「あの、クロノアさん」
「ん?どうしたの?」
「その…話したいことが、あって」
「話したいこと?ここじゃ言いづらい?」
ちらりと視線を向ける先にはぺいんととしにがみさんがいる。
「えっと、…そう、ですね。…できれば2人で話したいと言いますか…」
「……いいよ?」
思案して間を開けて答えられた。
いつものように、にっこりと笑って。
「おーい、ぺいんとー、しにがみくーん」
手を止め2人の方に声をかけたクロノアさん。
「はい?どうかしましたか?」
「なんかありました?」
「ちょっと俺とトラゾー向こうの方行ってくるね」
ちらっと俺を見るクロノアさんは、再度ぺいんとたちに視線を戻した。
「了解っす!」
「分かりました!」
「よし、じゃあ行こっか」
俺が言い出したことなのに、こういうさりげない優しさがこの人のいいところなんだよなと改めて思う。
「はい」
歩く間無言だった。
よく喋るぺいんとやしにがみさんがいないとすごく静かだ。
「この辺なら、いいかな?」
手を引かれながら、2人からだいぶ離れて見えないところでクロノアさんが立ち止まった。
「…それで?話したいことって?」
「あの…えっと」
「⁇」
意を決してクロノアさんを真っ直ぐ見つめる。
「その、好きです」
「え」
クロノアさんは驚いたようなピンときてないような顔をして俺を見返していた。
「…ぇっと、…」
どうして言ってしまったのか。
隠すつもりでいたのに。
驚いたまま何も言わないクロノアさんにじわりと涙が滲みそうになる。
「な、なんて!冗談、ですよ!」
「トラゾー?」
「さっきのは、そのっ…ホントに、気にしないでください…」
冗談でもない。
ただ、伝えたかっただけで。
付き合おうとか、そういう関係になろうとかは微塵も思ってない。
だからこうも反応がないと、全く脈なしと事実を突きつけられた気がした。
期待も脈があるとも思ってないけど。
「っ、ごめんなさい、変なこと言って…クロノアさんを困らせたかったわけじゃないんです…。…さ、さぁ2人のところに戻りましょう!あんま遅いと心配され…」
自分で自分を傷付けて泣きそうになる。
顔を見られないように慌てて踵を返し2人のところに戻ろうとした。
「へ…?」
その時、腕を引かれて後ろから抱きしめられた。
誰に?
クロノアさんに。
「クロノアさん?そ、その冗談言ったことは謝るんで絞め落としだけは勘弁を…」
「俺も好きだよ」
「……ぇ?」
「冗談でも嘘でもない。本気だよ?……トラゾーも冗談じゃないだろ?」
「っ」
「さっきのはマジで驚いただけというか、柄にもなく内心喜んでいたというか…」
振り返ると顔を少し赤くしたクロノアさんがほっぺを掻いていた。
「ホントは俺が言うつもりだったんだけど……トラゾーに言わせちゃったね」
正面を向かされて改めて抱きしめられる。
柔軟剤のいい匂い。
猫ちゃんがいるからクロノアさんは香水とかの類はつけてない。
だから、この人本来の優しい匂いがする。
そういえば、いい匂いとか好ましい匂いと思った相手って遺伝子レベルで相性がいいってなんかに書いてあったな。
「トラゾー、俺もきみのこと好きだよ。だから付き合って」
「お、れ、でいいんですか」
信じられなくて聞き返す。
「え?だって両想いでしょ?じゃあよくない?」
あっけらかんと言われて、我慢してた涙が落ちた。
「ふ、ふふっ…なんですかそれ、」
服の袖で優しく涙を拭ってくれるクロノアさんは、これまた優しく笑った。
「トラゾー返事ちょうだい?もう決まってるだろうけど」
「、ぁ、あのっ…えっと、…よろしくお願いします…っ」
俺自身も精一杯の笑顔を向けて返事をした。
「……〜〜、……」
「⁇、クロノアさん…⁇」
クロノアさんは聞き取れないくらい小さな声で何かを呟いた。
「何でもないよ?……いや、また機会ができたら教えてあげる」
「はぁ…?」
「さ、戻ろっか?2人に報告もしないといけないし」
「え⁈」
ぺいんととしにがみさんのところに俺の手を引きながら戻るクロノアさんに慌てる。
俺はともかく、クロノアさんが引かれて嫌われるなんてことあったら。
顔に出てたのかクロノアさんは諭すように優しい声で俺に言った。
「大丈夫だよ。あの2人がそんなことで俺たちのこと嫌いになると思う?」
「思いません…でも、…」
「寧ろ喜んでくれるんじゃない?…やっとかって」
「ぇ、もしかして…俺の気持ち、バレて…?」
「さぁ?それはどうか分かんないけど。とにかく大丈夫だよ。ね?…それとも俺のこと信用できない?」
「そんなわけ…っ!、俺はクロノアさんのこと信用してます!」
ふっと口角を上げて笑う表情に、刹那、本能的に背筋が震えた。
「……⁇」
