テラーノベル
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本日最後の仕事も無事に終わり、俺はみんなに「お疲れ様でした!」と言うや否や、楽屋を飛び出した。
エレベーターに乗り、一階のボタンを押す。
無駄な時間を少しでも削るように、エレベーターの中でタクシーアプリを開く。
最短で迎えに来てくれるタクシーは5分後に着くと表示されていた。便利になった世の中とこのシステムに感謝しながら、画面をタップした。
一分でも一秒でも早く、阿部ちゃんに会いたかった。
「到着しました」とエレベーターから音声が流れ、ゆっくりと扉が開く。
わずかな隙間をすり抜けるように、体を斜めにして扉をかいくぐり、小走りでビルのエントランスを抜ける。
通りまで出てみたが、まだタクシーは来ていないようだった。
タクシーを待つ間、阿部ちゃんに「これから迎えにいくね」と連絡した。
2分ほど経って、こちらに向かってくるタクシーに向かって手を挙げ、開いたドアに頭を突っ込んで目的地を運転手さんに伝えた。
昨日、大冒険の末に見つけた阿部ちゃんの家までの道のりは、もう全て頭に入っている。阿部ちゃんの家の最寄駅まで向かってほしいと伝え、その先からは運転手さんへ道案内をしながら乗せてもらった。
家の前まで着いたところで、「迎えに行きたい人がいるので、少し待っていていただけますか」と伝えると、運転手さんは快く承諾してくれた。
車を止めておいてもらい、俺は阿部ちゃんの部屋へ行く。
わくわくしながらインターフォンを鳴らすと、「はーい」と声が聞こえる。
「目黒です。」と答えると、「あっ…!すぐ出るね!!」とまた声が返ってきた。
なんだか少し焦っている様子だったが、大丈夫だろうか。早過ぎただろうか…。
部屋中を走り回っているのか、中からドタバタと音が聞こえる。
急にぴたりと音が止んだかと思うと、鍵がガチャリと開いて、ドアノブがゆっくり傾く。スローモーションのように開いていくドアから、阿部ちゃんの頭がひょこっと出てくる。
伺うように俺を見つめながら、少し困ったような顔をして徐々に徐々に阿部ちゃんが出て来てくれた。
「お、お待たせしました……」
仕事の時とは違う、ふわふわにセットした髪型で左サイドの髪が耳に掛かっている。
寒いのが苦手なのか大きめのマフラーを巻いて、顔が半分くらいしか出ていない。
全体的にゆったりとしたコーデが、細身の阿部ちゃんを余計華奢に見せていて、俺の庇護欲が暴走しそうになる。
かわいい。どうしよう。
「へ、へん、、かな……?」
阿部ちゃんが、俺に上目遣いで恐る恐る問い掛ける。
そんなわけないでしょ?
教えてあげる、お姫様。
「ううん、すっっっっごく、かわいいよ。」
「ぇぁ………ぁ、、ぁりがとう………」
隠れるように、阿部ちゃんはマフラーに真っ赤になった顔をうずめる。
俺の言葉を素直に受け取ってくれる純粋さも、素で出てくる初心であざとい仕草も、その一つ一つが可愛くて、愛おしい。
マフラーの隙間から蒸気を出すようにして、もふもふの化身になった阿部ちゃんを抱き締める。
「このまま攫っちゃいたいくらい」
と囁くと、
「俺の心の準備ができたら、その時はお願いします…」と阿部ちゃんは小さく応えた。
裏表なんて無くて、真っ直ぐに向き合ってくれる。俺の全部を受け止めてくれる。
俺が伝える阿部ちゃんへの気持ちを、恥ずかしがりながらも、隠さず思ったままに返してくれる。
そういうところが大好き。
運転手さんをあまり待たせてしまうのも良くないと我に返り、阿部ちゃんの手を引いてタクシーに戻った。
今度は、先ほどふっかさんに教えてもらったお店の名前と住所を伝える。
運転手さんはゆっくりと車を発信させた。
目的地に着くと、阿部ちゃんはお財布を出そうとするので、その手を制して、支払いを済ませた。
車を降りた後も、阿部ちゃんは申し訳なさそうな顔をしている。そんなところもかわいい。
「今日はデートだから全部俺に払わせて?」と言ってももやもやした顔は治らない。
ただ、阿部ちゃんと会える時はいつでもデートってことになるから、阿部ちゃんがお財布を出す未来はずっと来ないだろうな、いや、来させない、なんて思う。
「俺がしたいの。ね? お願い。楽しくご飯食べよう?」
そう伝えると、やっと阿部ちゃんは眉を下げながら笑ってくれた。
「ありがとう」と言ってくれた。
阿部ちゃんが「ありがとう」と言ってくれるたびに、心がぽかぽかする。
そう言ってくれるのが嬉しくて、阿部ちゃんが喜んでくれること、なんでもしたくなる。阿部ちゃんがずっと幸せな気持ちでいられるなら、なんだってしたい。なんだってできる。
そんな自信、どこから湧いてくるのか、きっと、今の俺は有頂天のハッピー野郎なんだと思う。
お店の中に入り、予約していた者だと名前と一緒に店員さんへ伝えて、席へ案内してもらった。
個室の中で、上着を脱いだ姿の阿部ちゃんも可愛かった。
もこもこのニットは、袖が長くて、阿部ちゃんの指がほんの少しだけ覗いている。
なかなかに身長は高いはずなのに、なぜこんなにも小動物のように見えるのか。
これ、、、実は試されてるのか…?そんな考えが頭をよぎる。
阿部ちゃんは、メニューを見ながら、先ほどまでマフラーで覆われていた首を無防備に前に出す。オレンジ色の落ち着いた照明に照らされた肌、襟の隙間からちらつく鎖骨には影が差す。そのコントラストに目眩がした。
