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(想ちゃんも、彼女とアレコレするには、やはり実家住まいは不便なんだろうな)
さっき芹に対して想が言った不満は、きっとふたりの両親にしてみれば、分け隔てなくどちらの子供にも当てはまる内容なはずだ。
そうして想に関して言えば、結葉もとても気になっているし、下手をすれば「想ちゃんだって異性絡みじゃん!」と感情に任せて噛み付きたくなってしまう。
(そんな権利なんて、ただの幼なじみの私にはないのに)
そう思うと、居た堪れなくなるから……結葉は極力想の浮いた話全般を、考えないようにしている。
なのに――。
***
実は、想がつい1週間ほど前にアパートを借りて家を出て行ってしまったという話を、結葉は、一昨日彼の父親から愚痴られたばかりなのだ。
職場が実家と被っている想は、結葉が仕事の行き帰り『山波建設』の前を通る時にはすでに仕事を始めていて、当たり前みたいにそこに居た。
だから、話を聞くまで結葉は想が家を出たことに全然気が付いていなかったのに。
デマならどんなにかいいと思った結葉だったけれど、彼の父親からの話だから、絶対に間違いなくて――。
だからこそ、余計に辛かった。
「うちの子らはさ、何故かすーぐ家を出たがるんだよ。結葉ちゃんを見習って、ちったぁー家に居ろってね」
想たちの父親が少し寂しそうな顔をして話してくれたのが、結葉にはとても印象的だった。
自分もすっごく悲しくなったから余計。
***
「何だよ、もう知ってたのか。やっぱ親経由? ホント情報筒抜けだよな、俺らって。――ま、俺は男だし。それに……あれだ。結局仕事でほぼ毎日親父と顔突き合わせてんだからさ、芹よか親孝行してると思わねぇ?」
とか。
確かにそれがあるから想が家を出ていると言うのが、イマイチ実感がわかなくて困ってしまう結葉なのだ。
もしかしたら想に彼女ができたと言うのも勘違いだったかも?と思いたかったのに。
「結葉もさ、いい加減実家出とかねぇと恋人出来たとき困んぞ?」
などと屈託なく笑われたら、「俺は彼女のために家を出たんだ」と言われているのと同じじゃないの……と、結葉は想の鈍感さを呪いたくなった。
***
結局、あの日想から打診されたハムスターは、数日と待たずに結葉のところ――小林家――にやってきた。
「お母さん、この子、ゴールデンハムスターって言うんだって」
白にオレンジ色の模様が入った、10センチくらいの大きさのマスコットみたいなそのハムスターは、短くて毛のない尻尾と、ネズミらしい小さな丸耳、そうして真ん丸な黒目がとても愛らしくて。
赤ちゃんと言うには少しばかり大きく育ち過ぎていたそのオスのハムスターは、それでもまだあと5センチくらいは大きくなるらしい。
結葉は両親と相談してこのハムスターに〝福助〟という名前を付けた。
後ろ足が2本とも白くて、まるで靴下を履いているように見えたから、有名な靴下メーカーから名前を拝借した形。
「福助ぇ〜。ご飯だよ〜」
この家に福助をお迎えした時に芹から分けてもらったハムスター用フードと、結葉が仕事帰りに買い足してきたフードとを混ぜて与えてみる。
食べ慣れてないものを混ぜたから警戒しちゃうかな?と心配した結葉だったけれど、当の福助は一向に意に介した風もなく、どちらも分け隔てなく頬袋にモリモリ詰め込んでいく。
「ハムスターといえばひまわりの種って思ってたけど……たくさんあげたらダメなのねぇ」
生き物をお迎えするのは初めてだったから、今日結葉は昼休みに会社近くの本屋さんに出向いてハムスターの飼育マニュアルを買ってきた。
それをパラパラめくりながらそう言ってきたのは、結葉の母美鳥だ。
ちなみに今、父茂雄は、ひとりのんびりお風呂に浸かっていて、ここにはいない。
「ゴールデンだと1日に1個が適量って書いてあるんだけど! ゆいちゃん、知ってた?」
美鳥は娘の結葉のことを基本的には〝ゆいちゃん〟と呼ぶ。
「私もさっき読んで驚いたところ〜」
ハムスターが出てくる漫画などを見ると、表紙絵でハムスターがひまわりの種を手にしているものが多かったりするから、結葉は何ならひまわりの種が主食かしら?ぐらいに思っていた。
けれど、実際は違っているのだと本で知って、イメージって怖いなと実感した。
とりあえず本日の貴重な1個を福助にそっと差し出すと、一瞬動きを止めてから結葉の指先の種をじっと見つめて、パクッとくわえるや否や器用に手を使って頬袋に収納してしまった。
(すぐに食べてくれるかな?って期待したんだけどなぁ〜、残念!)
とか何とか結葉が思っているのなんて、福助には関係のない話だ。
きっと、巣箱の中に持ち込んでゆっくり食べるつもりなんだろう。
***
「そういえば……その本にも書いてあったんだけど……動物病院を探しておかなきゃいけないよね」
小林家では生き物を飼うこと自体が初めてだから、懇意にしている動物病院なんてない。
何かあってから慌てたくないなと思って。
巣の中に入っていく福助の可愛いお尻を見守りながらつぶやいたら、美鳥が「隣町に評判のいい動物病院が出来たらしいわよ」と言ってきた。
「ベテラン先生?」
何となくだけど、経験値の高い年配の先生だったら安心だなとか思ってしまった結葉だ。
でも母親から返ってきたのは、
「それがね、若いイケメン先生らしいのよ」
という予想外のものだった。