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2件
泣きました最高です😭
名前って何のために付けたのかなーとか思ってできたのがこれです。長いです。
⚠史実
日本が負けた。それは紛れもない事実で、ただただ消えるはもない傷跡と痛々しい記憶が頭にこべりついている。
美國のせい。いや、美國のお陰で日本は終戦した。
覚悟を決めて戦った日本国との戦いでも本人はまったく顔を出さなかった。対美國の方で手一杯だったのだろう。戦争を掛け持ちのように扱うなんてどうかしている。やっぱりアイツは何処までいっても子供のままだななんて思うが、昔の記憶と今の日本を照らし合わせたのなら出所がわからない頭痛が自分を襲った。
初秋と言うだけあって、頬を撫でる風が少し冷たかった。秋は菊秋とも言うのを思い出し、必然的に彼の顔が頭に浮かぶ。
緑の葉も枯れ落ち、まだ復興していない落ち葉まみれの町中を、さっきよりも早足で進んでいった。彼の好物が詰め込まれた弁当を土産に、お見舞いへと。
「日本ー」
戸を叩いて呼び捨てるが返事はなし。予想通りと言えば予想通りだが、できることなら日本の手で扉を開けてほしかった。だがそんな元気な姿は見られるはずもなく、鍵もかかっていない不用心さに呆れつつ戸を開ける。中に入れば、まったく手がつけられていない埃かぶった玄関にお出迎えされた。それでいても昔と変わらない家の構造。日本と笑い合ったあの部屋へ、昔の記憶を頼りに足を進めた。
「日本?」
記憶が正しければこの部屋。襖を開けると布団に寝込んだ包帯まみれの日本が寝込んでいた。横にはウォッカにビールや薔薇、パスタセットにトマトやらハンバーガーやらワインやら……。怪我人に渡すようなものじゃない手土産を流し目で見ながら目的に視点を変える。
「酷い有様あるなぁ、ミイラじゃねぇあるか」
こちらを見るなり目を白黒させた日本の横に腰をおろした。結んだふろしきを解き、中から少量の弁当を取り出す。
「食べれそうあるか?」
「……食欲ないです…」
まぁそれもそうか。こんな状態でまともな飯を欲するとは思えない。少し悲しいがお預けという形でその場を穏便に済ませたら、他の奴らが持ってきた手土産と一緒に弁当を下げた。
「……なんで来たんですか、」
独り言のように言った彼が癪に障った。なんではっきり聞けなんだろう。日本の昔からの悪い癖だ。1番聞きたい事のはずなのに言い方を濁して、最悪な時には口だって開かない。だけどこれじゃ埒が明かないなんてことは目に見えているから、仕方なく答えてやった。
「なんでって、お前が寝込んでるって德国から聞いたからあるよ」
「……それだけで…?」
「それだけじゃ駄目あるか」
「……別に、」
何が気になるのだろうか。不服そうに我から目線を逸らした彼を見て息をついた。
「あれからいっつもうるさい美國もウジウジしてて気持ち悪いあるよ。早く治して顔出すよし」
「無茶言わないでくださいよ」
自業自得じゃないですか。そう小さい声で呟く彼に呆れ溜息をついた。それはおめぇもでしょ。なんて言いたい気持ちを堪え世間話を混ぜた。
「アヘンと法國のつまんねぇ言い合いも減ったあるし、枢軸の奴らなんか抜け殻あるよ抜け殻。昔の元気はどこいったあるかーって感じある」
「俄罗斯も南下絶好のチャンスなのにつまんなそーな顔してるあるし」
日本は申し訳なさそうに顔を俯けているだけ。言いたいことは山程あるはずなのに、会話は道中考えてきたはずなのに、本人を前にした途端、喉に堅物がつっかえたように声が出なかった。静寂に包まれる和室で日本の顔が微かに上がった。その目線は自分に向けられ、彼は小さな声で言った。
「……中国さんは?」
「…え」
久しぶりだった。彼の口から自分の名前を呼ばれたのは。そのせいもあってからつい間抜けな声が出てしまう。今の自分の感情が嬉しいのか驚いているなのかは分からない。
何を言ってほしいんだろう。心情?慰め?謝罪?心配?