「(怖い…?…何に?)」
ほんの一瞬すぎて分からなかった俺はクロノアさんに手を引かれるがまま2人のところに戻った。
そして俺の心配も杞憂で、クロノアさんの言った通りぺいんとたちは我が身のように喜んでくれた。
─────────────────
「トラゾー」
「はい、どうしましたかクロノアさん」
「これ欲しかったって言ってたやつ。たまたま見つけたから買っといたよ?」
「わ!ずっと探してたんですこれ!どこ行ってもなくて……ありがとうございます、クロノアさん。すごく嬉しいです…っ」
クロノアさんは俺と付き合いだしてから、何というかすごく俺を甘やかしてくる。
「いいよ。トラゾーの喜ぶ顔見たかったから」
そして、ごく自然にこういう発言をサラッとしてくる。
「またそういうこと言う…」
俺もお返ししたいと言ったら、また今度ね。
とはぐらかされる。
「そのお返しはいつか溜めて返してもらうよ」
「溜めるって…ポイントじゃあるまいし…」
「ポイント制、いいかも。何ポイントで何々〜とか面白いね」
「クロノアさんのたまにあるそういうノリ、嫌いじゃないです」
「俺もトラゾーのそういう言い回しの仕方好きだよ」
こういうことも自然と言ってくる。
「……日常組の絶対領域だった人が、恥ずかしげもなくこういうことを…」
「好きな人に対しては、結構俺前に出るよ?知ってるだろ?」
首筋を撫でられてびくりと肩が跳ねる。
そこを押さえて、真っ赤になってる顔をクロノアさんに向けた。
「ちょっと…っ」
情けない顔をしてるのはわかってる。
そんな顔でクロノアさんを睨みつけたら、くすくすと余裕のある顔で笑われた。
「…昨日のこと、思い出しちゃった?」
「〜〜〜!!」
「今の顔も可愛いけど、…昨日も凄かったね?」
思い出される昨日のこと。
「っ!!もうクロノアさんのバカ!!」
「ははっ可愛い」
晒け出してないところはないんじゃないかくらい、身体を暴かれた。
そしてこの人もそういう欲があるんだと、それが自分に向けられているのだと僅かな優越感に浸る。
「トラゾー、物欲しそうなカオになってるよ」
「へ⁈いや、違っ…!!」
首筋から鎖骨を撫でられて肩が跳ねた。
「俺じゃなきゃダメな身体になっちゃったね」
「くろのあ、さ…っ?」
「俺以外はダメだからね、トラゾー」
「そ、そんなの…当たり前…」
クロノアさん以外になんて絶対に無理だ。
鎖骨から滑るようにして肩に触れられる。
「全部、俺だけ」
「ぅひゃっ」
素っ頓狂な声が出るとすっと離される手。
ホッとしたような残念なような。
「(…って、違うし…!)」
「トラゾー」
「は、はぃ…?」
「百面相してるけど大丈夫?」
「大丈夫、です…っ」
顔に出ないようにしてるのに、クロノアさんといるとそれが緩んでしまう。
元々、分かりやすいと言われていたけど更に分かりやすくなってるみたいだった。
「トラゾーには何でもしてあげたくなるな」
「そんなの、俺だって…クロノアさんには何でもしてあげたいです」
「充分してもらってるけど、…まぁ、いつか溜めて返してもらうよ」
「…いつでも言ってくださいね?俺、クロノアさんの為なら何でもしますよ」
動きを止めて俺のことじっと見る翡翠にたじろぐ。
「クロノアさん…?」
「あんま何でもするとか言わない方がいいよ?特に男の前では」
「⁇、……ぁ、っと…」
そういう意味じゃない、と弁解しようと思った時には手を取られてソファーに倒されていた。
「そういうの俺だけにしてね」
「クロノアさん以外に言う機会なんてないですよ…っ」
「だよね。じゃなきゃ許さない」
耳元に顔を寄せたクロノアさんは低い声で囁いた。
「俺じゃないとダメなトラゾー」
「っ、ひぅ」
「俺がいないと、何もできない、」
「ぁッ、」
「ずっと俺だけのトラゾー」
「ひゃ…っ」
首筋を吸われて、そう反応するように変えられた身体は従順に大きく跳ねた。
「俺のモノ」
鬱血痕を満足そうに撫でるクロノアさんは俺を起こして抱きしめてきた。
「トラゾーは、俺だけのモノでいてくれる?」
「クロノアさんだけ、…」
「他の奴のとこに行ったりしないよね?」
「行きません。俺はクロノアさんが好きです、だから……その、ずっとあなたのモノで、いさせてください…」
「離すわけないよ。ずっと、ずーっとトラゾーのこと見てたんだから」
抱きしめられていてクロノアさんの顔は見えない。
ただ、その声はホントに嬉しそうな声色をしていた。
嬉しそうと言うより、愉悦に浸っているような。
「じゃあ次会う時、してほしいこと伝えるよ」
「え、今でも俺いいですよ?」
「ううん、準備とかあるからね。前々から決めてたんだけど、物を揃えるのに時間かかってるから」
準備?
