特大の欠伸(あくび)をした後、んん~っと体を伸ばしつつコユキが言葉を発した。
「何かやっていたようだけど、果たして効果はどんな物やら。 ま、無駄になんなきゃいいね~、あ、いいですね、か? はははっ」
あからさまに態度が元に戻り掛けていたが、善悪は特に気にする風でもなく、
「では所定の位置につくのでござる、三メートルから再開でござる。 いくで、ござるっ!」
訓練を始めるのだった。
今度は中断も無く全てのボールを投げ終えた善悪に向かって、コユキが自慢げに宣言をした。
「オッケー! 三メートルもクリアね♪ やっぱり善悪の、いや先生の見間違いだったんじゃん! あ、でしたねぇ~! けらけらけら♪」
対する善悪は、目の前のムカつく肉槐(にくかい)に答えるでも無く、只黙ってコユキを指差しただけだった。
その意味など無いであろう行動にコユキは呆れ顔で言葉を続けた。
「あれ? 口惜しくて何にも言え無くなっちゃってんの? です。 負けを認めるのも勇気だよ~。 です」
「……愚か者」
「へ? あんだって? です」
耳に手を当てて聞き返すコユキに、善悪が静かに言葉を返した。
「……今一度、己の姿を良く見てみるが良い。 それがそなたの実力である」
低く、それでいて力強い言葉につられ、自分の全身を確認したコユキは目を見張り、
「なんだと…… こ、こんな馬鹿な…… た、確かに避(よ)け切った筈(はず)だったのに……」
唸るように絞り出したのだった。
コユキが見た自分の体には、無数のピンポン球が付着していたのだ。
足、腰、腹、胸、肩、腕、さらには触ってみて気付いたのだが頭髪にも数個がくっ付いていたのだ。
首が回らないので見てはいないが、この分では背面も同様の状態である事は想像に易い。
二百球ほどの内、約三分の一のピンポン球が当たったと言う事だろうか?
コユキは擦れ(かすれ)た声で思わず呟いた。
「こ、こんなの…… う、嘘よ! 信じないわ、だって、だって、た、確かにギリギリで……」
「その姿が真実である。 そなたがどう思おうが…… 二十世紀の大発見、面ファスナーは嘘は吐(つ)かぬっ!」
コユキの言葉が終わるのを待たずに、やや強めの声で善悪が告げた。
その姿は長き時間を、求道一筋に捧げた徳高き老師のそれに見えた。
クワっとしていたのだ、クワっと。
言葉に導かれるように目を凝らしたコユキにも、丁寧にピンポン球へと貼り付けられた面ファスナーが映っていた。
そう、善悪は昼食前そしてコユキが良い気持ちでグーグーしていた間に、これをチョキチョキ一心不乱していたのであった。
なんという策士であろう、いやはやなんとも、である。
ともあれ、こんな風に言い逃れが出来ない証拠を突きつけられた時の、コユキの反応は皆さんも覚えた通りである。
そう、アレだ、開き直って馬耳東風(ばじとうふう)、老師善悪もそれは覚悟していた。
いたのだが、今回に限ってそれは違っていた。
顔面をグシャグシャに惨め(みじめ)そうに歪め(ゆがめ)たコユキは、大量の涙をその目から溢れさせながら、両膝から崩れ落ちて両手を地面について言った。
「あんざ…… いえ、善悪センセイ…… バスケが…… いや、強くなりたいです……」
暫し(しばし)の沈黙の後、老師はメガネを光らせながら、その小太りの腹を擦り(さすり)ながらみつ、いやコユキに向かって答えた。
「ふぉふぉふぉ、……諦めたらそこで死合い(悪魔狩り)終了だよ」
と。
その後、変な感じに(元通りに)なりそうだった、みつ、いやコユキはチーム(聖女と愉快な仲間たち)に帰ってきた。
特段変化は無かったし、髪を短くしたりはしなかったが、頼もしい先輩がチームに帰ってきたのだ。
さあ、役者は揃った、目指すはインターハイしゅつじょ、いや家族の魂の奪還だ。
いけいけ幸福寺、頑張れ聖女と愉快な仲間たち、オーエスオーエス。
とは言え、コユキは落ち込む事しきりであった。
それはそうだろう、確実に避けきったと思っていたピンポン球が全身に付いていたのだから……
落ち込んでばかりのコユキに対して善悪は言った。
「ま、無駄な事は一つも無いとは、流石(さすが)釈尊(しゃくそん)のお言葉である。 今回の負けん気争いも望外(ぼうがい)の結果を齎(もたら)したのでござる」
「えぇ? 先生、そうなのですか?」
コユキには俄(にわ)かには信じられなかった。
彼女には今回の顛末(てんまつ)が、調子に乗っていた自身の天狗の鼻をへし折ったに過ぎないと感じていたのだから……
しかし善悪はそんなコユキの内心に構わず言葉を続けた。
「コユキ殿、見えぬ物を見ようとする前に、まず見える結果を見る事が肝要でござるよ。 ま、本堂に上がるでござるよ」
「は、はぁ……。 わかりました……」
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