昔から日本を見てきて何を考えてるか分からないのは今も同じだが、この時だけ。彼が言ってほしい言葉はそんな事なんだと理解できた。
甘えにも程がある。自分から離れていって、傷つけておいて、その相手から悲しかったと言われてほしい?自分勝手で自己中心的。あんな事をした相手にそんな感情が湧くとでも思ったのだろうか。それならとんだ間違いだって、誰でも分かり切ってることだろうに。長く生きた日本なら尚更。
日本国がこんな状態だからそれが化身の思考にも影響しているのだろうか。随分と舐め腐った考えが胸の奥に言いようのない険悪を渦巻かせた。
「……別に何とも。来たのもただの社交辞令みたいなもんあるし、土産も捨てればいいあるよ」
「我はもう帰るから、飯ぐらいはちゃんと腹に入れとくよろし」
部屋を出た時の心は妙にしんと底冷えしたように、刺々しく澄み切っていた。
「私を守ってくださるなら、椿も守って下さいよ、!」
まだ私の中に彼が残っている気がした。いや、確実に残っていた。そのうち消えてしまって歴史と化すだけの存在なのに、しつく私の中で残り火のように生に縋っている。
アメリカさんに、酷いことを言ってしまった。
歯止めが利かなかった同仕様もない私を止めて、国の支援を手伝ってあげると言ってくれた彼に。
私にももちろん非があるのは重々承知している。彼のせいにするのは責任転嫁にもほどがある。だけど。
少しでも自分の責任を軽くしたくて物事を考えていた。昔からずっとそうだった。開国後に周りから評価されたことが嬉しくて、同盟国が困っていた時は、自分が作り上げた正しいのかなんて分からない正義感で戦かった。ありがとうと言われたのがたまらなく嬉しくて、他の人の事なんか考えなかった。成果を残したのに避けられたのが癪で暴君のような振る舞いをしてしまった。自分に都合が良い人だけと仲良くして、やられた他国の気持ちなんか理解しようともしていなかった。今だってそう。非が分かってても受け止められない自分の性格が嫌い。
「……中国さんは?」
あり得ない事なのに、もしかしたらと希望を見いだしてしまう自分の性格が大嫌い。
「……別に何とも。来たのもただの社交辞令みたいなもんあるし、土産も捨てればいいあるよ」
分かってた。そう言われても仕方がない事をしたのだから。これは自分の性格が招いた結果で、言われる覚悟ならしていたはずなのに。被害者振るのもいい加減にしたいのに。
「我はもう帰るあるから、飯ぐらい腹に入れとくよろし」
襖がぴしゃりと閉まり玄関の戸が閉まる音が聞こえた頃には、大粒の涙が両目から溢れ出ていた。せっかく片目に巻いてもらった包帯が涙のせいでシミを作り、溢れる涙の量に比例してそれは広がっていく。幸い、涙は彼が部屋の襖を締めたと同時に流れてくれた。堪えてた分の涙がぽろぽろとシーツにシミを作り色を変えていく。良かった。こんな姿を見られたらきっと。
そこから先は考えたくもなかった。
何年ぶりかの世界会議。それは踊ることも無く着々と物事が決まっていった。前の自分達じゃ考えられないほどに順調なその会議に、久々に参加した者はなんだか落ち着きがなかったような気がする。会議後になっても笑い声は少なかった。辛気臭いこの場所から早々と立ち去りたかったのか、本国の方で忙しいのか。多くの国が帰省しに会議室を出たのもあって、まだ残っている自分が目立って見えた。ガラガラになったら会議室では他国の並んだプレートがよく見える。Japanと書いてある席が目に入ったら必然的にあの日のことを思い出した。いくらなんでもあの対応は大人気なかったな。なんて反省すると共に、過去のことを思い出すと、どうしても複雑な気持ちが胸の中に渦巻く。
「あれ、中国くん?珍しいね。会議後はいつも早く帰っちゃうのに」
