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部屋に戻ったベルは、一先ず着替えることにした。
コートを脱いでドレスも脱ぐ。この部屋にはベルだけだ。レンブラントはベルを部屋に送り届けた後、早々に出て行った。
「……うっわぁー」
脱いだ衣類をハンガーにかけようとしたベルは、思いっきり顔を顰めた。
泥まみれになっていたのは、コートだけではかった。ドレスも靴下も、ドロドロ状態だ。まさかと思って視線をずらせば、脱いだブーツもがっつり汚れていた。
(くっそ。クルトめっ。覚えとけよ!)
ベルは舌打ちとともに、ここには居ない義理の姉の婚約者に向かって心の中で悪態を吐く。
声に出さないのは、レンブラント達が聞き耳を立てているかもしれないから。今のベルは、義理の兄を慕っているという演技をしなければならない。
──コン、コン。
「入りますよー」
ベルが泥だらけの衣類をどう洗えば良いのか途方に暮れていれば、ノックの音と共に扉越に宿屋の女将に声を掛けられた。
「はい、どうぞっ」
ベルはあわてて返事をして、コートを椅子にかけて扉を開ける。
そうすれば、水が張ったタライと薬箱を持った女将が心配そうな顔をして立っていた。
タオルなどが入った籠はとても重たそうだ。女将は髪に白いものが混ざっている。こんな大荷物を持っていたら腰を痛めてしまうかもしれない。
「お嬢さん、ちょっと入ってもいいかい?」
「あ、はい。もちろんです」
身体をずらして女将が入室しやすいように場所を開けると共に、ベルは女将の荷物を持とうと手を伸ばす。
「そんなん結構だから、早くそこにお座りなっ」
軽く手をぺしりと叩かれ断られてしまったベルは、しょんぼりとしながら言われた通りにベッドに腰掛ける。
「あらあら、あららら……それにしても、酷い顔だねぇ」
ベルの手助けを断ったことなど忘れたかのように、女将はくしゃりと顔を歪めて籠からタオルを出す。
「傷もあるから、ちょっと染みるかもしれないけど、まずは冷やすのが肝心だからね。ほら」
タライにタオルを浸して緩く絞ると、女将はそう言って、ベルに顔にそっとタオルを当てた。
てっきり手渡されてると思ったベルは、びっくりして身体が小さく跳ねてしまう。
それを女将はどうやら痛いと勘違いしたようで、更に顔を歪ませた。
「ああ、すまなかったね。痛かったよね。それにしても……せっかくの可愛らしい顔なのにねぇ、一体何があったのかい?……ああ、口の中が痛いのに、答えられないか。これも悪かったねぇ」
「……あ、あの」
「市場に行くって言ってたけど、あそこは色んな人がいるからねぇ。こんな目に合うなら、気性が荒い輩もいるってちゃんと言っとけば良かったよ」
「……えっと、わたし」
「それにしても軍人ってのは使えないねぇ。ご立派そうな男が3人も一緒に居たというのに、女の子一人守れないなんて、情けないったらありゃしない」
他人から手当を受けることがなかったベルは居心地の悪さから、せめて後は自分でやると強く訴えたい。
でも、一人で会話を進めていく女将にベルは口を挟む隙がなかった。
口と手を同時に動かすことができる特技を持っている女将は、軍人が頼りないという話からいつの間にか旦那の愚痴に変わり、そして「だいたい男っていうのは……」と独自の持論を展開し始めてしまう。
それをぼんやり聞きながら、まっ白なタオルが汚れていくことに、ベルは申し訳なさを覚えてしまう。
しかし、それすら口に出すタイミングを見つけられないベルは、ただじっと女将にされるがままになっていた。
コメント
1件
読了したわ!ベルが泥だらけのドレスに呆れてるところ、めっちゃ共感した。クルトへの悪態も思わず笑っちゃったけど、声に出せないもどかしさが伝わってくるね。そして女将さんの手当てシーン、一人でどんどん話進めてベルのタイミング奪っちゃう感じがリアルで、「あるある」って思ったわ。せっかくの可愛い顔がーって本気で心配してくれてるところに温かさを感じた。他人に手当てされるのが慣れてないベルの戸惑いもよく描けてたし、良いエピソードだった!