あいにくと、コンパスは持ってきていないから、運任せで曇り空の雑木林の中から凄く弱い太陽の光を見る。
辛うじて光が見えたので、西側へ向かった。ぼくは幸運だ。多分、森は奥にあるから南東にあるはずだ。
枝を払いながら走っていると、片側一車線の道路へ出た。
でも、道路へ出るのには大きな問題がある。
羽良野先生に見つかると、すぐに追いつかれてしまい。追いつかれたら殺されてしまう。
車が走って来てくれれば、良いんだけど。そこはぼくの幸運に頼ってみるしかないんだ。あるかないかわからないものに、命がかかっているんだ。
雑木林の外は小降りの雨が降っていた。
生暖かい風を受けながら道路の真ん中まで歩こうとしたら、急に身体中の力が抜けた。
そうだ!
右手と左肩!?
見ると洋服が血で真っ赤になっていた。
すぐにリュックを下ろし、ヨモギやドクダミ。包帯とガムテープを取り出し応急手当てをした。
羽良野先生の咆哮が聞こえてきた。
それと同時に一台の車が向こうから走って来てくれた。
ぼくの幸運はまだあった!
道路の真ん中でフラフラだが大きく手を振った。黄色の車が停まって窓から大家族の田中さんじゃない方の田中さんが顔を出した。
「ぼく!? どうしたんだ!? 怪我しているじゃないか?」
その時、羽良野先生が雑木林から現れた。
田中さんは羽良野先生を見ると、ギョっとして助手席のドアを開けた。
「早く乗って! 早く乗って!」
田中さんはぼくを乗せて急発進した。
後ろから、羽良野先生のこの世のものと思えない叫び声がこだまし、走り出す足音が聞こえた。
「なんだ?! なんだ?! あ! ぼく掴まって!」
のっぺりとした丸顔を恐怖で歪めぼくに叫んだ。田中さんはアクセルを全開にしていた。
ぼくはこれ以上ないほど眠くなってきた。
「追いかけてくる! 追いかけてくる!」
隣の田中さんが、必死に前方を見つめて何か叫んでいたけど、ぼくは泥沼のように眠りに沈んでいった。
目を開けると、薬品と埃の匂いがする部屋だった。
ぼくはベッドの中にいた。
病院?
ぼくは辺りを見回した。
あ、そうだ。
町外れの村田診療所だ。昔、高熱を出した時に母さんに連れられてきたところだ。
ベッドの脇には、丸っこい母さんが座った状態で寝むっていた。
頭の上の時計を見ると、夜の11時だ。
「助かった!!」