考えても仕方ないと、自国へ帰宅するため席を立とうとした時だった。薄い金髪色の髪を覗かせ、長いマフラーを巻いた彼が視界に入った。顔を覗き込んだ彼はどういうわけか自分と隣の席の椅子を引き、腰を下ろすと頬杖をついた。
「……まぁ、少し考え事してただけある」
「ふーん?日本君のこと?」
「……なんでそうなるあるか」
呆れ半分で溜息混じりにそう言うと彼はきょとんと首を傾げた。
「だって君、日本君と付き合い長いんでしょ?お見舞い行ったんだって?」
どうしてコイツはこうも勘が鋭いのだろうか。彼から目を逸らし、察しがつかれないように言った。
「長いだけある」
それを聞くと、ロシアはさっきの自分みたいに日本のプレートを見た。まるで、それを見て日本の事を思い出したみたいに、彼は思い出話を語りだした。
「日本君がいないとつまんないよねぇ。知ってた?日本君って物真似上手なんだぁ」
「……ふーん」
自分の素っ気ない態度が引っかかったのか、
「中国君は日本君がいなくて寂しくないの?」
「あんな奴しらねぇある」
ぶっきらぼうな事を言い出す我をロシアは、眉を下げながら冗談混じりに口角をあげながら口を開いた。
「わー酷いなぁ。もしかして日本君のこと嫌い?昔やられた事にぴきっちゃってるの?」
お互い様なくせに。不謹慎な話題で笑う彼に呆れて喋る意欲も起きなくなってくる。
「お前だって日本にやられたたまじゃねぇあるか。よくそんな呑気に…」
悪態をついてそんな事を言う我を見て、予想外だったかのように微かに眉をひそめた後、彼はわずかな微笑みを浮かべて言った。
「ねぇ。中国君はさ、日本君のこと嫌い?」 「………は、」
思いもよらぬ質問に目を白黒させている自分を気にする素振りも見せず、彼は淡々と語りだした。その声は、さっきよりも興が乗っているような気がした。
「僕は日本君のこと好きだよ。少しの間だったけどさ、話してて楽しいんだ。近くにいるだけで心があったまるみたいな」
「最初のうちだけだったけどね」
首を傾げる自分に気づきながらも、わざと彼は話を続ける。
「でもね、日本君が世界会議に出席できるようになったら、仲直りもちゃんとして、また昔みたいに笑い合って、みんなで桜見ながらピクニックしたいって思ってる」
「おかしいよね。僕の邪魔ばっかりしてくるのに」
未だに話の全容が理解できていない自分と目を合わせた彼は、陽だまりのような優しい笑顔を向けた。
「聞き方が悪かったね。中国君が嫌いなのは日本君なの?」
「…どういうことあるか」
「んー、そのままの意味だよ」
「……そんなん、決まって……」
「へー?それは消えてほしいほど?」
「……それ、は…」
話の目的は理解できなくても、その質問の答えは決まっているはず。そうだ。と言うだけなのに、彼の話を聞いた後ではなぜか口が開かなかった。舌も動かせず頭を縦に振ることもできず、体が拒否しているような、そんな感じがした。
言いかけた言葉を最後に黙込んだ中国を見ながら、ロシアはしっかり聞こえるように投げかけた。
「中国君が嫌いなのは日本君じゃなくてさ、」
「日本君をあそこまで追い込んだ戦争なんじゃないの?」
彼の1言でハッとした。久しぶりだった。あの日がフラッシュバックしてきたのは。忘れもしないあの時の会話。そのはずだったのに、いつの間にか胸の奥にしまってしまった、もう1000年以上も前のこと。
その日は近頃国名が変わり、通常よりも比較的忙しかった頃だったと思う。そんな日に耳に入ったのは朗報であり速報だった。その知らせは、日本国の船が連絡も無しに岸についたというものだった。奇襲かと急いで駆けつけてみたら、我を見るなりまだ小さい日本が泣きながらこっちへ走り出し、自分に縋ってきた。
何か喋っているのか、しゃくりあげているため聞き取れず、そのまま抱いて家に向かった。
