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窓の外は、晴れていた。夏の終わりを知らせるような、やわらかな風が病室に吹き込んでいた。
晶哉の体は、日ごとに痩せていった。
声はかすれ、目を開けていられる時間も短くなった。
それでも、灯は毎日そばにいた。
何もできなくても、手を握ることだけはできた。
「ねえ、晶哉。今日の空、すごくきれいだったよ。海も見えた。ほら、前に約束したでしょ? “また一緒に行こう”って。」
灯は、明るい声を出しながら、一生懸命に笑顔を作った。
でも、その奥では、心が叫んでいた。
“行かないで”“まだ一緒にいたい”“さよならなんて言いたくない”
その言葉だけは、どうしても口にできなかった。
晶哉を信じてないみたいで嫌だったから……。
晶哉は微かに目を開いた
『灯……ごめん……。』
「なんで謝るの?何も、悪くないじゃん。」
『君に……未来があるって……分かってるのに……僕には……未来が無い……そして……その未来に僕は……居られないのが……悔しいんだ……。』
涙が、ぽつりと灯の頬をつたった。
「晶哉……泣」
『でも……灯にお願いがあるんだ。』
彼は、机の引き出しから小さな折りたたみの紙を取り出した。
それは、以前ふたりで“いつか行こう”と話していた場所をメモしていた紙だった。
海、映画館、夜の観覧車、灯台の丘、季節の花畑……
『この全部……灯に行ってきてほしい。僕の代わりに……。』
「……やだよ。あなたと一緒じゃなきゃ、意味ないのに……。」
『違うよ。君が笑ってくれるなら、それが僕の幸せになる。君の未来が、ちゃんと続いていくなら……僕は、それでいいんだ。』
弱々しくも、確かに彼は微笑んだ。
その顔は、不思議なくらい穏やかだった。
『灯……生きて……生きて、生きて、ちゃんと幸せになって。』
そして、彼の目がそっと閉じられた。
灯の手の中で、ぬくもりが、静かに遠ざかっていった。
時間が止まったようだった。
音がすべて、消えたようだった。
「……うん。わかったよ。私、生きる。あなたの分まで、生きてみせる」
震える声で、それだけを告げた。
涙は止まらなかった。
でもその涙には、少しだけ光が混じっていた。
“これは終わりじゃない。始まりなんだ”と、どこかでわかっていたから。