俺、今日、もつかなぁ…………。
いよいよ目黒くんから迎えに行くと連絡が来て、途端に気持ちがそわそわし始める。
先ほど選んだ服はやはり微妙かもしれない…。もう一度選んだ方がいいかな…。
髪型、、これ変じゃないかな…。でももう固めちゃったから治せない…。
どうしよう、どうしようと、服を見て、鏡を見て、そうこうしているとインターフォンが鳴った。出ると、「目黒です」と声がする。
もうそんなに時間が経っていたのかと、慌てて家を出る準備をする。
「携帯、お財布、家の鍵、あとは、、あとは、、あっ!戸締り!…よし、窓閉めた、ガスは使ってないし…うん、多分大丈夫…。よし!行ってきます!」
…とは言ったものの、玄関を開ける勇気が出ない……。
結局、服も髪型も何も変えられていないままなのだ。大丈夫かなぁ…。
でも、目黒くんを待たせたらいけない。
ちょっとずつ出ていこうと、ゆっくりドアを開けて、そーっと顔を出してみる。
「お待たせしました」と伝えてみたが、目黒くんは何も言わず、ただじっと俺を見ている。
やはりどこかおかしかっただろうか。
「へ、へん、、かな……?」と聞いてみると、
「ううん、すっっっっごく、かわいいよ。」と言ってくれた。
嬉しくて、恥ずかしくて、着けていたマフラーで顔を隠した。
すごく顔が熱い。
どうしよう、、甘い、熱い、、溶けそう、、、。
俺、今日、もつかなぁ…………。
タクシーに乗って、目的のお店へ到着する。
代金は目黒くんが全て支払ってくれたのだが、申し訳ない。
目黒くんはいいと言っていたが、本当にいいのかなぁ…。
「楽しくご飯食べよう?」と言われてしまえば、弱ってしまう。ここは素直に甘えようとお礼を伝えて中に入った。
個室に通され、着ていた上着を脱いで、外したマフラーと一緒にハンガーに掛けた。
美味しそうなご飯のメニューを見ながら、目黒くんと何を食べるか相談する。
そんなことでも、その全部がとても楽しかった。
ご飯を食べながら、またたくさん話をした。
次はいつ会えるかな、なんて話したり、お休みの日の過ごし方についてなんてことまで、話は尽きなかった。
「ねぇ、阿部ちゃん」
「ん?」
「次はどこでデートしよっか」
今の目黒くんには、うきうきという言葉がぴったりな様子で、少し前のめりに聞いてくれる。
「うーん、そうだなぁ。 あ、もしよければなんだけど、今度一緒に行きたいところがあって」
「え!どこ!!」
「うちの近所にとっても素敵なカフェがあるの、そこに行きたいなって」
「いいね!行きたい!」
「人目が気になっちゃうからってちょっと遠慮してたんだけど、オーナーが閉店時間近くに来てくれれば、クローズして二人だけにしてくれるってご好意いただいたの」
「そこまで気遣ってくれてありがとう、嬉しい。そのオーナーさんもいい人だね」
「うん、とっても優しくて格好いい人だよ!いつも良くしてくれるの。目黒くんも気に入ってくれるお店だといいな」
「ありがとう、楽しみ。…でもね、阿部ちゃん?」
「なぁに?」
「俺の前で、俺以外の人に格好良いなんて言わないで?」
「うん??」
「やきもち焼いちゃうから」
「なっ………⁉︎」
「ふはっ、俺のお願い、聞いてくれる?」
「…はい……。」
目黒くんは頬杖をついて、いたずらが成功したように、にっこりと微笑んでいた。
手で顔を隠してなんとか返事をする。
俺の心臓は、ずっとどきどきと鳴り続けていた。
ご飯も食べ終わり、そろそろ帰る時間となった。
お店での支払いも、いつの間にか目黒くんが済ませてしまっていたようで、また申し訳ない気持ちが込み上げた。そんな俺の気持ちに気付いたのか、目黒くんはさっきと同じように「俺がそうしたいの」と言った。
また二人でタクシーに乗る。
どちらからともなく手が触れて、そのまま指が絡まった。
目黒くんの体温が心地よい。
今日が終わること、また会える日が来るまでの時間はそう短くないこと、それがわかっているからこそ、余計にこの温度が恋しくて、愛おしかった。
触れ合えば触れ合うほど、愛おしさは増すばかりだった。
俺の家の前でタクシーが止まる。
目黒くんと手を離したくないけれど、いつまでもこうしているわけにもいかない。
それは目黒くんも同じなようで、手を解こうとする俺を引き止めるように、目黒くんの指にぐっと力が入ったのがわかった。
数秒して、泣く泣くという様子で目黒くんの指から力が抜けた。
手を離し、車を降りて、まだドアを閉じずにいてくれている運転手さんに感謝しながら、目黒くんに声をかける。
「今日は本当にありがとう。楽しかった。ごちそうさまでした。」
「うん、俺も。またね、阿部ちゃん」
「うん、またね。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
それだけ交わして、一歩下がると、ドアは閉まり、車は走り出した。
角を曲がるまで、見えなくなるまで、ずっと、ずっと、見送っていた。
空に光る月が、寂しさに疼く俺の心を少し慰めてくれた。
To be Continued…………………………
コメント
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あったかいデートですね😊 始まりがけっこう濃厚だったのにゆっくり愛を育む2人が可愛いです💚 続きも楽しみにしています!