行く途中で話してくれたが、どうやら日本は我の国名が変わったというのを聞きつけ、心配で海を渡ってここまで来たらしい。なんともな愛らしく子供らしい理由と、そこまで慕ってくれていた嬉しさを噛み締めるが、こうも頻繁にあの丈夫とは言えない船を使ってくるものだから心配な気持ちが混ざり合ったのを覚えている。
「分かったから、もう泣き止むよろし。な?我はちゃんと生きてるあるよ〜」
「だってぇ、だってぇ、…にーにのなまえがっ……かわったって、きいてっ……」
「名前が変わっただけあるよ。国自体は滅んでないし、意識が変わるほどの事も起きてないから心配無用ね」
そんな似たようなやり取りをしても、日本はなかなか明るい顔を見せない。どうしたものかと熟考した末、我の頭の電球がパッと光った。
「そんなに心配なら、名前でもつけてみるあるか? 」
「名前…ですか…?」
「是的」
「でも、私の名前は日本ですよ…?」
「それは国名ってだけで名前とは別モンある」
「名前ってのは、存在証明のためにつけられるものある。だから、名前の変更は存在の変更にもなるらしいね」
「それだと今回の我みたいなことになるある。だから、国名が変わっても我は生きてるよ。って分かるために固有の名前をつけてみよって話ある」
泣べそをかかなくなった日本は少しの間が空いた後に、我の方を向いて口を開いた。
「では、にーに に付けてほしいです…私の名前」
「え、我があるか?」
「せっかくつけるんだから、自分で好きな名前つけるよろし。んな大事な事任されても困るある」
「聞いた事があります。名前は親に貰う最初の贈り物だと」
「私はにーに につけてほしいんです」
「…」
泣いた後だからか日本の瞳はまだ潤っており、竹林の間から差した光もあってか、その瞳はキラリと絵に描いたようなハイライトを帯びていた。その瞳を使い上目遣いでそうお願いされたものなら断れるはずもなかった。
「しょ〜がねぇやつあるなぁ。分かったある!お前にぴったり名前つけてやるあるよ〜!」
まるで赤ん坊をあやすように抱いた小さな日本をさっきよりも強く抱きしめ頭を巡らす。
「……菊」
「お前の名前は今日から菊ある!」
「あ、知ってます、菊!にーにの家の花ですよね」
笑顔で提案すると、日本はそれを了承するように曇りない笑顔で笑い返してくれた。
「そーあるよ。綺麗な花だからおめぇにぴったりある」
そんな話をしていると自分の足は、見慣れた屋敷の門をくぐっていた。抱いていた日本を玄関に下ろし、いつも一緒に話す大広間へと2人で向かった。
「どうせなら我にも名前つけてほしいある。つけ合いっこね」
「え、うーん…そうですねぇ、」
腰を下ろした日本はその小さな頭をひねって考える素振りを見せた。どんな名前を付けてくれるのだろうと胸を躍らせていると、日本はてくてくといつも字を練習している勉強机の前に座った。炭と筆で何かを書き出した日本を横から覗くと、書き終わったのか、紙から我へと目線を変えた。
「…耀。っていうのはどうでしょうか」
「ふーん、キラキラしてそうな名前あるな」
不格好ながら、紙満面に書かれた漢字1字を見つめた。耀。我の国では男性によく使われていた名前だったため、それを提案するところにどこか日本らしさを感じた。無難なのを選んでくれたのだと分かっていても、気を落とした我に日本は言った。
「はい。私にとって、中国さんは光なので」
それは気遣っての言葉なのか、はたまた本心だったのか。そこからは分からないままだった。分からなかったけれど、
「出会った頃より随分口がうまくなったあるなぁ」
「あの書物は私じゃないと言ったでしょう?耀さん」
「ふふ、そうだったあるな。菊!」
