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第8話:ログ外メモリ
金曜午後。
社内は週末前の空気に緩みつつあったが、ユーヤの席だけは変わらぬ緊張感に包まれていた。
黒いパーカーにダークグレーのコート、前髪は少し湿り気を帯びて目元を隠す。
その眼差しは、モニターの奥にある何かを、確かに“見て”いた。
彼の端末に表示されているのは、NEO-Vの環境共鳴ログビューア。
そこには通常記録されない、“メモリ外領域の干渉値”が現れていた。
【emotion_trace[log_outside]=True】
【source_id:未登録】
【記録時間:system_0プレイ中】
【内容:静かな願いのような信号】
「……俺が、こんなものを残した覚えはない」
【LAST STRIDE:廃都マップ/ファントムタグ戦】
巨大なガラスのビルが連なる“旧都市エリア”。夜景のようにライトが瞬くが、誰も住んではいない。
そこに、影のような――system_0が現れた。
装備はナイフ、グラビティキャンセラー、リフレクトベスト。
**“重力を無視する逃走特化構成”**で、光の差さない高層区画を縦横無尽に駆ける。
敵が索敵ドローンを投下した瞬間――
ユーヤは一歩先に建物の屋上を抜けて、**“本来存在しない構造空間”**に滑り込んだ。
【存在しない空間/グリッチ領域】
その一角には、明らかに地形マップと一致しない“空間の裂け目”があった。
誰も入れないはずのデバッグ領域――
そこにsystem_0は立っていた。
空間が脈動するようにゆらぎ、微細なノイズが走る。
そして彼の周囲に、**文字でも音でもない“誰かの感情”**が発現した。
──「誰か、届きますか」
──「ここは、記録に残らない」
──「願いだけが、繰り返し残ってる」
【ユーヤの反応】
彼は、ナイフを静かに抜き、空間に向かって言葉もなく手を伸ばした。
その手が触れたとき、コードの中に一行の“コメント”が浮かび上がった。
// この戦場で、人が壊れないための設計を
// 誰かが、そう願ったまま消えた
ユーヤは、ふとわずかに眉を動かした。
「これは……俺じゃない。“誰か”が、残した……感情」
【現実:シスケープ開発部】
八巻がユーヤの席を横目で見た。
モニターの奥に、まるで誰かと会話しているような静けさを感じたからだ。
「お前さ、最近本気で“ログにない戦闘”やってないか?」
ユーヤは黙ったまま、返信もせず、目の前のログに記された座標を書き留める。
「記録に残らない願い」が、今も動いている。
それを、system_0だけが感じ取っていた。
【コザクラ:メッセージ送信】
その夜、ユーヤのCOKOLOアカウントにメッセージが届く。
《今日のファントム、超かっこよかったよ!
お兄ちゃん、まるで“心の中に入り込んで戦ってた”みたいだった!》
ユーヤは一瞬、目を細めて画面を閉じる。
「……誰の心、だったんだろうな」