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「よう、眠そうだなあ、ジマ。」
とある病室の一室。その前に帽子とサングラスをかけたいかにも怪しい男(芥川) が、看護師さんをナンパしながら、敦に声をかける。無視してやろうかと画策しかけた。
「相変わらず、色欲については器用だね」
そう、嫌味ったらしく言うと、
「嫉妬してんの?」
と、屈託のない笑顔で言い返された。
「……もう僕が負けでいいよ」
ガララ、と病室の戸を開ける。完全な小部屋。ベッドは一つしかない。窓は全開で、病院服に身を纏った男が、横になりながら、ぼうっと窓の外を眺めている。腕には点滴の管がぶら下がっている。さまざまな管も、体から垂れている。
「……お久しぶりです、先生。お体、起こせるようになったのですね」
“先生”は何も言わず、ただぼうっと窓の外の景色を眺め続けている。もう、耳は聞こえていないのだろう。かろうじて、目が見えるくらいか。
「……よう、おっさん。今日はよお、俺が土産品を選んだんだぜえ。ほら、見舞いにちょうどいいやつ」
そう言って芥川は先生に無花果を差し出した。
「相場、うさぎのりんごとかじゃないの?」
「俺んちは無花果だった」
「いかれてんね」
芥川は唇を尖らせて、
「ほーらおっさん。口開けろ〜。せっかく銀が作ってきてくれたんだからさー」
「え、銀さんが作ったの?」
「最近の趣味なんだとよ。」
「すごいねえ」
そんな他愛もないことを言いながら、先生の口に芥川は小さく切った無花果を押し込む。
病人になんてことをするんだ、というと、だって口にはいねえんだもん、とばかけた答えが返ってきた。
「……」
先生はもちろん何も言わない。仕方のないことだが、胸がちくりと痛んだ。
「なあ、おっさん。おっさんのためにさ、俺たちめっちゃがんばってんの。てか、おっさんのせいで、俺、前髪失ったんだからな? 前まで綺麗なセンター分けだったのによぉ。」
芥川は嬉しそうに悪態をつく。ぐちぐち文句は言えど、芥川だって、先生にすごくお世話になったのだから、そりゃあ、当然こういった態度になるのだろう。
「はやく元気になれよぉ? おっさん、脚本家なんだろ? いくら、監督と友だちーっても、監督もおっさんじゃねーから大変そうだよ。」
「……龍」
「まあ、もう聞こえてねえんだろうけど。」
先生は有名な脚本家だった。本当は小説家になりたかったみたいだが、うまくいかず、それを見かねた先生の友人ーーそう、あの監督がその業界に誘い、先生は脚本家として成功した。先生と監督の作る映画やドラマは最高だとネット上では騒がれていたことを思い出す。
先生も、本来なりたかった職とは、少し違う職についたが、職人としていっぱいいっぱいに楽しんでいたように思える。そんな先生の後ろ姿を、ぼうっと見るのが大好きだった。
「……先生」
これ以上、言葉が出てこなかった。何から言えば良いのか、わからなくなってしまった。
「……」
深い色をした瞳が、敦の方を向いた。その目は、優しく笑んでいたような気もした。
「先生……?」
口元は動かない。だけれど、何か話そうとしているのだけはわかった。目が、そう訴えかけている。
「先生……!」
思わず、先生に抱きつこうとする。それを、芥川は必死に止めた。そんな芥川が鬱陶したかった。
「ばっ……なにしてんだ、お前!」
「だ、だって、先生が、先生が……!」
「そのまま抱きついて、点滴なんかが取れちまったらどうするんだよ!」
その言葉に、体が、ぴくりと止まる。そうだ、今、先生はむやみに体を動かしては行けないのだ。専門家の下でないと、先生は以前のように抱きしめてはくれないのだ。
「……ごめん、龍」
「まあ、いいさ。……ジマの気持ち、わからんでもねえからなあ。俺も、さんざんおっさんには世話になったし」
「……うん」
ぎゅっと、芥川は敦の手を握る。
「そろそろ、時間だ。戻るか」
「……うん」
そうして二人は病室を後にした。先生はまた窓の方をじっと見ていた。
「あ、先輩、中島さん!」
稽古場。そこで、中原は柔軟をしながら、二人に挨拶をする。その後ろで中原の背中を押していたのは、太宰だった。」
「あ、敦さん!!! おはようございます! ああ! 本日も大変麗しゅう……!」
「おはよう、中也くん」
「え、私、無視?」
芥川がくすりと笑う。
敦はそんなことお構いなしに、中原の元へ歩いていく。
「おはようございます。それに、来てくださって本当に嬉しいです!」
その眩しいばかりの笑顔が、敦にはささった。
「可愛いねえ、中也くんは。あ、僕の後輩になる?」
「敦さんの後輩は、私だけで充b……!」
「中島さんが良ければ……!」
「はあああああ????」
「天然人たらしがよお。」
ドタドタと地団駄踏む音が聞こえるが、芥川がなんとかしてくれると思い、無視をした。
「それじゃあ、始めますか!」
「はい!」