彼は我にとって何だろう。出会って数年経った頃、ふと考えた事だった。にーにと呼ばせたのもほんの出来心が始まりだったし、日本が成長するにつれて兄という肩書きも否定されるようになっていった。そう、最初は出来心のはずだった。否定されるのも、何ともないはずだった。それなのに、国名で彼に呼ばれる度に胸の奥が苦しかった。年ながらの寂しさだと結論づけていたが、 今なら分かる。彼との距離が遠くなったのだと感じて一方的に感傷に浸っていたんだと。疎開になるのが嫌で、旅立ちなんか見送りたくなくて、ずっと自分の側にいてほしくて。自分の方が彼よりもずっとずっと幼いまま。
薬に明け暮れた日々でも、見える幻覚には必ず日本が出てくる。自分と桃の木の下で笑い合っている風景を必ずしもと言っていいほど見せられた。でもそれは所詮幻覚でしかなくて。いつかこの夢が現実になればいいのに。
そう思った矢先の出来事だったと思う。
「ねぇ、中国さん…私、感謝してるんです、本当です…」
にーにとも言ってはくれなくなり、2人でつけた名前ですら呼んではくれなかった。
「ごめんなさい、…中国さん…」
もう1000年も前の事。そんなたわいもない話なんて、菊はとっくのとうに忘れてるのかもしれない。
「中国、さん…?」
我にとったら、たわいもない話なんて思った事は無かったのだけれど。
名前をつけた意味だなんて、どこにあったのだろうか。
「……用事ができたある。我は帰るから戸締まり頼むあるよ」
「うん。ピクニックの予定も聞いといてね」
「ゼンショある」
「わ、日本君の物真似?似てな〜い笑」
「黙るよろし」
ピリつきながら帰る支度をし、会議室を出ようと自分は扉に手をかけた。すると同時に、彼の言葉が背中を通り抜ける。
「やっぱり僕は、物真似なら日本君の物真似が見たいな」
「よろしくね?中国君」
背中を向けているため顔は見えないが、無責任でも日本と我に期待を寄せるているのが声で分かった。 その言葉を自分に言い聞かせ、言われなくともと日本行きの便へと向かう。
あの日から動かない時が今、ほんの少しだけ進んで見えた。
もう何日も同じ布団で寝込んでいるというのに、布団の中は異様に寒かった。
復興作業が順調なのか、自分の五感が治っていくのを感じ、体の傷もだんだんと薄くなっていく。もう動いても支障はないだろう。五感を取り戻したおかげで腹の虫が自分に訴えかけてくる。かといって料理を作るほどの気力と体は持ち合わせていないため、近くに置いてくれた出来物を食べようと初めてお見舞い品をしっかりと見た。
そう、初めて見たのだ。なくなく予想はできていたものの、置かれていたものはお酒やら花束やら食べれそうもないデカさの食べ物ばかり。なんだかお供え物を置かれているような不謹慎な光景に頭を抱えていると、小さな小箱が目に入った。治りかけだった時の自分に贈られたお見舞い品だ。それだけは中身が何なのかしっかりと認識できた。そうなれば話は早く、手を伸ばしそれを自分の膝におく。ふろしきを解き、あらわになった小さな黒箱の蓋を開ければ、大好きな食材達が綺麗に敷き詰められていた。あれも、これも、昔中国さんに好きだと伝えた料理ばかり。
私は彼が何を考えているのか分からないから、どこまで行っても彼には敵わないのだ。
(期待なんて…させないでくださいよ…)
ふろしきの中には、弁当箱と一緒に抜かりなく割り箸が挟まれていた。まだ力が入らない手でなんとか割り、おぼつかない動作で口に運んだ。
「……おいし…」
何百年、何千年と経っても変わらない味。無意識に早まる手に比例して、少しだったはずの食欲も取り戻してきた。これで最後かもしれない。この味も、このお弁当も、あの会話も、あの時の関係でさえ。仕方がないと割り切って、まるで最後の晩餐かのように一口、一口を味わって食べた。
「……ぅ、っう…ひっぐ、」
仕方がないことだけれど、ひとりぼっちの今だけは、泣くことを許してほしい。
食べた食事は少しだけしょぱかった。
ガラッ!
