ええ、本当に! まさか私たちがこんな薄汚い牢に入るハメになるなんて思っていなかったわ!」
この声は間違いなく件の二人。
会話の一端を聞いていたシャンフレックは疑問に思い、身を起こした。
兄上が来た……とユリスが語ったということは、まさかデュッセルがここまで来たのだろうか?
「ああ、シャンフレック。契約書は書いてくれたか?」
「書くわけないでしょう。それで、兄上が来たとか言ってたけど……まさかデュッセル殿下が?」
「お前を助けるために来たんじゃないぞ。あくまで商談のために来たんだ。残念だったな」
ユリスはそう言ったが、貴族の言葉は表面的な意味だけではない。
もしも本当に、デュッセルがユリスを探しに来たとしたら?
「俺とアマリスはしばらくここに滞在している。契約に関して聞きたいことがあれば、何でも相談に乗ってやるが?」
この王子、本当に人を慮ることができない。
だからこそアマリスのような女に恋をするのだろう。
「別に聞きたいことなんてないわ。それより、ここはどこなの?」
「殿下にもそんな態度を取るなんて、本当に失礼な人ね。さっさと契約書を書きなさいよ」
可能な限り情報を引き出そうとするシャンフレックだが、アマリスが口を挟んで邪魔してくる。
最初はシャンフレックに対して敬語を使っていたが、もはや使わなくなっていた。
完全に自分が優位に立ったと思っているのだろう。
「いいか、シャンフレック。お前の選択肢は一つしかないんだ。賢明なシャンフレックなら理解できるだろう? 俺に尽くせるのだから悪い話ではないと思うが」
いったいどれだけ面の皮が厚いのか。
ユリスの自信過剰にため息をつき、シャンフレックは反論しようと口を開いた。
その刹那。
「選択肢は一つだけではない。例えば……僕と一緒に来るとか、そういう選択肢もある」
牢に反響した怜悧な声。
暗がりの奥から歩いて来たのは、ここにいるはずのない少年。
アルージエ・ジーチだった。