TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する


翌朝、ベッドから出ようとしてもどうしても起き上がることができなかった。というか幸季さんの顔を見たらよけい胸が苦しくなった。自慢のイケメン夫だったはずなのに。

「僕は大丈夫だから、もう少し寝てるといいよ」

幸季さんは相変わらず優しい。でもいつだって言葉だけ。私が病んでいてもキス一つしたことがない。照れ屋だからと今まで思い込んでいたが、今なら分かる。私を愛していないからだと。永遠の愛を誓った秋山桔梗が相手だったらきっと抱きしめていたに違いない。

夫には愛されず、娘たちには不倫を疑われ、父はカップルの仲を引き裂いて仕事のできる男を婿として私にあてがった。もう私には味方なんていないのかもしれない。

とりあえず証拠集めに動いているが、結局どうすればいいのだろう? 私は夫を引き止めるべきなのか? それとも離婚すべきなのか? せめて相談相手でもいてくれたら。でも人妻キラーが夫に愛されないことを知恵子さんに相談するわけにもいかないし……

夫や娘たちが家を出たあと、掲示板やメールをチェックすると秋山桔梗の動きはなかった。娘たちの親権をどうしたいか、幸季さんはまだ回答をしなかったのだろうか。

その代わり、オープンチャットにマリアの末裔から私あてにメッセージが届いていた。


昨日 23:36

人妻キラーさん、あなたに謝らないといけないことがあります。実は私(マリアの末裔)は男でした。ここからは僕と自称します。かつて僕が男性として相談に回答しても、〈自分がモテない陰キャだからひがんで不倫を責めてばかりいるんだろう?〉と馬鹿にされることが続いて、女性の振りをして回答することを思いついたのです。確かに僕は陰キャで女性経験は妻しかありません。だから経験が豊富な大人の女性でなく、未経験の女子高生を装うことにしたのです。

僕と妻は同じ高校で学年も同じでした。僕がふだん婚前性交に否定的だったのは僕の妻は僕が初めての相手ではなくて、結婚してもうすぐ二十年になるのにいまだにそのことが悔しくてたまらないからです。こんな女々しいやつですが、名前だけは男らしくて僕の名前は春岡鉄雄です。妻は聡美といいます。家族はほかに高校生と中学生の二人の息子がいます。

今までずっと自分を偽ってきてお願いできる立場ではないのですが、ここで僕の相談に乗っていただけないでしょうか? 最近、妻の過去について僕の知らなかったことが次々に明らかになって、僕のメンタルが崩壊しました。実生活ではなるべく今まで通り振る舞おうとしていますが、気がつくとそばにあるものを壊したりしています。最近は妻の顔を見ただけで動悸が起こります。知恵子さんの回答でも無意識にひどいことを書いて相談者を怒らせてばかりです。ほかに相談できる相手がいないのです。迷惑でしょうが、本当にもう限界なのです。よろしくお願いします!


マリアの末裔はネカマではないかと疑っていたところだったから、男だと今さらカミングアウトされたところで特に怒りは感じなかった。ただ相談に乗ってくれと言われても、今の私は夫と秋山桔梗のことで手一杯だ。でもマリアの末裔の現況が次のように私と似ていることに気がついて少し考えが変わった。


・ネットでは性別を偽っている。

・性経験はパートナーのみ。

・最近パートナーの過去が明らかになってメンタルが崩壊した。

・パートナーの顔を見ると動悸がする。

・ほかに頼る相手がいない。

・相談相手がほしい。


今日 8:19

これからは鉄雄さんと呼ぶよ。

教えてくれてありがとう。

こっちもいろいろ立て込んでいるが、できる範囲で相談に乗るよ。

その代わり、いつかおれの方の問題の相談にも乗ってほしい。

よろしく!


今日 8:22

ありがとうございます!

相談内容は長文になるので、これから打ち込んで昼までには送信します。

それにしても驚いた。天下の人妻キラーさんにも解決できない悩みがあるんですか?