感傷に浸っていたという時に、誰かが自分家の扉を開けた。ノックも無しに、だ。廊下をドタドタと走り、こっちへ向かってくる足音に自分は驚くだけで手足を動かそうとはしなかった。
足音が一瞬無くなったかと思うと正面の襖がピシャッ、と音を立てて全開に開けられた。そこから見えた人影に、自分はただ呆然と目をぱちくりさせるだけで。
「日本…」
だってあり得ないことだから。社交辞令とか言いつつ帰っていった彼が今になって自分のところへ走って来てくれるだなんて。
「ちゅう、ごくさ…」
信じてと言われた方が難しい。
あまりの出来事に体の力がスッと抜けた。そのせいでさっき持っていた割り箸は自分の手からパラリと床に落ちてしまう。だけど日本はそれどころじゃない。
変な汗が止まらなくて、さっきまで溢れ出ていた涙は今になれば恐怖で1滴も出てこない。手は小刻みに震えていて直視できたものではなかった。
(見られた、見られた、泣いてるとこ、しかもたくさん。食欲がないとか言って食べてるのも全部、いやだ、やだ、ぜったい嫌われる、嫌われ、
頭の中で無数に募る不安を連連と並べる自分に気付いたのか、彼は私に近づくとギュと抱きしめた。
「……え」
てっきり罵倒でも浴びせられるかと思っていた自分にとって、それは当惑するのに十分な理由だった。
「な、んで…」
やめて。優しくしないで。期待しちゃうから。許されたのだと、勘違いしてしまうから。
「はな、して…は、して…くだ、さい……」
そう言っても彼は離す素振りなんな見せず、逆にさっきよりも私を強く抱きしめた。喉が腫れ上がって、うまく呼吸ができない。言葉も紡げなくなって、無理矢理開こうとすると今度は胸腔の辺りに圧迫感を覚える。 喉は張り付いたように、動いてくれない。彼は、涙ぐみそうになり唇を噛み締める私の後頭部に左手を回し、自身に引きつけた。
「泣けばいいあるよ。たくさん泣くよろし。にーにが側にいるから」
懐かしく、優しくて、陽だまりのようなその声が大好きだった。その声はもう自分に向けられることはないと確信していたのに、聞いたものなら鼻がツンとして眼が熱くなり、視界がぐちゃりと歪んだ。赤ん坊のように泣きじゃくる私をの背中を、彼はずっとさすってくれた。たまに後頭部へ回した左手は頭を撫でてくれて、何も言わずに、そのままずっと。
泣き声が落ち着き、ひくつきも少なくなった頃、彼は私を抱きしめたまま話し始めた。
「悪かったあるな。あんな、大人気ない態度とっちまって…」
そんなことない。そう言いたいのに威圧感で口がきけなかった。
「前言撤回ある。寂しいに決まってたね。おめぇのせいで、何回泣いたと思ってるあるか」
耳を疑うけど、彼の言ったことが本当なら波打つほど嬉しかった。希望が見えれば見えるほど欲深くなってしまう自分に嫌気が差してしまうが、私の気持ちは本当だから。もっと一緒にいたい、まだ言いたいことや聞きたいことがたくさんあるから。もし、またあの頃に戻ることができるなら。
「わたし、貴方に…謝りたくて……」
今思えば、あの時でも、あの時でも、けっして遅くはなかったのに。今更だなんて思われても否定するつもりは毛頭ない。だけど、何百年も前からどうしても伝えたかった言葉だから。
「ごめんなさい、耀さん…」
涙腺が緩む中、声を振り絞ってそう言った。
「ちゃんと向き合えなくて、…素直になれたくて、ごめんなさい…許されないことも、たくさんしました…だけど、これだけは言いたかったんです、」
「……覚えてた、あるか…?」
「、?」
「あ、いや…うん。我も言いたいことなら山程あるある」
