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ただ驚いているのは確かだった。
兄さんの顔が少し青ざめているのが見えた。
「あの…!そこまで求めてないですし貴方を今更否定する気はありませんから、頭を上げてください」
兄さんが慌てた口調で言えば、仁さんはゆっくりと顔を上げた。
その表情はまだ固いままだった。
でも、額には畳の跡がついていて、本当に心から頭を下げていたんだということが分かった。
仁さんの目には、まだ謝罪の念が宿っている。
この人の真剣さに、俺は改めて胸を打たれた。
そうして兄さんが軽く咳払いをしてから、ゆっくりと口を開いた。
部屋の緊張した空気を和らげるように、優しい声で話し始める。
「二人にその気があるなら否定はしないけど、楓は犬飼さんとどうなりたいんだ…?」
兄さんの問いに、俺は迷わず答えた。
今まで心の中に溜めていた想いを、全部吐き出すように。
これまでの人生で感じてきた孤独感、そして仁さんと出会って変わった自分のこと。
「俺って…実の母親にオメガってだけで迷惑な存在だって嫌われてたし、誰かに愛されることもないって言われて育って、正直誰かと結婚したいなんて思うこともないと思ってた」
母親の冷たい視線を思い出す。
オメガであることを恥じて生きてきた日々。
自分には価値がないと思い込んでいた頃のこと。
その記憶が蘇って、胸が少し苦しくなった。
でも、今は違う。
仁さんがいるから、俺は変われた。
「でも、それを、こんな値踏み色の世界を変えて、俺の狭い視野を広げてくれたのは仁さんだったんだ」
「好きだって理由だけで、俺のことを何度も守って助けてくれて、27年間生きてきたなかでも俺のことをこんなに幸せな気持ちにさせてくれたのは、仁さんの隣にいたときだけなんだ」
言葉が止まらなかった。
仁さんと出会ってから変わった自分のこと、初めて愛されていると実感できた喜び
この人となら未来を描けると思えた希望──
全部を兄さんに伝えたかった。
俺がそこまで言うと仁さんも姿勢を正し、背筋を伸ばすと兄さんに向き直って再び口を開いた。
「俺からもお話させてください。まず、楓くんに近づいたのは、完全に俺の一目惚れです。彼は、俺の正体を知ってもなお友人でいてくれ、関われば関わるほどに肝の据わっている子だと思いました」
仁さんの声は、さっきまでの緊張した調子とは違って、穏やかで暖かかった。
俺のことを話している時の仁さんは、いつも優しい表情になる。
その横顔を見ていると、胸がじんわりと暖かくなった。
「楓くんは、俺にとっちゃ仏みたいな存在です…こんなナリで信じてもらえるかは分かりませんが俺は、誓って殺しはやっていません」
「そしてなにより…どんなことがあろうと楓くんの命は、生涯かけて護り抜き、死ぬ間際まで共に歩む覚悟です」
その言葉を聞いて、俺の胸が熱くなった。
仁さんがここまで真剣に俺との未来を考えてくれている。
この人と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がする。
仁さんの手が、膝の上でぎゅっと握られているのが見えた。
この人も緊張しているんだということが分かって、とても愛おしくなった。
そんな仁さんの告白に隣で俺は息を飲みながら、兄さんに向かって言った。
「兄さん、俺ね…生きてきた世界は違っても、同じ未来を見たいって心から思える人に、やっと出会えたんだ」
「この人の隣にいるときだけは、”俺も誰かに愛されていいんだ”って思えるし、ヤクザだとか、オメガだとかアルファだとか、そんな肩書きも全部関係なくて」
「仁さんとなら、俺は俺のままで生きていけるって思うんだ」
「楓……」
兄さんの声が少し震えているのが分かった。
それでも俺は言葉を続けた。
俺の言葉が、兄さんの心に届いているんだということを願って。
「だから…どうなりたいかって聞かれたら、仁さんと二人で幸せになりたいってこと…仁さんの過去も教えてもらった上で言ってるんだ」
「俺、仁さんとならどんな場所だって怖くないし、たとえ誰に否定されても、離れる気は無いから」
そこまで一気に言うと息が切れて咳き込んだ。
胸がドキドキして、自分でも驚くくらい熱く語ってしまった。
でも、嘘偽りのない本当の気持ちだった。
これが俺の全てだ。
部屋の中が静寂に包まれた。
三人とも、今交わされた言葉の重みを噛み締めているような、そんな時間だった。
すると、ずっと黙っていた兄さんが口を開いた。
「楓…いつまでも弟だと思ってたけど、いつの間にか、大人になってたんだな」
「え……?」
「いいよ…2人の覚悟なら十分伝わったから」
その声は、優しくて、でもどこか感慨深げだった。
「えっ?!そ、それって…っ?」
俺の心臓が早鐘を打ち始めた。
「…認めるよ。楓の幸せが犬飼さんと居ることなら、俺は反対しない」
その瞬間、俺の中で何かが弾けたような気がした。
「犬飼さん…俺があなたに望むことは一つだけです。俺にとって楓は何より大事な家族ですから、命をかけろとまでは言いませんが…一緒に生きて、なんとしても楓を幸せにしてあげてください」
瞬時に嬉しさと安堵が一気に押し寄せてきて、涙腺が緩むのを感じる。
兄さんが、俺たちの関係を認めてくれた。
兄さんがいくら前向きに考えてくれていたといえど、ヤクザ嫌いの兄さんが認めてくれたのだ
その嬉しさは計り知れないものだった。
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