あなたに解決できない問題が僕に解決できるとは思えませんが、そのときは精一杯相談に乗らせていただきます。


昨日頼んだパソコンデータバックアップの出張サービスは時間通りに来た。昨日無理にお願いして今日作業してもらえることになった。嫌な顔をされるかと思ったけど、すでに割増料金も含めて全額振り込んでおいたからか、作業員の男は作業中ずっとニコニコしていた。

さすがプロ。パスワードは何重にも設定されていたそうだけど、難なくすべて突破。作業は一時間もかからず終了し、あとには幸季さんのパソコンデータがすべてコピーされた外付けハードディスクだけが私の手元に残された。

もともと私の実家だった家だから、夫の部屋はないけど私の部屋はある。そこに古いパソコンが置いてあって、家計簿をつけたり年賀状を作ったりしていた。それくらいの使い道しかなかったからもう処分して、これからは家計簿も年賀状もスマホで済ませようと考えていたところだった。

ついにシークレット結婚式の全容が暴かれるときが来た。見たさ半分、怖さ半分の気持ちだった。動画や画像のデータは全部隠しフォルダに収納されていたそうだ。プロの手にかかればそんな小細工もまったく無意味。フォルダの中のファイルは全部で百個以上。妻である私に隠してきた夏川幸季の本当の姿がそこにあるのだろう。

ファイル名はランダムな英数字の羅列。動画や画像の内容が分かる情報はない。サイズ順にファイルを並び替えて、一番サイズの大きな動画ファイルをダブルクリックしてみた。


「本当にごめん!」

「ごめんじゃ済まないよ! 私との結婚式の前の日にほかの女を抱くなんて!」

「まさかアパートに押しかけてくるとは思わなくてさ」

「追い返せ!」

いきなり痴話ゲンカの場面。でもおそらく本気のケンカではない。だって二人ともダブルベッドの上で全裸、しかも正常位で行為中。ベッドサイドにカメラかスマホを置いて撮影しているようだ。

「キョーちゃんがおれの立場ならそうしたんだろうね」

「当たり前! まあ、コーちゃんの人のよさにつけ込んだ冬野蛍が一番悪いんだけどさ。金も権力もあるからって、なんでも思い通りになると思うなよ。――ああっ!」

いきなり改姓前の私の名前が出てきたと思ったら悪人扱い。コーちゃんと呼ばれているのが幸季さん。キョーちゃんと呼ばれているのが秋山桔梗だろう。

私とはさん付けで呼び合い、桔梗とはあだ名で呼び合っている。そんなことでも私の嫉妬心はかき立てられた。

しかも私の前ではいつも〈僕〉なのに、桔梗の前では〈おれ〉。おそらくこっちの方が彼の素なのだろう。

幸季さんの顔が若い。今もイケメンだけど、私と結婚した頃の若さも加わってまぶしい限り。そんな幸季さんが必死な顔で突きまくり、桔梗の大きな胸の膨らみも激しく揺れている。

それにしても、幸季さんを虜にする桔梗という女はどれほどの美人なのだろうと思っていたが、想像以上の美女だった。ひと目見て女神だと思った。女神に微笑まれて心を許さない男はいないだろう。なるほど、彼女と比べれば平凡な私の顔など見るにも値しないと幸季さんが判断しても責められないかと一瞬呆れてしまった。

周囲から美男美女カップルともてはやされていたに違いない。悔しいけど、正直お似合いだなと思った。まして、女神にも見える女を組み伏せて足をいっぱいに開いて上から思いきり貫いていく。これ以上に男の欲情をそそらせるものはないかもしれない。幸季さんの必死な表情を見ながらそう思った。

おそらく彼は私とするときはあんな顔をしていない。後背位でしかしたことがないから、そもそも行為中の彼がどんな顔をしているか知らないのだけれど――

ん? 最愛の夫が違う女とセックスしている映像を見せられてるのに、どうして私こんなに冷静でいられるんだろう?

おや、挿入しながら幸季さん女の胸を揉み始めたよ。そんなセックス、私には一度もしたことなかったくせに。後背位だって後ろから手を伸ばせば私の胸を揉むくらいできたはずなのに。えっ、今度は下半身を合体させたままディープキス!