「なる、ほど…?」
「うん。…じゃあ今日は帰るね」
「……はい」
この時間が1番嫌だ。
クロノアさんが帰って1人になるこの瞬間が。
玄関まで見送りに行って、静かに閉まるドアを見るのが。
「トラゾー大丈夫だよ」
そんな俺の真意を悟ったのかクロノアさんが優しく言った。
「え?」
「じゃ、また」
「⁇、はい、また」
静かに閉まるドア。
「大丈夫…⁇」
どういう意味かは分からないけど、何故か不安感と安心感がごちゃ混ぜになって俺を混乱させていた。
────────────────
クロノアさんに指定された時間と場所に行く。
思ったよりも早く呼ばれた場所にはクロノアさんはおらず。
しばらくは言われたカフェで時間を潰していた。
と、連絡が入り場所の変更が入った。
クロノアさんにしては珍しいことだった。
「まぁ、そういうこともあるか」
そして新たな場所で待っていると少しして通知音がした。
スマホを確認すると、ごめん少し遅れるかもと連絡が入っていた。
待ってることと全然大丈夫なことなどを伝えてLINE画面を閉じる。
「…してほしいこと、なんだろ」
手持ち無沙汰になったから電子書籍でも見てようかとアイコンをタップしてしばらくそれらを見ていた時だった。
「あの、すみません」
「はい?」
声をかけられ顔を上げるとスーツを着た男の人が立っていた。
年は自分と同じくらいか?
「どうかしましたか」
「あの、出張で来たもので土地勘がなく…ここに行きたいのですが…」
サラリーマンは大変だな。
そう同情しつつ出されたスマホ画面を覗き込む。
「あぁ、ここですね。…ここは…っわ!」
走ってくる足音と共に後ろに腕を引かれた。
驚いて振り返るとクロノアさんがいた。
「クロノアさん…?」
視線を辿ればサラリーマンのことを睨みつけていた。
「…彼に何か用ですか」
「クロノアさん、この人出張で来たみたいで土地勘ないからって道案内を…」
「そ、そうです。オレが声かけても誰も聞いてくれなくて…彼が、話を聞いて…」
「何の為にスマホ持ってるんですか。地図アプリとか、何でもあるでしょう?わざわざ人に聞く必要ないだろ」
「いや、そういうの苦手で…」
「だったら、向こうにいるあなたの”同僚”に聞けばいいんじゃないですか?」
「同僚?クロノアさん、どういう…」
違うところを見ているクロノアさんの視線を辿れば同じようなスーツを着た人が2人ほどいた。
「…ホントに出張に来たサラリーマンか知りませんけど。俺ならちゃんと事前に下調べして来ますけどね。…そんなんで大丈夫ですか?」
「…ちっ!」
男の人は舌打ちを大きくして雑踏の中に、さっきの2人と共に消えていった。
「え、どういう…?…嘘?だったってことですか」
「多分、案内させて3人で来たんです、とか適当なこと言って、相手を連れ込んで…っていう典型的なね」
ぞわりと鳥肌がたった。
「人の良さそうなトラゾーに声かけて、しめしめとか思ってたんだろうね」
「た、助かりました…クロノアさん、ありがとうございます…」
「いいよ。それにしても近かったね、さっきの奴と」
スマホ画面を覗き込んだことを言ってるのだろうか。
「俺、心配だよ。トラゾー誰にでも優しいから」
「そんな…俺なんかよりクロノアさんの方が…」
「俺はトラゾーにだから優しいんだよ。誰にでも優しいきみがどっか行っちゃわないか不安なんだよ」
掴まれた腕を強く握られる。
「クロノアさん…?」
「……その辺もトラゾーに分かってもらわないといけないから、…行こうか」
「は、はい…」
掴まれた腕を引かれながら俺はクロノアさんに着いて行った。
着いたのは、防犯対策のきちんと整ったオートロックのついた綺麗なマンションだった。
「?、クロノアさん、遂に一人暮らし始めたんですか?……!、あ、準備ってそういう。家具運びとかを俺に手伝って欲しかったってことですか?お安い御用ですよ」
ロックを外して、中に入る。
エレベーターに乗り込み、何処かの階をクロノアさんは押した。
「一人暮らし、ではないかな」
「?ペット可のとこですか?」
「ペットは不可だね。…まぁ、ある意味では的を得てるかも」
チン、と目的の階に着いたようだった。
その階は3部屋くらいしかなくて。
「な、なんか高そうなとこですね…」
「そうでもないよ」
「そうですか…」
