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萩原なちち
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いつきくんの背中に隠れるようにして、受付を覗き込む。しゅうとの顔を見るまで、心臓の音がうるさくて死ぬかと思った。
「……おはようございます、だいきさん。ごめんなさい、勝手に大騒ぎしちゃって」
申し訳なさそうに眉を下げるしゅうとに、俺は精一杯の「余裕ある大人」を演じてみせる。
「ううん、こちらこそ心配かけてごめん。俺、そんな簡単に死なないから。安心して?」
生ぬるい冗談を飛ばして、軽く手を振る。……よし、大丈夫だ。俺は愛されてる。自分に自信を持っていいんだ。なんだか、その事実に感動して泣きそうになってきた。
が、その感動は一瞬で打ち砕かれる。
「え、大袈裟すぎないっすか? スマホ水没とか、普通にあるでしょ」
「誰かの家に忘れてきた、とかね。だいきくんならありそう」
「なんだよお前ら! 愛が足りない! もっと愛を持って俺に接しろよ!」
「だいきくんそれ、パワハラっすよ。どっかに飛ばされますよ」
「ぐぬぬ……」
いっちゃんとりゅうせい。この同期コンビ、息が合いすぎだろ。せっかく芽生えた自尊心が粉々だよ! まぁ、いつきくんが笑ってくれたからチャラだけどさ……。
——それから。
あの朝を境に、しゅうとからの連絡がパッタリと止まった。
大騒ぎしたことを気にしてるのか、俺が電源を切ったのを自分のせいだと思って気を使ってるのか。
全部、俺が弱くて逃げた結果なのに。好きな相手から逃げるなんて、クソダサすぎるだろ……。
気づけば、約束の動物園の日が迫っていた。
『明日、めっちゃ寒いって。動物園どうする?』
俺なりに考え抜いたメッセージ。「寒いから、また今度にしましょうか」という、相手からのキャンセルを引き出しやすくするためのパスだ。気を使わせたくなかっただけ。
なのに、返ってきたのは斜め上のカウンターだった。
『だいきさんのお家に行ってもいいですか?』
「はぁぁぁぁぁ!?」
思わず声が出た。なんでそうなった!? 俺が「寒いから外はやめよう=家に来る?」って誘ってると思われた!?
焦る。待て。これが「自然な流れ」ってやつなのか? パニックになりながら、俺は必死に防波堤を築く。
『俺が男好きなの知ってるでしょ? どうなるかわかって言ってる?』
よし。これで少しはビビって考え直すだろ……と思いきや。
『ごめんなさい。だいきさんに避けられてると思って焦りました。やっぱり辞めておきます』
……なんなんだよ、もう! どんな返事が来ても心臓が痛くてたまらない。恋愛って、こんなに難解なクイズだったっけ!?
でも、しゅうとの精一杯の勇気を、俺のヘタレなプライドで踏み潰しちゃいけない。
『冗談。しゅうとのこと大事に思ってるから、絶対何もしない。だから、来る?』
『いいんですか?』
『いいよ。車で迎えに行く』
覚悟を決めて送った返信。すると、スマホの画面に、今日一番の「劇薬」が叩きつけられた。
『だいきさん大好きです。明日もいっぱい伝えます』
「…………っ、」
サメのぬいぐるみに顔を埋めて、のたうち回る。
明日、俺の心臓は本当にもつのだろうか。
「……いやもうこれ、襲ってくれって言ってるようなもんだろ」
画面の向こうのしゅうとは、容赦なく直球を投げてくる。
前みたいに逃げるのはもう終わりだ。でも、普通に返すのも癪だから、少しだけ悪あがきをしてみる。
『スクショしたからアイコンにしていい?』
『じゃあ僕もそうします』
『いや、待って。俺の名前が出てるのは恥ずかしすぎるだろ!』
いつかのしゅうとの真似をしてみたものの、向こうの方が一枚上手だった。くそ、いつまでたっても勝てる気がしねぇ……。
でも、何度かやり取りするうちに、いつもの調子に戻れた気がした。
明日は絶対大丈夫。手は出さない。今までみたいな「身体だけ」の関係とは違うんだ。
「焦らず、焦らず、焦らない。しゅうとを、大切にするんだ」
寝る前に自分に呪文をかけて、俺は決戦の朝に備えた。
「…………天使じゃん」
指定された駅前に車を止めると、白いハイネックに黒のロングコートを着たしゅうとが、笑顔でこちらに走ってきた。
絶対狙ってるだろ! それが死ぬほど似合うの知ってて、今日着てきたんだろ!? 先週は大学生みたいなパーカーだったじゃねーか!
「だいきさん! お待たせされました!」
「え、何気に文句言ってる?」
「だって、死ぬほど寒い中で待たされたんですから!」
そんな可愛い笑顔で毒を吐くなんて。でも、嬉しそうに助手席に乗り込んでくる姿を見たら、もう何でもよくなった。
「あー……。何か買っていく? 家、食べるもん何もないし」
「スーパー行きませんか? 僕、好きな人と食材選ぶの、夢やったんですよね」
さらっと、とんでもないことを言う。
「うわ、めっちゃグイグイ来るじゃん。俺のこと、早急に落としにかかってんな?」
「だってぇ、もうすぐバレンタインですよ? 高身長の色気イケメンがだいきさんに告白したら、僕、勝てる気せえへんもん」
「……そうなんだ」
大丈夫だよ。俺、もうお前に落ちてるから。
今さら誰が来たってなびくはずないじゃん。でもさ、もう少しだけ、この「どっちつかず」な時間を大切にしたいんだ。恋愛って、こういう曖昧な時間も楽しいんだなって、初めて知ったから。
「あ、俺、料理できないよ。それに家に調理道具、一切ない」
「……そうなんですか? えへへ」
「なんでそこで笑うんだよ。普通、馬鹿にするとこだろ?」
「秘密です。僕の中で、すごく嬉しかったので」
「なんだよ、教えろよぉ」
友達にするみたいに、さりげなく肩に手を伸ばした。
しゅうとは楽しそうに笑っているけれど、俺の左手は、今、初めて「しゅうとの身体」に触れている。
手を繋ぐのだって緊張したのに、セーター越しに伝わる体温がやけに生々しくて……触れた感触が、左手からずっと離れない。