怒りよりうらやましいという感情の方が強い。同じセックスでも全然別物だと知った。これが相手を愛してるか愛してないかの違いか。

「あの女、処女だったそうね」

「うん」

私が処女を幸季さんに捧げたのは婚約直前の、幸季さんが一週間ほど家族旅行に行くと言っていた日の前日。つまり私は嘘をつかれていた。本当は家族旅行ではなく桔梗とシークレット結婚式を挙げ、二人だけで数日過ごすつもりだったというわけだ。

「二十五歳まで大事に取っていたものをコーちゃんに捧げたわけか。感動した?」

「いや。未経験にも二種類あって、一つは高嶺の花だと周りに思われてるケース」

「蛍という女の場合は?」

「道端に一円玉が落ちてても誰も拾わないよね?」

「一円!」

押しつぶされた私の心に桔梗の笑い声が追い打ちをかける。

「じゃあ、私は?」

「キョーちゃんはお金には替えられない。おれにとっては地球のようなもんだ」

「私が地球ならコーちゃんは太陽だよ!」

いいな。私も幸季さんと一度でもこんな会話がしたかった。でもアルミニウムでできた一円玉は太陽の前では溶けて消え去るだけだ。

「あの女とどんなセックスしたの?」

「気になる?」

「今日みんなの前で永遠の愛を誓ったよね? コーちゃんの本当の奥さんは私。ほかの女としなければならないとしても愛のあるセックスはしてほしくない」

「それなら大丈夫。昨日だって彼女をオナホだと思って腰を振ってただけだから」

「オナホって何?」

「男が一人でするときに使う大人のおもちゃ。おもちゃだから挿れて出すだけで、目で見もしなかったし、手で触りもしなかった」

「コーちゃんのは?」

「もちろん見せてないし触らせてもいない」

「結婚してからも?」

「もちろん。おれはキョーちゃん以外の女に興味ないからね」

「約束だよ」

「約束する。――イクぞ!」

「私も!」

私と幸季さんの行為は無人化された工場のように静かで、そして機械的なものだった。一方、映像の中の二人は雄叫びを上げながら快楽を貪り、そして果てた。幸季さんの言葉通り、結婚して十五年になるが夫の性器を見せてもらったことはない。私が初めて見た夫の性器は、私ではない女に射精した直後の裏切りの象徴。射精した直後なのにそれは彼のお腹にくっつくほど屹立して、すぐに始まるであろう次の出番を待っていた。

幸季さんは桔梗の体の向きを変えて、彼の精液があふれ出した彼女の性器をカメラにさらした。

「恥ずかしい。コーちゃんのも見せて」

「いいよ」

夫は桔梗の前に立ち、妻の私がずっと見たくて見たくてたまらなかったものを惜しげもなく晒してみせた。彼は色白で細身の体型。でもそのとき彼の性器は赤黒く変色し、痛々しく血管も浮き出ていた。クールな彼の一部とはとても思えず、私は思わず息を飲んだ。

彼女はそれを好きなだけ目で見て手で触り、そして慣れた様子で口に含んで弄んだ。

「昨日あの女に汚されたんだよね。私が口直ししてあげる」

口直しって、そういう意味ではないような……

でも夫は何も言い返さず、桔梗から与えられる快感に身を任せているだけ。

「私の夢は結婚できなくても、コーちゃんの子を産んで育て上げること」

「キョーちゃんの夢はおれの夢だ」

「じゃあ、絶対にこの七日間で私を妊娠させて!」

「絶対に妊娠させる。キョーちゃんはおれだけのものだ」

「コーちゃんだって私だけのもの!」

どちらからともなく二人は抱き合って唇を求め合い、そしてまた一つになった――


そういえば、桔梗によれば夫は本当のセックス、つまり愛のあるセックスは桔梗としかしたことがないと言っていたそうだ。私の出る幕など初めからなかったのだ。

まだ動画の途中。肝心のシークレット結婚式の動画はまだ確認できていないけど、再生を中止してパソコンの電源も落とした。

離婚するかしないか迷っていたけれど、もう迷いはなくなった。人妻キラーとして不倫相談に答えながら十年以上蓄えてきた知識を、私自身の人生にも活用すべきときが来たようだ。

もちろん、婚約前の二股交際が民事でも刑事でも責任を追及できないことは知っている。でもやられっ放しでは気が済まない。一円玉にも一円玉なりの意地があることを悪魔のような二人に最後に見せてやりたい!


この作品はいかがでしたか?

1

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