蝉の声が耳に張り付く夏。
私はバス停近くの木陰でぼうっとバスを待っていた。
教科書の入った鞄は重く、心さえも暑さでずっしり重く感じた。
すると、親子がやってきた。
子供は無邪気に笑い親に一方的に話しているようだった。
「きょうでんしゃのるよ!」
「ぐりーんしゃでおかしたべる!」
ふと、自分の幼少期を思い出す。
行き先も分からない、親について行くのに必死だった。
けれども、初めて見る街並み、大きなビル、行き交う多くの人々、可愛いお店、全てがキラキラと輝いて見えて、その小さなからだ全体で感動を覚えていた。
最近はバスや電車といったらほとんどの行き先は塾だ。
1人で向かい、1人で帰る。
そう思うとさらに体が重く感じて立っているのが辛くなってきた。
そこに丁度バスがやってくる。
カードをかざし、窓際の後ろの席に座った。
親子は切符をとり中へ入ると、横並びの前の席に座った。
ドアが閉まるとバスは走り出した。
直接当たる冷房と道の凸凹をなぞるような振動が眠気を誘う。
子供の目はキラキラと輝いていた。
しばらくすると、大きな橋に差し掛かった。
線路と道路をまたぐそれはそれなりに高さがあり、街並みをビルの隙間から広く見ることができる。
バスはどんどん橋を上がっていく。
どんどん、どんどん、どんどん。
子供が、「うちゅうまであがれ!」
と、これまた子供らしい絵本のような言葉を発した。
眠気により瞼を伏せたまま「可愛いな」なんて思っていた。
ガタガタ、カタカタ、カタン。
ふと、床の振動が無くなったことに気づく。
薄く重い瞼をあけ、ちらりと外を覗く。
その途端私の目は輝いた。
なぜなら、バスが浮いているのだ。
窓に反射した私の目はまるで子供のようだった。
体は軽く心は今にも弾けるような感覚がした。
子供は「すごい!うちゅうばすだ!」
と言いながらはしゃいでいる。
その間にもバスはふわりふわりとのぼっていく。
街並みが小さくなっていく。
鳥たちと一緒に風をきる。
あの大きな雲に手が届く。
輝く星を手に取ると、気づけばそこは宇宙だった。
「「すごい!!」」
思わず子供と言葉が重なる。
その後もバスはバス停に止まるように星々に着陸する。
その度に私は子供とおなじ反応をした。
月に止まればうさぎを探し、火星に止まれば宇宙人を探す。
土星に止まればぐるぐると目を回し、太陽に止まれば眩しさに目を瞑った。
そんなワクワクな感覚が身体中を駆け巡った。
「お客様。」
ふと、車掌の声に目を覚ます。
どうやら寝てしまっていたらしい。
先程の感覚がまだ指先に残る。
寂しさを感じながら身体を起こすと、車掌がある物を手渡してきた。
「またのご利用お待ちしております。」
私の手にはワクワクの詰まった小さな一等星が握られていた。
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