耀さん。その1言に意表をつかれて言葉がおぼついた。すっかり忘れられているものだと思っていたから。ひくりとしゃくりあげる日本を抱きしめ、優しく頭を撫でてやった。昔と変わらない丸くて濡れ羽のように綺麗な黒髪。それを撫でるのが好きだった。自分より小さな体がすっぽりと収まるのが好きだった。日本の好みも、一面も、性格も。自分が1番知っていて、血の繋がりはなくとも弟という響きだけで優越感が自分を満たして日本と一緒に笑い合ってきた。
「日本は、我のこと嫌いあるか?」
「…ぇ」
日本なんか嫌い。生意気だし、失礼だし、恩知らず。だけど、
「いや、違うあるな」
「菊は、我のこと嫌いあるか、?」
「…」
だけど、菊は世界でたった1人のかけがえのない弟だから。大切で、大好きな我の弟だから。
「お前が菊なら、どんな答えでも我は受け止めるある。恨んだりなんかしないあるよ」
無意識だったんだと思う。無意識で彼のことを目で追っていたし、日本の脱退時も手を引こうと席を立とうとしてしまった。弁当の中身だっていつの間にか彼の好物ばかりを詰めていた。たとえそこに日本がいなくても、ふとした時には考えてしまう。体が勝手に動いてるみたいな、そんな感じだった。だけどそんな自分を認められず、あんな奴なんて、と言い聞かせようとしていつもループに陥っていた。分かってる。彼が大好きな事なんて、とっくの昔に分かっていたこと。だって特別だから。紛れもなく中国の、耀の特別。
「嫌いなわけないです、大好きですっ…ずっと、むかしから…」
それはお互い様だなんて、きっと言葉にしないと伝わらない。
「ふふ、我も大好きあるよ」
きっと菊は日本だから知らない。花の菊は邪気を払う力を持っているってことや長寿の象徴を表す花だってことも。だから、我が菊っていう名前をつけた理由はこれからも分からないと思う。それでいい。菊には邪鬼なんか訪れず、ずっと我の側にいてほしいだけだから。
抱き合った感覚は妙に落ち着いて、いつの間にか自分の頬にも涙が伝っていた。縁側が開いた部屋に流れてくる 秋風の冷たさはツンと感じるはずなのに、今だけはこの風も好ましく思えた初秋のことだった。
「そういえば、そんな事もありましたねぇ」
「そんな事って…我は結構悩んでたんあるよ?」
「ふふ、心中お察しします」
日本は他人事かのようにそう笑うと、案の定中国の眉間にはシワが寄った。
「はぁ、もう1回言ってほしいもんあるなぁ、大好きですって」
それにお返しするかのようにニヨニヨと日本の顔を覗きながら言うと、日本の顔は夜でもはっきりと分かるくらいに赤く染まった。
今、あの時のように星を見ながら縁側で茶をしばけているのをあの頃があったからだろう。照れながら頬を膨らませている彼の本心は昔と変わらず分からないままだけれど、こうやって一緒にいてくれることが答えだと思う。
「我はぜーんぶ覚えてるあるよ?嫌いなわけないです、大好」「ああぁ!もう分かりましたから!」
慌てて大声を出した日本は、中国の言葉を遮り、コホン、と咳払いをしてあからさまに話題を変えるように口を開いた。
「て、ていうか、なんで私に菊って名前つけたんです?流行り物だったからですか?」
「全然ちげぇあるよ」
仕方なくその話題に乗ってやり、淹れてもらった茶を一口口につけると、横から 「じゃあ何故、」と首を傾げる日本が見えた。
「……おまじないみてぇなもんある」
「中国式の?」
「んーん。我オリジナルある。菊に悪いことが起きませんようにーってことあるよ」
「なんですか、それ笑」
庭に植えられた満開の染井吉野は、枝を広げて咲き満ちていた。その木陰と月明かりに照らされた2人は、笑い合いながら初夏を迎える。
この先、どれだけ季節が廻ろうとも、2人が笑い合える平和な未来が続きますように———。
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