「あと家具も全部入ってるしトラゾーがそれをする必要はないよ。さ、入って」
中もめちゃくちゃ綺麗だ。
背後でガチャリと鍵のかかる音が響く。
「お邪魔します…」
「いらっしゃい」
新めのマンションなのだろう。
内部もすごく綺麗だ。
そしてクロノアさんらしいシンプルな内装。
「座って。飲み物出すよ」
「ありがとうございます」
何だか落ち着かない。
ソワソワしていると、俺にとオレンジジュースと自分用にアイスコーヒーを持ってクロノアさんが戻ってきて隣に座った。
「落ち着かない?」
「なんか、新鮮というか…他人の家って感じがして…」
「そのうち慣れるよ。…すぐにでも」
「そう、ですね…?」
一口オレンジジュースを飲む。
「うまっ」
「トラゾーが美味しいって言ってたやつ、買っといたんだ」
「ありがとうございます、嬉しいです」
クロノアさんはやっぱり優しい。
「うーん…なんかホントに俺、クロノアさんがいなきゃ生きていけない気がしてきました」
「……ホント?」
「ホントに。俺もうクロノアさんがいなきゃダメですね」
横を見ると、目を細めて口を覆うクロノアさんがいた。
「あ、…ごめんなさい、なんか今のはキモかったですね」
「キモくないよ。すげぇ嬉しい」
手を取られて抱き寄せられる。
「ずっと待ってた、この時を」
「へ?」
「俺、トラゾーのことホントに好きだし、愛してる。誰にも渡したくないし、誰の目にも触れてほしくない。誰とも話してほしくないし…俺以外の人間と関わることが許せない」
「ク、ロノア、さん…?」
「その為にここも用意したんだよ。トラゾーの為に、強いては俺の為にも」
「俺の、為…?」
「うん、俺と一緒にいようね?大丈夫、トラゾーの物も全部運んであるから」
「…は⁈」
「使い慣れたパソコンとか機材の方がいいだろ?だから、運び入れてもらったんだ。それで遅れちゃったけど」
「え、?は?どういう…?」
クロノアさんの言ってる意味を理解したくなくて、それでも理解してしまってる頭は混乱していて。
「俺のしてほしいことは、トラゾーが俺とずっと一緒にいること」
この笑みは既視感があった。
あの時、付き合うことになった時に感じた本能的な恐怖。
「っっ!ご、めんなさい!今日は帰ります!!」
クロノアさんを突き飛ばすようにして離れる。
一瞬、突き飛ばしたことに罪悪感があったけどそれどころではない。
急いで玄関に向かって鍵に手をかけた。
なのに、玄関の鍵が開かない。
「これ…っ」
スマホでする自動ロックのやつがかけられている。
「ど、どうし…どうしよう…っ」
意味もないのにドアノブを回すと、背後からふわりと俺の好きな匂い。
両脇にはクロノアさんの腕。
「……ぁ、あ」
「言っただろ、俺のモノだって。トラゾーはずっと俺とここにいようね」
「た、すけて…」
「俺が助けてあげるよ。だって、俺がいなきゃ生きていけないもんね、トラゾーは」
いつから、こんなことに。
「トラゾーが俺のこと好きになる前から、俺はずっとトラゾーのこと好きだったよ。…ずっと見てたって言っただろ?」
クロノアさんの方を向かされる。
彼は普段と変わらない穏やかで優しい笑みを浮かべていた。
「好きな人は大事にしたいし、守ってあげたい。自分だけのモノにしたいって思うのは自然の摂理だろ?大丈夫、俺はトラゾーのこと離す気は微塵もないしずっと愛してるよ」
大好きな匂いに包まれる。
「ね?俺と一緒にいようね、トラゾー」
「…、はい」
怖い、よりも嬉しい、が勝ってしまった。
この人のモノになれるなら、もうなんでもいいと。
あの時、告白をしなかったらどうなっていたのか。
きっと結末は変わらないんだろうなと、潰されそうなくらいの彼からの愛情を受け止め、同じように返していくことになるのだろう。
そう思いながら、クロノアさんに身を委ね、2度と外に出ることは叶わないのだろうなと、少し悲しく思いつつ目を閉じた。
「ただいま、トラゾー」
「おかえりなさい、クロノアさん」
コメント
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す、すごい…(一言目がこれでした) いやぁ、krさんからのtrさんへの愛を感じる… 用意周到なところkrさんらしくて戸惑うけど受け入れちゃうのもtrさんらしくて最高です!!